築山古墳は前回の「かん山古墳」墳頂から、小山のように見えていました。

グーグルアースでも明瞭な前方後円形。
盾形の周濠がめぐりますが北側が一部変形。
墳丘長210mは、全国で30位以内に入ります。
群馬県太田市の太田天神山古墳も同じ210mというのも凄いと思いますが。
全長が200mを超える巨大古墳は全国で40基弱しかありません。
周濠に近づくと、墳丘近くに鴨と鷺。

手前側が凍っていて、水面が限られていたのでした。

周囲を左回りに進むと道路が周濠にせりだすように迫っていて(周濠の変形箇所)、そこに入口がありました。

宮内庁により厳重管理。立札には磐園陵墓参考地と記載。

柵の間から、墳丘の様子。

その場所から東側。後円部脇から前方部方向を見ていることになります。

振り返った西方向。後円部の丸みをなぞるような周濠のカーブです。

ここでもわずかな水面に水鳥が集結。

堤に沿って歩きます。

後円部先端側からスマホ広角で。

氷に反射。

堤の外側は下っています。

墳丘の南側面へ。

中央あたりに、造り出しがあります。

大和高田市のサイトによれば、築造時期は5世紀頃とのこと。
全長は水濠を含めれば261mになることも記載されていました。
検索していたら、ぺんさんの探訪記も。
ぺんさんからの孫引きですが、宮内庁によって実施された発掘調査で鰭付円筒埴輪、壺形埴輪が見つかったことにより、古墳時代前期末から中期初頭の築造と判明しているとのことでした。
墳丘を南東側から。
家が並んだところが周堤ですが、手前側の低地も外側の周濠のように感じられました。

墓地の西側の公園から北側を。民家の向こうが築山古墳。

こんどは前方部の左裾側から。

前方部の先端面。

そこからスマホ広角で。

さらに周囲の陪塚も巡りました。