前回の隅田八幡神社からは西南西に3㎞程の陵山(みささぎやま)古墳を訪ねました。
古墳のピンは、県立橋本高等学校の校門付近でした。

上記から左側。

上記の左から先の公園。放課後や休み時間には憩いの場になっていそう。

檻では生身の猿が飼われれいます。

檻の背後には大きな円墳。

裾を取り巻く周溝も立派です。

太鼓橋も!

太鼓橋の正面からの陵山古墳。扉が開く時もあるのでしょうか。

現地に説明板がありました。

和歌山県指定文化財 陵山古墳(みささぎやまこふん)
昭和43年4月16日指定
この古墳は横穴式石室をもつ円墳で、三段に築かれた斜面には葺石と呼ばれる石を敷きつめて土砂の流出を防ぐ。また、周囲には水濠をめぐらし、外界と区別する。墳丘の直径は約46m、高さ約6m、濠の幅約6m、外堤幅約4mで、古墳の全直径は約70mにも達する紀の川中流域では最大規模のものである。
横穴式石室は南東方向に開口し、羨道(入口と玄室を結ぶ通路)に続いて玄室(棺を納めた部屋)に至る。これらの石室は割石を持ち送りに積み上げたもので、表面には赤色顔料が施されている。
周濠の両側や墳丘の段の肩に沿って円筒埴輪が配され、また所々には蓋や盾などの形象埴輪も確認されている。これらの埴輪や副葬品等の遺物は明治36年、昭和27年の発掘でその多くが散逸し、わずかに残った須恵器の杯・𤭯(はそう)、土師器の壺・高杯、蛇行鉄剣等の遺物は現在橋本市郷土資料館に所蔵されている。
これらの出土遺物から築造年代は5世紀末から6世紀初め頃と推定され、横穴式石室が採用された例としては、極めて早い段階のものとして貴重であり、規模・副葬品ともに当地域第一級の古墳といえよう。
平成10年3月 橋本市教育委員会
石室実測図部分

周溝に沿って時計回りに進んでみます。


立派な墳丘を右手に見ながら。


あれ?

上記の中央に…

開口部が見られて脈拍が上がりましたが、石室は現在は埋め戻されているとのこと。

コンクリ等で補強されているようでしたが、チラリと見れたのは良かったです。

橋本市のサイトに、羨道から玄室方向を撮った写真が掲載されています。
公園付近からの南側の眺め。紀の川に沿って幻想的な雲が漂っていました。

2025年3月上旬訪問