この回をもって、オイラの挑戦が終わった。終わったので、色々感想を書いていくぞ。
ゲームとして
全体的に面白かった!オイラの好みのポイントは2つ。
おなじみの用語が作中に出てこない
今作では「トライフォース」という単語が登場しない。王族も、敵側も、トライフォースという単語を知らないようであった。しかしそれは「大いなる力」としてハイラルに存在しており、彼らはそれが齎す影響も知っていた。
大いなる力は、敵側がそれに触れようとすると散らばってしまい、それぞれリンク、ゼルダ、そして敵側の手に、1つずつ渡っていってしまった。敵側は、大いなる力の欠片ひとつだけで姿を大きく変え、またその力によってハイラルを災厄をもたらすことが出来てしまった。
大いなる力に関連したこれらの現象は、歴代のゼル伝シリーズをプレイしたことのある人からすると、見慣れたものだと思う。だもんでオイラはプレイ中に何度もトライフォースという単語を口にした。もう知っているものだから。
だか彼らハイラルの民は最後まで、その現象について理解をしなかったように見えた。なぜそうなったのか疑問を持たぬまま、眼の前で起きたことに対して、彼らは粛々と対応していった。
また、今作にも毎度おなじみデクの樹が登場する。彼によって大いなる力の眠る場所へ案内されるのだが、今作の物語における彼の役割といえばその程度のものだ。勇者を導き助けてくれる存在として描かれることもあるデクの樹たちだが、今作ではその面影はない。そしてハイラルの民たちは皆「デクの樹」という単語を口にすることが一度もないまま、エンディングを迎える。
彼が住む森には多くの魔物が生息している。あのライネルやモリブリンLv.3が徘徊している。これはデクの樹の持つ力が失われてしまったことを意味するのかもしれないな、と解釈した。
他にもガノンや三女神の名前など、ハイラルとは切っても切れぬ関係のある彼らの名前が、プレイヤーであるオイラには提示される(たとえば三女神の場合は自己紹介をしてくれるので名前を知ることが出来る)。しかしその名を語るものはいない。

「おなじみの用語が作中に出てこない」ことに対して、オイラは好意的に見ているし、ポジティブに解釈している。
まず、今作のハイラルの民は、これまでのハイラルの歴史を受け継ぐことに失敗しているのではないかと考えている。歴史は残されなければ受け継がれないと聞いた。王家のみならず、このハイラルに住むものは皆、ガノンという悪しき存在のことも、デクの樹のことも、我々をこの地に生み出した神々のことも、もはや忘れてしまっているのではなかろうか。
なぜ忘れているのか、その理由は分からない。ただそれほどまでに時が流れてしまったのかもしれない。勇者と姫巫女がガノンを打ち倒し、それから長い、長い年月が経ってしまったのかも。
フィローネ湿原にある神殿の最奥部には、その周辺に住むデグナッツたちの絵が描かれている。これが描かれた時には、神殿とデグナッツには多少の繋がりがあったはず。しかし今は神殿の入口は瓦礫によって塞がっており、また当のデグナッツたちは神殿を「ごちそうどころ」と呼ばれ、魔物が巣食うことを喜んでいる有り様であった。彼らのうちの一人から、かつてこの湿原はもっと多くのデグナッツたちが住みより都会めいた暮らしをしていた、と聞くことが出来る。彼らも長い時間をかけて今の暮らしをしていることが伺える。
その時間はデグナッツ族だけでなく、ハイラルに住むもの全てに等しく消化されたのであれば、その時間の流れによって、ハイラルに残されていた歴史は風化してしまったのかもしれない、と、オイラは解釈した。
余談だが、今回の敵側とのいざこざによって、ハイラルは平和になったばかりか、ハイラルを統治する姫君と他の種族感との交流(国交とは言わないのかな)が生まれ、更に大いなる力と三女神の存在がハイラルの民に伝わるキッカケが生まれたと見るならば、今回の騒動で一番得をしたのは、「ハイラルの神々」ではなかろうか。自分たちが厄介に思う存在は消え、自分たちを信仰している存在は残り、そして風化しかけた歴史が息を吹き返した。オイラはいつになっても、神々のことが好きになれない。

