
DVDを持って来てもらったので、どれから見ようかと悩む.
まずは、「坂本龍一 最期の日々」を選ぶ。
「自然に還す」と自宅の庭にピアノを出す。
やがてそのピアノに雨が打ちつけ、雨だれの音が響く。
そう…すべては【音】…
「音楽ではなく音が必要だ」と坂本は語る。
「広域の雨が聴こえる。野生の音が聴こえている。」と語る。
生きている坂本には、いつも【音】が聴こえていた。
病に倒れ・病院のベッドでは、自然の音は聴こえない。
病院の窓から見えた雲の流れが音のない音楽に聴こえる。
「残す音楽。残さない音楽とは?」
病床の日記に記す。
臨終間際、無意識に手を動かす坂本がいる。
「まるでピアノを弾いているように」とナレーションが入る。
その時、彼には、どんな【音】が聴こえていたのだろう。
自分の心臓の音か?
血液の流れる音か?
しかし、その音も途絶え…やがて、無音の世界になる。
もう、【音】は聞こえない…
2023年3月28日 坂本龍一 永眠。
これは、余命半年と宣告された主人公が死ぬまでに何をして過ごしたかを描いた作品だが、
これを読み終わってすぐに坂本龍一はどうだったのかと考え、DVD「坂本龍一 最期の日々」を見直してみた。
彼も余命半年と宣告されていた。
闘病生活という言葉が有るが、そこに有るのは闘病ではなく、
やがて来る死と向き合い、それまでを生きるということだ。
思い残すことはない、と言う人もいるだろうが、もっと生きたかっただろう。
もっと音楽を作曲していたかっただろう。
自然に還る実験として庭にピアノを出す。
雨にうたれ、やがて朽ち果てて行く。
主を失ったピアノはもう鳴らないのだろか…
いや、雨だれがピアノを響かせ続けるのだろう……
坂本龍一の遺作「僕はあと何回、満月を見るだろう」を読んだ。
DVDを見てたので、気付く事が多かった。
もし見てなかったら、分かりにくい文章もあったと思う。
反対にあの映像には、こういう意味があったのかと分かった事も多かった。
これは彼の遺書だろう。
本の中で彼は、“ガンと生きる“と語っている。
そして、自分の子供時代の事、両親の事、友人との事を語っていく。
病床からリモートで指導した東北ユースオーケストラとの事、雨の音が大好きな事、娘の名前が美雨という事、本の表紙写真のボロボロのピアノ…
最後に向かって、交遊録と呼べる友人たちとの共作について多く語られていく。
死にさいし、自分の事を忘れられることを恐れるように…
大丈夫。坂本龍一の事は皆覚えているよ、きっと…