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長堀2号墳 茨城県石岡市柿岡

二子塚古墳から撤退後は、恋瀬川を西に渡った西隣の丘に残る長堀2号墳を訪ねました。

 

細い道路を進むと目の前に墳丘が。

 

なんと長堀2号墳も前方後方墳でした。墳長46m。

長堀2号墳 
古墳は恋瀬川支流の小川の左岸に形成される標高35mほどの平坦な台地上に所在する。 
昭和47年2月、早稲田大学考古学研究室の市毛勲氏の指導によって測量調査が行われ、その結果、主軸をやや西に寄せた丸山古墳とほぼ同一規模の前方後方墳と判明した。八郷町域でこの種の古墳が確認されたのは丸山古墳に次いで2例目となる。この古墳の発掘調査は行われていないが、前方部が比較的小規模で幾分上昇する形態を有する特徴などから、昭和32年11月に刊行された丸山古墳の調査報告書『常陸丸山古墳』の中では、佐久地区に所在する佐自塚古墳より後出の中期古墳とされている。 
墳丘上の施設である埴輪類や葺石などは確認されていないが、後方部の墳頂及び墳丘斜面は比較的良好な状態で保存管理が図られており、今後の歴史的解明が待たれる古墳の一つである。 
所在地:八郷町大字柿岡字大佛4691番地 
古墳の規模:全長46m、後方部端幅30m・高さ3.5m、前方部端幅16m・高さ2m 
平成14年3月 八郷町教育委員会

 

実測図部分。説明板の位置は前方部先端側でした。

 

膝丈ほどの草が繁る墳丘、前方部に上がって後方部方向を。

 

鞍部あたりから後方部を。

改めて思うに、「後円形」ではなく「後方形」だから、ちょっとのっぺりした感じがしたのかも知れないです。

 

その後方部の墳頂。

 

振り返った前方部。

 

後方部裾に降りて。

 

裾はカーブを描いていました。

 

その背後の森。

 

古墳のとなりは、下草が刈られ、何か実が落ちています。

 

銀杏畑だったのですね。

2024年9月下旬訪問




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