10月24日の日曜日、東急田園都市線沿いの住宅街にある横穴墓を見学。
下車した駅は「市が尾」、住所は「市ケ尾」ですが、マップや現地看板が「市ヶ尾」だったのでブログではそれに合わせました。
古墳歩きをはじめた頃に当駅から徒歩20分の稲荷前古墳群を訪ねています。このときはブログタイトルも今とは違っていて(名前’s diary)非公開の備忘録。現在のタイトルにして公開したのは2014年からです。
このとき次の機会にと思っていたものが、8年経ってしまいました。
駅北口の坂を上がると厚木街道(国道246号)の歩道橋を渡ります。

丹沢山系がよく見えました。中央の富士山の山頂部分も。

旧大山街道から枝道に入り、長閑な住宅街を登っていきます。

高く盛土された市ケ尾小学校の西側に突き当たって左折。

すぐ先に「市ヶ尾横穴古墳群」のサインが。

整備された古墳公園でした。

園路の先の広場。後ろの斜面に横穴墓が残っています。

広場にある解説板。

12個並ぶ横穴墓平面図。並びが歯のレントゲンのよう。

解説文は下記。
昭和57・58年(1982・1983)、横穴群前面の広い前庭を発掘調査した結果、それぞれの横穴入口にいたる墓道が発見され、横穴のつくられた順序なども推定できるようになりました。また、A-4号横穴の前庭部からは、須恵器の甕の破片が並べられたような状態で出土しました。この頃の須恵器は日常用品の土師器とちがって、古墳に葬られる死者にそなえられたり、墓前の儀式に使われる貴重な土器でした。古代の人たちはどのような思いをこめて、この大切な須恵器を墓の前で割ったのでしょうか。
この地域が住宅街になる以前(昭和31年)の貴重な写真も。

少し上がったところに横並びの開口部。斜面はコンクリで保護されています。

2つだけ閉塞されていない横穴墓が。

入れる感じです。

奥壁の手前側に高さ20㎝ほどの仕切り。

奥壁を。なんとここでカメラのフラッシュに不具合が。

天井の様子。岩盤を削った後が残っています。

奥壁を背にして。

ドーム状に整えられています。

外に出て振り返って。

手前にあったA-8号横穴の概要。奥に向かって幅が広がり、床面が上っているので水はけもよさそうです。

隣のA-9号横穴も開口していますが崩落があるようで立入禁止です。

そこから左手を。集合住宅的雰囲気が感じられました。

上記の右に、ちょっと間をあけてA-12号横穴。

ガラス越しに内部が見られますが、暗くてよくわかりませんでした。

A-12 号横穴の解説。ガラス越しに副葬品の復元展示を見学できたようです。

検索すると横浜市による解説がありました。
市ケ尾横穴古墳群(いちがおおうけつこふんぐん)
昭和31年2月19日 県指定史跡
市ケ尾横穴古墳群は、6世紀後半から7世紀後半にかけて、作られたA群12基・B群7基の計19基の横穴墓からなっている。昭和8年(1933)と昭和31年(1956)に発掘調査が実施された。前庭部と呼ばれる横穴墓の入口前の広場部分から刀・土器類などの遺物が発見され、死者を祀る何らかの儀式が行われていたと考えられる。また、各横穴墓の内部の構造には各種の形式が見られ、時代とともに次第に変化していった様子がうかがえる。昭和58年にA群、平成6年にB群の保存整備が実施されている。