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北古墳群・1号墳ほか 和歌山県紀の川市貴志川町北

船戸山古墳群を見た後は、貴志川を遡った南に5㎞ほどの古墳が集まるエリアへ向かいました。初めに川の右岸の北古墳群へ。

 

国道424号から枝道を東に200mほど上がった左手に看板発見。

 

北古墳群は6基の円墳から成り、1号墳のみ調査がされているとのこと。

紀の川市指定文化財 史跡(指定第11号) 
北古墳群
指定:昭和54年4月27日
時代:古墳時代(後期)
所在地:貴志川町北1200
貴志川東岸の河岸段丘上の墓地に6基の円墳がある。1~5号墳は関西電力紀の川変電所に通じる道路のすぐ北側、6号墳は南側約50mの位置にあり、南平古墳群とも呼ばれている。 1号墳は発掘調査が行われ、石室の詳細な構造が判明している。石室は主に緑泥片岩の割石で構築され、玄室幅長約2.6m、玄室幅約2m、高さ約2.4mで、奥壁には高さ約1mの位置に幅約0.5mの石棚が架設されている。側壁は内傾約75度で持ち送り式に積み上げて一枚の天井石を支えている。天井部は長さ約0.9m、幅約0.5mである。 
出土遺物はガラス玉40個、ガラス小玉(紺色・緑青色・青色・黄色)38個、刀子片1個あり、石棚下より出土したもので、流入土が多く、正確な位置は明確でないが、遺体を石棚下に埋葬したとすると、頭部から胸部にかけての位置に多く散乱していたものといえる。 2~6号墳の詳細な発掘調査は行われていない。紀の川市教育委員会

 

説明板の後ろのスロープを上がった墓地には気になる板石が。


そこから南東方向を見ると、墳丘らしき土盛りがいくつか。

 

通り過ぎて振り返った墳丘。

 

何号墳かは判りません。開口部を探しましたが見当たらず。

 

その先の左手に踏み跡が!

 

このトタン屋根の下が1号墳の入り口でした。

 

地表面から下へ降りていく形です。何か(誰か?)いないか声をかけて…

 

玄門をくぐった先には!

 

立った姿勢で奥壁を。説明板にあるように、高さ1mの位置に幅50㎝の石棚が架けられています。奥壁を石棚から上は厚みのある板石を平行に積み重ねています。

 

しゃがんで上部を。傾斜75度の直線的な持ち送り。

 

天井石をズームで。

 

奥壁を背にして。

 

左右の袖石も、積み重ねるタイプ。

 

玄門上も奥壁上部と同様の積み方。

 

玄門から開口部を。

地面より低いのに水が溜まっていないのは、排水溝があるのでしょうね。

 

墳丘前から南東方向。

 

振り返った墳丘。径20m程の円墳です。

 

道路へ出て、車を停めた説明板の前まで戻りました。

2025年3月上旬訪問




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