それと…うまく言えないのだが、何も知らないままに行動を起こした結果、これまでのゼル伝シリーズの流れを踏襲することになったことに対して、オイラは言いようのない高揚感と、怖さを覚える。
ゼル伝シリーズは他の任天堂の作品と同じように、いつものキャラクターたちが新作でも旧作でも主役として登場する。しかし、同じキャラクター名や同じ用語が出てくることは、ゼル伝シリーズの中では「宿命」である。
プレイヤーであるオイラが茶化して宿命と呼んでいるのではなく、ハイラルの歴史と信仰の中で、ゼルダやリンクと名付けられる存在が生まれ続けることは、ハイラルによって宿命付けられている。それは、他の任天堂の主要タイトルとは異なる点だ。任天堂が新作を作るたび、ハイラルは脱皮をし、少年と姫は転生をし、そして神々の名は風に乗り人々に語り継がれる。
その中でも今作は異質だ。その名が出てくることはないのにも関わらず、彼らゼルダとリンクは、歴史をなぞるかのようにトライフォースを見つけ出し、願いを叶えてしまうのだから。
本来交わることのない姫と剣士が手を取り合って、悪しき者を斃してしまう。彼らにとってその事象は偶然であり伝説の通りでもある。それはつまり、神々とこの大地へ残された時間の導きによるものなのだが、ハイラルとそれを目撃してきたプレイヤーからすれば、必然なのである。その構造が、オイラは…好きだ(語彙力がなくなった)

リンクもゼルダも立ててくれる
今作はゼルダをプレイヤーキャラとして扱う。ゼルダは殆どの場合、身分を明かさぬまま、広大なハイラルの地を冒険していくことになる。様々な人間たちと交流するのだが、その中で語られる「リンクへの眼差し」が、オイラは好きだ。
彼が、ゼルダがそれぞれの地に辿り着く前からすでに魔物討伐と人々の救助のための旅をしていたこと、ひとりで多くの人々を救ったこと、リンクはとても強かったこと、なにより誰一人としてリンクを煙たがったりはしていなかったこと。それらのことを、人々との交流によって知ることが出来る。
自分の好きな人間が、他人から褒められるのを聞いたら、オイラはとても嬉しい。
今作はゼルダを主役として立てるために、リンクの強さを下げるような作りにはなっていなかった。カリモノのリンクとは比べ物にならないほど、本物のリンクは強く逞しい。借りていた力を剣をリンクに返すと、まるで水を得た魚のように、魔物の殻を引き裂き、強いカリモノをなぎ倒し、ラスボスも斬り伏せた。眼の前で戦っている時だけでなく、人伝いに話を聞く度に、彼が勇者として行動していることを知り、その度に嬉しくなった。
ただ強いだけの存在ではなく、人々に慕われ、常に姫の前を歩こうとする。それは真の勇者であろう。勇気のトライフォースを得るに足る存在、そしてプレイヤーたちの理想のリンク像だ。
リンクは裂け目に飲み込まれた結果無口になってしまったそうだが、それがかえってリンクのイメージを損なうことがなかった。エンディングでは彼は何を話していたのだろう。

これまでの作品の中で勇者リンクが持たされていた要素を、今作ではゼルダとリンクで分け合うような形で描かれているなと感じた。ゼルダもリンクもそれぞれに世界を旅し、それぞれの出来ることで人を助けようとする。リンクは腕っぷしで、ゼルダは知恵とカリモノで。
オイラは、歴代のゼル伝を遊んでいると「リンクって知恵もあるし力もあるんだから、知恵と力のトライフォースを得る資格があって良いんじゃないか?」と思うことがある。様々なギミックを色々なガジェットと知恵でもって突破していくし、魔物数匹をあっという間に倒してしまえるような力もある。それはプレイヤーが操作して謎を解き、全てのボスを倒していくのだから、オイラがそう感じるのは仕方がないことだ。
しかし、今作でプレイヤーが操作するのは、姫だ。姫となって知恵を巡らせて様々な局面を賢く(ずる賢く)突破していく様は、姫が知恵のトライフォースを持つ資格を表せていると思う。
姫は力の剣によってリンクの力を借り、魔物と対峙することが出来るが、それはあくまで借り物であり、姫の持つ力ではない。更に言えば、あの剣は狭間を封じ込めた時に生まれる力の欠片を使って生み出されたものであり、リンクの力とも言い切れない。
姫は知恵の姫巫女らしく、剣士は勇者として振る舞う。それによって、過去作では一人で担ってきた「伝説の勇者」の役割を分担し、それぞれに知恵と勇気のトライフォースを持つ資格を得られているなと、オイラは感じるのだ。だからこそ、ラスボスとのバトルで二人が揃って戦っている様は、熱い。リンクと誰かがではなく、ゼルダとリンクが戦えている。その姿に感動した。

