流山電鉄の鰭ヶ崎(ひれがさき)駅。

踏み切りから見たホーム。

そこから北側を向くと新しい公園が。

公園の滑り台の上から北方向。

青い屋根の右側に、目指す公園の柵が見えている。

南側は昭和の雰囲気。流山せんべいに惹かれたが、日曜日の9時前だったからか閉まっていた。

線路沿いから古墳跡へアプローチ。

真新しい切通しの道。木々は大きい。

斜面には地層が露出。

一旦下り道になって陸橋で右折(ちょっとピンボケ)

坂を上がって県道へ出て振り返ると、以前と全く変わった景色。

ほぼ同じ場所をストリートビューで。
全く同じ位置から、時間を遡って。
6年前の2014年には存在した階段。

(2014年7月)
階段上の風景。奥の木立に鰭ヶ崎三本松古墳の墳丘が存在していた。手前のブルーシートも調査中の遺跡だったが、今は5mほど掘り下げられている。

(2014年7月)
前には無かった枝道を入ると、鰭ヶ崎4号公園。

上記の左へ回り込んだ位置から。

2015年の時の様子。
(2015年12月)
手前側は新たに造成された擁壁。

擁壁前の看板には「前方後円墳」の文字が残っている。

周囲の住宅造成のために斜面の土をぎりぎりまで削りとっていった結果崩壊の危険が迫り、結局古墳まで消滅してしまった。1500年の継続が断絶。
公園に入る。 左にスロープを見ながら階段を上る。

ここから右のスロープを上がる。

上がった先の広場の遊具。

駅前広場の遊具からも見えた突端部分。

なんとなく墳丘の香りが残っていた(実際には2mほど掘り下げられている)

そこからの眺めは、今でも素晴らしい。
北東方向。

東の方向。1.2㎞先に幸田貝塚がある。

南側、松戸方向。

4年前の流山市立博物館企画展「鰭ヶ崎三本松古墳」展に出ていた、ほぼ同じ場所からの写真。

https://massneko.hatenablog.com/entry/2016/09/15/183000
さらにスロープを上がった先が当初の地表面。このあたりも全体が2mほど掘り下げられている。

上記のスロープを上がって。

そこから見た遊具。

2016年の発掘調査・現地説明会の写真。上記と大体同じ位置からでは。
(2016年6月)
そのとき残っていた鰭ヶ崎三本松古墳の墳頂。
(2016年6月)
その2年前の2014年、初めて鰭ヶ崎三本松古墳を訪ねた時の様子。

(2014年7月)
墳丘は鬱蒼としていて藪蚊の洗礼を浴びた。

(2014年7月)
今は開けて蚊もいない。

6年前の墳丘入口。

(2014年7月)
墳丘近くから振り返った、当時の様子。

(2014年7月)
現在の様子。前は右に民家があったが、今はトランクルームに。

鰭ヶ﨑駅の案内板には、今でも「三本松古墳(前方後円墳)」と示されている。現地に古墳跡の説明板を残せないものでしょうか。

https://massneko.hatenablog.com/entry/2014/07/23/060000