前回の山田横穴墓群からは南南西に1kほどの東寺山古墳群(下図中央)へ。周辺には古墳のピンが沢山あるのですが時間の都合で泣く泣く”選択”。
御嵩町伏見小学校の南側枝道の”どん付き”に2基の墳丘が残っています。

東寺山(ひがしてらやま)古墳の説明板。

岐阜県史跡 東寺山(ひがしてらやま)古墳
岐史第56号(昭和32年12月19日指定)
東寺山古墳は、可児川右岸の標高116mの段丘上に4世紀後半から5世紀に築かれた2基の古墳です。昭和31年の測量調査では、1号古墳は前方後円墳と確認され、2号古墳は当時としては県下で唯一の前方後方墳であることが判明しました。東寺山古墳は、可児地方を代表する古式古墳であり、昭和32年に岐阜県の史跡に指定されています。
1号古墳は、前方部を南南東に向けた前方後円墳ですが、現在は後円部のみ残存しています。過去には銅鏡・銅鏃・勾玉・土師器などが出土しています。
1号古墳の西側にある2号古墳は、一部が削られていますが、前方部を南西に向けた全長約58mの前方後方墳です。ところどころに10㎝内外の小石が見られ、墳丘全面に葺石を施してあったことがわかります。また、後方部は二段構築の可能性が窺えます。
平成29年11月吉日 竹山浄覚寺
略図部分。赤丸のある1号古墳は後円部だけが残った前方後円墳でした。

現地で説明板をよく読んでいなかったので、方墳のように感じていました。

ロープで結界された1号墳後円部。

その南西隣に、前方後方墳の2号墳。後方部先端側の角です。

県指定史跡の標柱あり。

墳頂に祠が見えるのですが墳裾全周にロープが巡っており、路は無かったです。

別の角度から。人工物があると、行きたい気持ちが強まるように感じます。

標柱の分岐を左に行った先の角で。

そのあたりから左方向。前方後方墳のくびれ部を実感できました。

斜面の様子。

くびれ部から先の前方部。

前方部先端側から振り返って。

先程のくびれ部を前方部裾側から。

岐阜県のサイトによれば、2号墳は墳長58mで後方部は一辺32m・高さ4.5m、前方部は幅16m・高さ2.1mで墳丘は二段築成、葺石あり。明治26年に1号墳に続いて発掘されたものの、主体部に達するまでには至らず中止したといわれているそうです。
東寺山古墳[ひがしてらやまこふん] - 岐阜県公式ホームページ(文化伝承課)
標柱の分岐の戻ってすぐ右手にあった赤い壁の重厚な社。

美濃伏見稲荷神社の扁額がありました。

2024年12月上旬訪問