岩畠(いわばたけ)古墳は、毛利庭園の南東500mほどの住宅地にあった。
毛利博物館見学後は、その日で帰京する妻子を送りに宇部空港へ向かった。自分だけもう一泊して、今回からの防府市の古墳等4カ所を巡ったのは翌日だったが、近隣なのでつなげて掲載。
住宅地の一画に残る木立。

説明板が高い位置にある。左に階段がついていて登ることができる。

道路から見上げると、石室入口の天井が見えた。

上がった先の説明板。

岩畠古墳
防府市指定史跡
平成23年(2011)5月13日
防府市岩畠
岩畠古墳は、畑地や道路等で墳丘の周囲が削り取られているが、径20m程の円墳と思われる。
石室は、花崗岩の巨石を用い、約4.5mの羨道に、長さ4.5m、幅2.5m、高さ3mの玄室が続く。石室の形態などから6世紀末から7世紀前半に築造されたものであろう。
市内で最大級の横穴式石室を持ち、防府平野東部において、権力をふるった豪族の墓と考えられる。
なお、現存しないが、西側近くにも古墳があり、須恵器が出土している。
平成29年3月 防府市教育委員会
その先には羨道の巨石が。

奥の深さに驚く。

こちらの観光サイトによれば、石室全長は10.1mとあった。
岩畠古墳|観光情報|山口県の旅行・観光情報 おいでませ山口へ
背後は切れ落ちているので踏み抜かないように慎重に進んだ。

正面にくると奥壁が見えた。

玄室へ近づく。

フラッシュで。広々とした玄室は高さ3m。

見事な奥壁。 上部がきれいな半円形。

天井石は2枚。

奥壁に向かって左。

向かって右。

前出のサイトには「壁面の内傾が少なく、大きめの石の間に小さな位置を詰める構築の方法など、当地方の後期~終末期古墳の特徴をよくそなえている」と記されていた。
奥壁を背にして開口部を。楣石も大きい。

ノーフラッシュで。
奥壁側から見た天井石。蝙蝠が一羽。

羨道から開口部。

開口部からの眺め。

振り返って左側。

右側。

こちらのサイト(の下の方)に、当古墳出土のミニチュア須恵器(平瓶)の写真がありました(7世紀中頃作との推定)