そんなところかな。オイラが気になったポイントは
カラクリを使うタイミングが分からない
ダンペイさんのところに、指定されたカリモノとオタカラを持っていくと、カラクリを作ってくれる。そのカラクリはカリモノと同じように戦闘でも使用でき、他のカリモノにはない挙動・攻撃を見せてくれる。名前も動きも面白いので、カラクリを作って良かったと思っている。
しかし、そのカラクリに触れるタイミングに対して、色々困ることがあった。
例えばカラクリの一つ「フェスタオクタ」を作る場合、製造にはカリモノ「花火」が必要だ。手に入れるためには、ゾーラ族もゲルド族も助けて城下町を元通りにし、更に三女神のうちの一人ディンに証を貰うところまで、メインシナリオを進めなければいけないのだ。
その点が、好きな順番で攻略して良いはずのメインシナリオとのかみ合わせが悪いと思う。他のカラクリは、フェスタオクタを作るまでは解放されないので、オルディン地方の攻略を最後に回した場合、カラクリ制作は一向に進まない。オイラはその影響を受け、カラクリ制作は3つの証を貰ってからになった。
カリモノは遠くに投げたり飛ばしたり、持ったり乗せたりと、出現させて利用するにも様々なやり方ある。その戦略によってそれぞれのカリモノの活躍の場が広がると、オイラは思っている。それが知恵というものだとも。
しかしカラクリはいつどこで使う場合にも必ず、ゼンマイを巻くという時間が発生する。カリモノにはない強烈な個性がカラクリの良いところだと思っているので、ゼンマイを巻くというリスクは、あっても良い。
だが、カラクリにない個性をカリモノだって持っているわけで、そしてそのリスクが無いカリモノの方が、オイラには使い勝手が良いと感じられた。
ゼンマイを巻き終えた上でカラクリをしまい込んだのに、そのカラクリを取り出して使用する場合には、再びゼンマイを巻かなければいけないのも困りものだった。
だもんで、オイラの実況ではカラクリの出番は殆どなかった。カラクリの挙動が気に入らないからではなく、手に入れるタイミングが遅すぎたのと、魔物の苛烈な攻撃の中でゼンマイを巻く仕様に、オイラのプレイヤースキルでは対応出来なかったからなのだ。
そして後述するカリモノの検索の話にも繋がることであるが、コントローラーのボタン一つに最大6体のカラクリだけをしまい込ませる仕様は、もったいないと思う。カリモノは数十体以上もいるのに。
カラクリをよく使うのか、カリモノを使うのかは人によって違うのだから、カリモノもカラクリも一つにまとめてしまい、コントローラーの左右キーにそれぞれ「お気に入り/全て」で選ぶことが出来れば、どれだけ楽だろう、と思っていた。

