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石人山古墳・前編 福岡県八女郡広川町一條

資料館見学後は、いざ墳丘へ。

 

樹林の下が墳丘です。

 

詳しい地形図。ありがたいです。


その先に、まず後円部。

 

後円部の斜面。三段築成がよくわかります。

 

後円部裾から前方部方向(中央奥)


鞍部を左に見ながら前方部の方へ進みます。

 

パノラマで。左が後円部、右が前方部。

 

前方部左隅から振り返って。左奥が後円部。

 

前方部先端側に見学路(参拝路)がついています。

 

前方部に上がって後円部方向を。

 

前方部上に詳しい解説板がありました。

石人山(せきじんさん)古墳 
昭和53年3月24日 
国指定史跡・八女古墳群として一括指定 
この古墳は、岩戸山古墳(八女市)・石神山古墳 (みやま市)と共に、石人を有することによって 全国的によく知られます。 古記録に「貞享元年(1684)3月、一条村の南岡に石人を立つ云々」とあるように、石人そのものが神と認識され祭祀の対象ともなります。 
古墳の形は「造り出し」と称する平担部を持つ前方後円墳で、前方部は二段に、後円部は三段に丘陵上に西面して築造され、周濠を有します。出土した須恵器片や植輪などの年代から推考し5世紀前葉と考えられています。
主体部は、横2m・奥行4mの石室に、阿蘇溶結凝灰岩で造った、横口式家形石棺が納められています。棺蓋は寄せ棟型の屋根で、頭頂部の長さは1.9m・底部の長さは2.8mを測ります。 
屋根の表面には重圏文・直弧文・三角文など精緻な彫刻が施されてます。 
棺身は四枚の板石を組み合わせて壁とし、高さは1.4m・長さは2.3mを測ります。 
また墳丘のくびれ部には古墳名の由来となった石人が立ち、短甲を着し武装しており、像高1.9mを測ります。昭和51年6月5日、国の重要文化財に指定されました。 

規模
全長 120.0m 
前方部 高さ11.3m・正面幅63.6m
後円部 高さ12.0m・径53.0m
周濠幅 1.5m 

平成30年1月 広川町教育委員会

 

全長120mの大きさを味わいます。

 

左(北)側は、さきほど通ってきたルート。

 

右(南)側も開けています。

 

くびれ部の上の鞍部に「石人社」。

 

古墳を守ってきた石人は、今は厳重に守られています。

 

賽銭箱の脇には、真新しい榊。

 

側面を。

普通の人より大きな身長ですね。埴輪ではこのサイズをつくるのは困難でしょう。

 

社の前から振り返った前方部方向。

 

社の前には石に刻まれた説明があります。

 

そして「石人社」の背後、後円部を少し掘り下げたところに石室の見学施設が!

つづく。

2024年11月下旬訪問




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