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新原・奴山古墳群(その5 :20号墳、22号墳、24号墳、1号墳) 福岡県福津市勝浦

展望所から国道沿いエリアに戻って来て、最初に見た15号墳の北側を廻りました。

 

こちらが20号墳、北側から。

 

径30mの円墳です。

20号墳
築造年代:5世紀後半
墳形:円墳
規模:直径30m
出土品:須恵器
埋葬施設:横穴式石室(推定)
墳丘は二段に築かれ、墳丘高さは5mあります。墳丘を覆っていた葺石が今も斜面に見られます。また、墳丘上からは築造途中に行われた祭祀に用いられた須恵器の高坏や甕が見つかっています。

 

20号墳の墳頂から北東方向。左に見えているのは24号墳の後円部、右の木立の中に22号墳があるはず。

 

南には15号墳。

 

北方向には24号墳と1号墳。

 

20号墳を南側から。



上記の標柱は22号墳のものでした。

22号墳
築造年代:5世紀後半
墳形:前方後円墳
規模:墳長75~80m(推定)
出土品:須恵器、埴輪
埋葬施設:横穴式石室(推定)
新原・奴山古墳群で最大の古墳です。前方部が短い帆立貝形の前方後円墳と推定され、これは宗像地域唯一のものです。後円部の高さは8mで、墳丘を覆っていた葺石が今も斜面に見られます。後円部には周溝と周堤が見られます。墳丘や周溝からは円筒埴輪などが出土しています。

 

24号墳は優美な前方後円墳。ソファのかかしもレディの雰囲気。

 

その解説。

24号墳
築造年代:6世紀前半
墳形:前方後円墳
規模:墳頂53.5m
出土品:須恵器
埋葬施設:横穴式石室(推定)
後円部東側に周溝と周堤が良く残っています。発掘調査の結果、西側にも周溝と周堤が確認されています。後円部の高さは現状で7m、前方部は5mあります。墳丘を覆っていた葺石が今も斜面に見られます。墳丘上で須恵器が見つかっています。

 

菜の花と墳丘とを撮りたくなります。

 

24号墳後円部裾の周溝と周堤。

 

後円部に上がって前方部方向を。

 

後円部から展望所(南東)方向を。

 

前方部から後円部を。中央右の木立に、22号墳が眠っています。

 

上記左をズームすると、30号墳や34号墳が写りました。

 

南にはさきほどの20号墳、その奥に15号墳。

 

そして北端に1号墳。

 

裾に気になる石材が。

 

その石材のあたりから墳頂を。


墳頂周りはかなり抉れています。

 

その左(西)、かつて前方部があったところに国道が通っています。

 

1号墳から南方向。左が24号墳、その後ろの木立が22号墳、中央に20号墳、その左肩に15号墳。

※知らずに上ってしまいましたが、墳丘へ上がることは禁止されていました。
2024年2月下旬訪問




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