前回の長者塚古墳からは南南東に4㎞弱降りてきて、同じく桐生市にある中塚古墳へ。
農道脇からすぐの見学しやすい墳丘です。

道を含めてストリートビューで。
「精巧な切石積による横穴式両袖型石室」です!

群馬県指定史跡 中塚古墳
指定年月日:昭和54年10月2日
所在:桐生市新里町新川2593
標高約200mの丘陵上に位置し、一辺約40mで周堀をめぐらす方墳である。墳丘は高さ約5mで周りが削られている。石室はかなり以前から開口されていたようで、出土遺物については一切不明である。
安山岩の精巧な切石積による横穴式両袖型石室で、古墳時代末期(7世紀後半)の構築とされている。
高崎市山名町にある国の特別史跡上野三碑の一つ「山上碑(681年建立)」は、僧の長利(ちょうり)が母の為に記し定めた文で、碑文には佐野三家(さののみやけ)の最初の管理者となった健守命(たけもりのみこと)の子孫の黒売刀自(くろめとじ)と新川臣(にいかわのおみ)の子孫の大児臣(おおごのおみ)との婚姻や系譜が刻まれている。なお、新川臣はその頃、この付近一帯を支配した権力者で、中塚古墳は新川臣の墳墓と推定されている。
平成29年3月設置
群馬県教育委員会 桐生市教育委員会
被葬者も推定されていたのですね。
四角く整っている開口部。

中は、とても美しい切石積。

奥壁も。

真ん中に三角がありますが、基本的に垂直水平の切り方です。

これは自慢したくなるでしょう。施主も、”ビルダー”も。


奥壁を背にして。

玄門から羨道を。

※今更ながら写真を見て柵が倒れていたことに…。勝手に入ってしまい申し訳ありませんでした。
そこから右手。

左側は、ちょっと土圧で石が迫り出してきているか。

墳頂の小祠。

裾から祠を。

桐生市のサイトには詳しい計測値が示されています。
額田大玉さんもお勧め度MAXの古墳でした。
2021年12月上旬訪問