やはり自分は古い人間なのかもしれないな、と思うことがある。
コンビニで曲が流れていて、なんとか聞き取ろうと試みるも「ねむくなったらねる」しか分からなかった時にもそう思う。ヘソが見えるほどのカットソーを着て歩いている方を見かけると、気恥ずかしくなってすぐに目を逸らす時にも思う。だからまぁ、結構な頻度で思っているな。
この前Switchオンラインで「星のカービィ 夢の泉の物語」をプレイした。作品の出来の良さとカービィの味わいの良さ、そして”こぢんまりさ”に感動してしまった。オイラはスターアライズやWiiなどもプレイしたが、夢の泉が一番好きだなと確信した。
優柔不断のオイラが一番を付けるのはそうそう無いので、自分自身に対して「一番!?」とビックリした。そう思った時にも、これはオイラが古い考えをもった人間だからかねぇと思ったのだった。
小さい頃のオイラは、ファミコンよりもGBでカービィを遊んでばかりだった。だもんで夢の泉を遊んだことがなかった。先月くらいに体調不良で外出できず、今作を遊んでみたのだが、面白くて参ってしまった。今作のカービィは実に味わい深い。
夢の泉のカービィは「ぽよ」とか「ぺぽ」のような言葉を発しない。普通にハキハキ喋る。そして非常にコミカルで、ひどい目に遭い、その上おっちょこちょいでずる賢くもある。カッコつけたりもするし、強者のオーラも纏っていない。そこがオイラは気に入っている。

例えばこのシーン。カービィがサングラスをかけてクリームソーダを飲みながら、更にアメのことまで考えている。食べ物の夢を見ているのか、それとも想像しているのかな。彼が食いしん坊なのは今も昔も変わらないが、ここまで俗っぽいカービィを眺められると、星の戦士感をまったく感じられなくて安心する。
そしてこのあと、夢の中に現れた敵が現実世界のカービィの頭をハンマーでどつく。カービィはサングラスを落っことし、誰に殴られたか分からずキョロキョロしてしまう…普通に面白い。こんなコミカルなカービィが好きである。
このような、ステージ前のムービーが一つ残らず好きだ。持っている風船を全部失ってしまうカービィ、トマトを追いかけて転がっていくカービィ、サメに追いかけられて沖まで泳いで逃げるカービィ。どれもこれも失敗ばかりである。そこに出川さんやダチョウ倶楽部のような面白さを感じる。
今のカービィがひどい目にあったら、シンプルにかわいそうだな…と悲しい気持ちになってしまうんだが、夢の泉カービィはそうはならない。これは多分、ゲームの解像度が荒いからだと思う。今のグラフィックの鮮明さ・綺麗さでサメから逃げるカービィを描かれたら、ドキドキするし逃げて!と思ってしまう。夢の泉ではそうならない。
コミカルと言えば、夢の泉ではコピー能力が追加された。今ではおなじみであるが、初代星のカービィには無かった。コピーなしのカービィもあれはあれで面白かった。空気砲の乱れ打ちでボスと勝負したりとかさ。
んで、そのコピー能力の説明文もさることながら、能力を画面内で表している、その絵がまたいい。



ゲーム画面で大暴れしているカービィのグラフィックにもこだわりを感じられて、そこも好きだ。例えば上の画像、ストーンの能力を使っているカービィ。実は地面に平行な場所で石になっている時と、画像のような斜めの場所で石になっているカービィの、グラの感じが違っている。細かいんだよな。坂のような場所で立つカービィの脚の感じとか、見ているとカッコいい。カッコいいカービィも今作では十二分に味わえる。
そうなんだ。先ほど散々コミカルなカービィについて書いたが、当然のごとく、可愛いくてかっこいいカービィも楽しめるところも良かった。


残機を表す場所のカービィの絵さえ可愛い。むしろドットの粗さだからこそ、オイラの想像力が掻き立てられ、グラフィック以上にカービィのまるみや柔らかさを味わえているのだと思う。ステージも綺麗だったなー。
さっきからカービィの味わいばかり話しているが、ゲームとしては普通に難しくて面白かった。残機はどんどん貯まるんだが、どんどん消費もしていった。今作は一度ぶつかるとコピー能力を失ってしまうが、ぶつかった後の無敵時間が他の作品と比べて短く感じる。そのため「能力を失う→追いかける→またぶつかる→能力の星が消える→かなしい」という一連の行動を何度もしてしまった。
中ボスも強いし、うまくダメージを与えられないコピー能力があったりしてさ。ホイールのコピー能力で走り回るステージも、うっかりトゲを踏ませようとする場所があったりして。でもそこでバシッと走れると気持ちいいんだよなー。あとハイジャンプで弾を避けながらゴールを目指したりとか。

謎解きもしっかりしていると思った。星のカービィ2や3を彷彿とさせるようなレベルのものが多くあり、ちょっとニヤニヤしてしまった。


他にも過去作、つまり初代星のカービィを意識したステージがあったりしたっけな。初代を遊んだのはもう十何年も前の話なのに、見ただけで「初代じゃん!」と分かるくらいに覚えていて、そんな自分に対しても夢の泉に対しても、なんか嬉しかった。
ラスボス戦ではラスボス戦用の能力でバトルするところとかは熱い展開だし、それが終わってからのムービーが余す所なく良い。コピー能力を表すウィンドウ部分に「ばいばい」と書かれていて、こういうの良いよな~!と思ったりもした。

書きたことは大体書いたので満足した。きらきらきっずとかもそうだけど、昔のカービィって普通に喋るし間抜けですごく良い。表現が昭和とかのそれだ。それが良い。
なんでそれが良いんだろう?としばらく考えてみたんだが…なんというか、令和のカービィは、おいそれと汚してはいけないような神聖さ・穢のなさを感じる。感じるだけなので何の根拠もないんだが。
赤ちゃんがひどい目にあったらかわいそうだけど、ダチョウ倶楽部なら面白い。娯楽として踏み込みにくいかどうか。その違いかなぁ。
令和のカービィは、彼がこれまで持っていた個性の一部に焦点を当てて、よりキャラクターを濃くハッキリと、方向性をバシッと決めて描かれているなと(グッズ展開とか見てても)思う。それが神聖さに繋がっている。
それはそれで、可愛いカービィを見れて良いんだが、この頃の洗練されていない、まだ発展途上の、それでいて素朴で味わい深いカービィの方が好みだなーと思った。ではまた。

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