先日、『休養学』という本を読んだ。
この本を手に取ったきっかけは、定期的にストレスで疲れ果てることがあるから。といっても、一年に一回か二回、その程度。
おそらく身近な人はあまり知らないと思う。ただ、さすがに長く一緒にいる妻は分かっている。僕がそういう状態になることを知っているし、明らかに疲れが溜まっているときは、うまいこと休む時間をくれたりする。
僕自身も、ストレスが溜まっていることには気づいている。なんとかしたいとも思っていた。ただ、対策らしい対策がうまくできないまま、時間が経って落ち着くのを待つ。そしてまた爆発する。そんな感じでここまで来てしまった。
そろそろなんとかしたいな、というのが本音。
そんな時、たまたまサッカー選手のクリスティアーノ・ロナウドがトレーニングと休養(休息)について語っている動画を見た。動画と、関連する記事は以下。
そんなロナウドはトレーニング以外の時間は、何をして過ごしているのだろうか。
「トレーニングの時間はフィジカル面を強化する上でも非常に重要な時間だと思っているんだ。でも、オフの時間をリラックスして過ごすことによって体やメンタルをリフレッシュすることができて、トレーニングの時間をより有意義なものにできるんだよ。それに良い睡眠、休息をとることも、トレーニングで最大限の効果をもたらす大切な要素の一つだ。常に早寝早起きを心掛けているし、特に試合の前日は休息を一番に考えているんだ。質の良い睡眠は筋肉の回復に一番効果的だからね」
記事では休養の必要性について語っている。僕が見た動画では「トレーニングの中に休養をどう組み込むかを設計している」という趣旨のことも言っていた。
具体的には翌日の予定を踏まえ、
- 早く寝る
- 軽く運動してから休む
- 運動せず、頭をリラックスする時間を取る
などを選択するということだった。
僕はプロのアスリートではないので、休養の必要性についてそこまで真面目に考えたことはなかった。一流の選手だからこそ休養が大事なのだろうとは思うが、それでも「事前に休養を設計する」という発想は新鮮だった。
サラリーマンでも時おり先に休暇の予定を立てる人がいることは知っていたが、それと同じなのだろうか(そういった人が休養の必要性についてそこまで考えた上でそういった行動をしているかは知らないが)。
そんなことがあり、休養する、ということについてしっかり学んでみるか、と思ったのがつい最近。そして昔読んだ書籍 を再び購入し読み直した。
実は以前読んだ時はあまり自分には響かず、さらっと読んで終わった。
「休むの大事だよね」
そんな当たり前の感想しか抱かなかった。
しかし今回読み返してみると、ずいぶん印象が違った。
自分はこんなにも「休む」ということを考えずに生きてきたのだなと思った。
僕に長らく足りなかったことの一つは、休養するということだったんだなと思うに至った。
アンガーマネジメント系の本も色々読んできたが、そっちではない。
本質的にはそれよりも休養するということが大事だったのだろう。
感情の扱い方というよりも、そもそも休養が必要、ていう。
書籍の中で印象に残ったのは「活力」という考え方。
一日の体力ゲージのようなものがあるとして、それをゼロになるまで使い切るのではなく、たとえば50%になったら回復させる。70%まで戻す、あるいはしっかり戻す。そしてまた活動する。
疲労が溜まりきってから休むのではなく、途中で回復を挟む。
仕事中に疲れたからちょっと散歩するということは無意識にしていたことはあったが、改めてその必要性を説かれるとその大切さ、つまり活力を得るため、休養するためのこの行動の大切さを知った。
自分で言うのもアレだが、根が真面目なので、正直言うと仕事中にちょっと散歩するという行為自体がどうかと感じている面もあった(他人に対しては推奨してたけど、いざ自分がやるときは謎の罪悪感を感じることがあるのよね)。
でも成果を出すために必要な行為である、というのが僕の中でやっとしっくりきた。
相変わらず、僕は休むのが得意ではない。
ただ、これを機に変わっていけそうだと感じている。来月の休養日(仕事をお休みする日)も予定に入れたし。
ということで良い方向に向かってると思う。終わり。

↑少し前に長女と行った京都水族館にて。子供と遊びに行くのも楽しいがそれはそれでなかなかの体力が必要。それら踏まえた上でどう休養するか、という考え方で僕にとっての休養を設計しなければいけない。無理ゲー感ある。そりゃ疲れ溜まるわなと我ながら今更気づいた。
