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家に花瓶がない話

 

私の家には花瓶がない。

花瓶代わりのものはある。花瓶があったら花を買うのもいいのかもな〜と思うのだけれど、いかんせん花瓶代わりのものだ。あと、私は花を愛でたり、育てる才能がない。

才能がない、というかなんというか。前の職場では年に一回必ず花をもらう時があった。最後の年は花束が山盛りになって、これどうしたら!?大丈夫!?と思ったけど、なんとか長持ちさせる方法を調べて、しばらく部屋に花を飾っていた。

そのあと、お世話になっている先輩からも花束が届いたことがある。この箱なんだろう…と開けたら花束が入っていた。やだ!超粋なんですけど!と思ったし、すごく嬉しかった。

 

でも、当たり前のことながら、花は枯れてしまう。思っているより長持ちすることもあるけれど、結局枯れてしまう。それを、最後にドライフラワーにする気概が私にあれば…と思うのだが、ない。

 

幼少期、実家には花壇があって、庭には花が必ず咲いていた。母の趣味だ。クリスマスになると、リビングの出窓に必ず真っ赤なポインセチアが飾られていた。

基本的には、放っておいても育つものが多くて、レモンバームワイルドストロベリー(勝手に収穫して勝手に食べる)、ローズマリー、最初は小さかったはずなのにいつの間にかすごく大きくなったゴールドクレスト。季節の花は花壇の中に植えられていた。父が母の意向に沿って作った駐車場の中にあるスペースだ。

ゴールドクレストは、ありえないほど大きくなった。隣の畑に侵入する大きさに育ってしまっていたので、結局伐採された。

 

夕方になると、花の水やりをやるのは私の役目だった。

花に水やりをするのは、花が好きだったからではない。ホースを使うのが好きだったからだ。子どもって何であんなに水を撒くのが好きなんだろう。私の水やりタイムは必ず庭に犬を放して、走り回る犬目がけてストレートの水流でガンマンごっこをするのがメインなのである。

そんな庭だけれど、とにかく季節ごとによく花が咲いた。祖母とよく草むしりをして、この花が何で、この花が何で、と説明を聞いたおかげなのか、母が花を育てていたおかげなのか、花の名前はよく知っている方だと思う。

 

花束を貰うと、嬉しい。それは間違いないのだけれど、花瓶がないことを思い出して、またあのIKEAの水差しにぶっ刺すことになるな…と花を思う。

花も植物も好きだけれど、花はあんまり私のこと好きじゃなさそう〜と思う。あー!またお姉さんこんな!こんな処理の仕方をして!困ります、困りますう!と花の処理をしていると言っている気がする。

 

私の本名には、花言葉がかけてある。その花は、今でも見ることがあると、はっとするし綺麗だなと思う。そんな名前の由来を聞いた先輩が、私の誕生日にその苗木をくれたことがあった。苗木ごと!??!死ぬほどびっくりしたけれど、その頃毎年誕生日には顔面クリームパイを食らうのが例年のことで、クリームまみれの私に、先輩から「ん」と差し出されたプレゼントには、今かよとも思ったし、大きさに驚いたのはいうまでもない。

花瓶もいらない花をもらった瞬間である。育てられる自信がなくて、一度花をつけたのを見てから、実家に引き取ってもらって、植え替えてもらった。夜に花が咲き、良い香りがする花だった。

 

花を貰うことは、とても好きだ。

私に似合うと思って選んでくれたのか、彩りが綺麗で、季節にしか咲かない花があって、その花が部屋の中にあること。

けれど、私の悪い癖だ。段々萎れていく様を見ていると、最後にこれを袋なり、なんなりに包んで捨ててしまうのだなと思う。花屋の前を通ると、買おうかなと思うこともある。

でもな、と私はいつも思う。私の家には花瓶がない。

花瓶がない。その理由さえあれば、私は花を買う理由がない、と思っていられる。

 

あったらきっと、心が華やぐだろう。なくていいものはこの世界には多分なくて、花も絶対に必要だ。でも、私は彼らをうまく扱えない。人に花を買うことができても、自分に買うことはできない。

これって、ある意味自分の真理だよな〜。と、思っている。

 




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