カリモノの検索がたいへん
今作で一番つらいと思ったのが、カリモノの管理だ。カリモノを選択するには主に「①左コントローラーの右ボタンで一覧を表示し、横スクロールでカーソルを動かして選ぶ」か「②スタートボタンを押してカリモノ一覧のページを表示、そこから上下左右にカーソルを動かす」の方法がある。
が、何十体もあるカリモノの中から自身がもっとも適切だと考えたものを即座に選ぶのには、どちらの方法でも時間がかかる。それが一番たいへんだった。
①では、よく使う順やカリモノにした順などでソートをかけることが出来るが「よく使うわけでもないし最近手に入れたわけでもないし今後たくさん使うわけでもないが、今すぐあのカリモノを出したい」がやりにくい。スクロールしない場合8体程度しか画面に表示されないので探しにくいなと感じる。
②の場合は種族ごとでソートされており、また画面には15体程度が画面に表示され、カーソルも上下左右に動かせるので、①より選びやすい。しかし前者と違って1ボタンで一覧を表示させることは出来ず、②でも一覧から自分で選ぶ必要があるのには変わりないので、マシにはなるが時間はかかる。
なによりどちらの方法でも、戦闘中にそれを一時中断してカリモノを選ぶ必要が出てくる。つまり、プレイが止まってしまう。戦闘中にいちいちロードが挟まるようなものだ。オイラはそれで気持ちを削がれてしまうことがあった。カラクリの場合選択してから更にゼンマイを巻く時間がかかるので、それで余計に選ぶのがイヤになってしまったのかもしれないな、と書いていて思った。
ゼル伝シリーズには、道具の入れ替えをスタートボタンからのメインメニューで行わせる仕様…というか風習が昔から存在する。アイテムが10個程度のリンクならそれでも良いのだろうけど、ゼルダ姫は数十体以上もカリモノを管理する必要がある。管理に時間がかかるのは当然のことだ。
それを同じ仕様でメインメニューから行わせたり、横スクロールで選ばせるのは、スッキリした解決策ではないように思える。だもんでカラクリのところで「お気に入り/一覧」で分けることが出来れば……と書いた次第だ。
実況中は終盤になると「いちいち色んなカリモノを選ぶのがしんどくなってきたのでとりあえずライネルを出す」というようなプレイスタイルになった。じっくり選んでいたらどんどんゲームと自分が遠ざかっていくし、急いで選べばゲームを蔑ろにしてしまうことになるしで、辛かった。

ここまででゼル伝知恵かりの感想は終わり。ここからは実況活動についての感想を書くので、ゼル伝の話は殆ど出てきません。
実況として
全然再生数伸びないなー
と、シリーズを実況中に4回くらい落ち込んだ。まぁそのうち世界の誰かが見るかもしれないので、それで良いか、とは思うことにしている。見る方も見られる方も気楽にいられるといい。
オイラの実況が面白くないから見られない、というよりも、見られる機会を得ていないような気がする。ここらへんについては色々考える必要があるけれど…Twitterはもうやめちゃったしな。うーん。戻りたくねぇ~。

動画の編集
50話を境に、動画の編集をすごく拘った。この動画の中ではオイラが興味を持たなかった会話・シーンはカット。強調したいことは今までよりも時間をかけて。わがままな動画に仕上がった。おかげで見返すと、前よりずっと楽しんで見ていられる。
また関係ない話なんだが、最近NHK+に加入した。そこにあるTV番組をずっと見ていた時に、動画をスキップして見ようとしている自分に気がついた。NHK+でオイラが見る番組なんて、長くて15分とかそこらなのに、オイラはその15分も待っていられず飛ばそうとした。「どんなにその動画が面白くても、飛ばしたくなったり見るの飽きたりするんだな」と思い、それと同時に「このまま胡座をかいていてはいけない、もっと自分が面白いと思えるような動画を作れる、その余地はあるんじゃないか」と自分の動画を見つめ直し、それから動画編集に更に力を入れるようにした。
オイラが思いつく限りの編集をしつつ、でも自分の動画の雰囲気を壊さないようにと頭を捻り、思考や制作方法をノートに逐一メモし、編集が終わったら振り返りをし……と、やっていて楽しかった。この編集はあったほうが良いけどコレはしなくてもいいんだな、という選別も出来るようになった。まだまだだが。挑戦できたのは自分の中で結構大きい出来事だなと思う。これを次の実況に活かしたい。
編集とは違うけどマイクも変わった。今まで設定を自分好みにするのが面倒で使っていなかったが、いい機会だと思っていろいろやってみた。今は気に入っている。
さっき再生数のことで落ち込んだと書いたけど、編集をしっかりして、自分の好きな動画に拵えたことで、落ち込むことが減ったような気がする。今までよりもずっと「でもオイラはオイラの動画好きだぜ」と胸を張って言えるようになった、気がするんだよな。

流行への挑戦
知恵かりの実況に挑戦することにしたのは、友人のすすめがキッカケであることも書いておこう。
今作の実況を始める前、当時のオイラは、流行りに乗っかってみたかった。流行っているものに乗っかってうまい汁が吸いたい、という意味ではない。流行に乗っかってみようとする時の気分とは一体どんなものなのだろうかと、それを味わってみたかった。
オイラは、世間のゲーマーたちが遊んでいるゲームを、同じタイミングで遊ぶことが殆どなかった。これは実況に限った話ではなく、何十年も生きている中での話だ。例え世間とタイミングが被ったとしても、オイラは独りで黙々とプレイするのが好きなので、ネットでの交流を避けて遊んでいた。だもんで「ムーブメントの一部になる」という感覚を味わったことがなかった。
実況活動だけにスポットを当てて振り返っても、今までのオイラは古い作品ばかりを実況し、新作をいつまで経っても遊べないでいた。Nintendo Directで面白そうなタイトルが発表される度に「でも他の作品もまだやってないし~」と思ってプレイせずにいた。ちなみに今作をやる前にやりたかったゼル伝は、4作品くらいあった。10年かかっても知恵かりにたどり着けない。
オイラの外側の世界では、推しと一緒に盛り上がっていこうだとか、自分の好きなものが世間に評価されるように言葉を磨きましょうだとか、ファンコミュニティ用のLINEグループが沢山生まれたりだとか、なんというか……コンテンツと人とスマートフォンが一緒になって蠢いているようであった。オイラにはそう感じた。
それは良いことでもあるし、悪いことでもあると思うが、オイラにはその経験を味わうことが出来なかった。世間と関わらず独りで遊んでしまうし、推したいものもなかったから。
だからこそ、流行っているものに乗っかる・流行の流れに流される、そういう体験を、自分が今までずっとやってきた実況を通して、味わってみたかった。
そんなことを友人に相談して、その当時もうすぐ発売されるであろう知恵のかりものを実況するのはどうだろうか、という話が持ち上がった。オイラは今作が発売される日から1週間も休みを取った。いや4日間だったかな。殆どの生活を実況に費やした。
オイラ達の誤算は、今作がそこまで流行らなかったことだと思う。流行りの匂いを感じられないオイラたちであったので、知恵かりが大きなブームになるという予想は大きく外れた。いい作品には違いないんだが。人によっては今作をゼル伝シリーズの番外編と捉えている人もいるそうだ。オイラは全くそう思わないが。
また、オイラは4日間を実況に費やしたが、その間にクリアしてしまう人間も、その動画を投稿する人間も結構いた。オイラは最近になってこの実況を完結することが出来たが、世間では流行っていなかったし、当日からプレイし始めた人たちもとっくにクリアしていた。スピードでもオイラは太刀打ちが出来なかった。
ということで、オイラの挑戦は、まぁまぁ成功に終わった。再生数的には失敗と言っても良いのだが、流行りに乗っかって再生数を伸ばしたいぞと思ってこれを始めたわけではない。人の目に触れる機会が増えれば、トラブルだって増えてしまうし。困りごとの方が多い。
オイラはあくまで流行に乗り周りに流される挑戦をしてみたい、それによって何か見えるものがあるかもしれない、未経験・未体験のそれに触れてみたい、という興味でもって行動を起こした。
起こしたことで、任天堂の新作だからといって皆が飛びついてプレイするわけではないということ、4日間休んだ程度では太刀打ち出来ないほど精神と肉体を酷使して動画を投稿する人の存在を知れたこと。新しいことをやってみるのはやっぱりワクワクすること。これらを実際に体験?できた。なんとなくそうなのかもな、でも本当かな、と思っていたことをハッキリと……味わえたのは、オイラの人生においてデカい。
ということで、ゼル伝知恵かりの実況をやって良かったなーと。そう思っている。ゲームは楽しかったし新しいこと出来たし、編集でいろんなこと考えられたし。言う事なし。

今後また新作を急に実況してみても良いかなーと思っている。今までは過去作から順繰り順繰りやっていかないとダメかしら……と思っていたけれど、その考えも変えることが出来たし。
書きたいことは全部書いたので、今回はこの辺で。もう4日間も仕事を休んで実況することはしないかな。いつものペースが一番いい。
※※ふだんはYoutubeやニコニコで動画投稿しています。興味があればプロフィールから覗いて下さい。日記はこっちでも書いてます。