以下の内容はhttps://manuller416.hatenablog.com/より取得しました。


高市総理の答弁 / 辺野古の事故 : について

 高市総理の答弁についてXで話題だったので紹介しておく。子供の自殺の多さについて問われて出て来た内容がまさかの旧統一教会の教義に共通した内容。

news.yahoo.co.jp

何を信じようと自由ではあるが

 総理大臣がどのような宗教を信仰していようが自由ではあるが、それがつい先日解散命令を出されたような韓国発祥のカルトだったら我々はどう受け止めるべきか。それも、今まで知らぬ存ぜぬで散々シラを切って来た人間が。

 一応、仏教関連で「七世の父母」といって「7代まで遡って供養する」という思想はある*1。が、一般に広く知られている概念とは言い難い。旧統一教会における「先祖解怨」の方がまだ知られているレベルでは。もしくは旧統一教会でなくとも別の、何らかのカルト勢力に与しているのではないかと疑わざるを得ない。

 改めて考えれば、いわゆる「平民上がり」の高市氏が総理大臣にまで登り詰められたのには相応に強力なバックグラウンドがあると見るのが自然だろう。

news.yahoo.co.jp

 純粋に宗教が関係無かったとしても、子供の自殺について問われて出てくる解答が「7代遡れば~」云々なのは意味不明である。今現在を生きる人間からすれば過去の数字を持ち出されても何の解決にもならない。「だから何?」でしかない。

 自殺を考えるほど追い詰められている子供は家庭に問題があることも多く、そこで親や先祖の存在の重要さを強調することは気持ちを逆撫ですることでもある。家庭問題で追い詰められている個人に対して公的機関(のトップ)が突き放すようなことを言うと、当人は「もう誰も助けてくれないんだ」と絶望さえ覚えるだろう。この点、解答として0点どころかマイナス。安倍元総理が山上に与えたインパクトの話から何も学んでいない。

 適当にあしらうにしても、もう少しどうにかならなかったのか。逆に言えば心底どうでもいい話を適当にあしらおうとして素が出た感じなのだろう。政治家ならばせめてその場しのぎの嘘でも良いので「AIを活用した相談窓口の設置や家庭問題の発見等、子供たちが自殺を考えなくても良いような社会の実現のため努力して参ります」くらいで流すべきだ。そこで7代遡れば云々が出て来るのがもう「ヤバい人」。

 そのうち「高市総理やらかしリスト」記事でも作っておこう。中東外交についても機会があったのに不意にした。今のところいわゆる保守が想像するほど仕事が出来る総理でも無い。解散総選挙の時に大きな餌としてぶら下げた消費税減税もどこ吹く風。外国人問題はいつになったら解消する?埼玉県なんか警察公式アカウントが室外機や給湯器の盗難についてこんなアナウンスを出す始末。

 いつから日本は室外機や給湯器にこのような対策をしないといけない国になったのか。

 高市総理が国会答弁で「今上天皇」を「こんじょうてんのう」と読み間違えたことも話題だったが、これはすぐ言い直していたしとっさに読み間違えた可能性が十分あるので私はそこまで問題視しない。

 が、今のエセ愛国保守を見ていると素で「こんじょうてんのう」と読みそうだなあとも思う。何なら今の天皇陛下は何というか聞かれて「令和天皇」とか言いそう。実際、Xでは「こんじょうてんのう」とも読めるだろなどと言う擁護も多かった。情けない。

辺野古での事故

 話は変わるが辺野古の基地周辺で起きた船の転覆事故、これも非常に良くない。特に事故後の会見、反基地活動家の態度は重大な事故を起こした当事者とは思えない不遜なものであり、この産経の記事のような身勝手なことを本当に言っていたなら度し難い。

www.sankei.com

 無登録で無謀な行為を行った結果として若い命が失われたにも関わらず、この期に及んでその結果をもたらした当事者が犠牲者の心情を代弁するかのような行為はあまりに無神経。人を殺したという自覚はあるのだろうか。警備員を事故に巻き込んで殺した件といい、世論は彼らを正義とは見なさないだろう。彼らは正義のつもりでやっていても大衆からは「左寄りの老害が自分たちの身勝手に巻き込んで女子高生を殺した」としか見なされない。事実としてそうであると私も思う。

 また、反基地活動を記録したあるブログには以下のような記述がある。

http://blog.livedoor.jp/syukanmakise/archives/52349150.html

 警備艇が大人しくなるから子供の乗せていた、という節もあるのでは?海を埋め立てる工事をしている現場ではその海域に船がいるだけで工事の邪魔になる。子供たちの手前、誰だって大人なら手荒なマネはしたくないし、下手に活動家を制圧すれば子供の目にはどちらが悪く見えるかは明らか。

 そういった状況・心理を利用して子供を盾にするのは卑劣極まりない。いかなる状況であっても大人同士の問題解決の場に子供を盾として持ち込むべきではない。普段どれだけ綺麗事を並べていようと実際にやることがこの上なく汚いから、この手の活動家は支持されないのだ。

 「平和学習」という建前の下で自分たちの抗議活動に子供を利用し、今回のような重大な結果を招いたことは抗議活動の正当性そのもににすら傷を付けるだろう。たまたま運が良かっただけで今までも多くの子供を同等の危険にさらして来た訳で、今後同様のことは許されない。許されてはならない。

 また、高校側も管理監督責任を追及されるべき。活動家側だけに責任をなすりつけて済む問題ではない。「運営主体は把握していない」という言い訳は嘘である可能性が高く、もし本当であっても運営主体を把握していない活動に生徒を預けた責任はある。おおかた、高校内の左翼教師とこの抗議団体とで繋がりがあったのではないか。

 規模は違えど、「汚い大人に巻き込まれて若い命が失われる」構図は戦争に似ているな。これからどの口で「犠牲になるのはいつも若者だ」と非難するのか見ものだ。

余談:カルトと「信教の自由」

 事あるごとに書いているが、「信教の自由」は免罪符ではない。「なぜ宗教を信仰する自由が憲法にまで明記されて保障されているか」と言えば、それは人々にとって宗教が救いとなり得るからである。あくまでなり「得る」、必ずしも救いになる訳ではない。

 人の弱み、精神的な衰弱にツケこんで経済的に搾取し、精神を操り、合同婚などといって人生における重大な決定すら握った上に、そこで生まれた子供の人生までも経済的な搾取によって破壊してしまう、人を救うどころか生き地獄に叩き落とすような狂った宗教に信教の自由を認めるべきでは無い。信教の自由を盾に人権を侵害することは許されない。

 これが「信教の自由」とカルト規制が両立し得る理由である。自由が保障されるのは宗教として社会や人の人生に役立つ範囲の中だけである。例えば、オウム真理教の後継団体は厳しい監視と規制の下に置かれている。「人を殺して強制的に解脱させる」*2ことは信教の自由として認められる限度を大きく超えているからだ。オウムに関してはそれ以外にも問題があり過ぎるが・・・。

 「7代遡れば」の話も闇が深く、「先祖解怨」というのは要は「救われたければ7代遡った分まで金払え」ということ。搾取のための方便でしかない。なお、遡る範囲はどんどん大きくなっていく。

 未だに信教の自由を理由に旧統一教会(世界平和統一家庭連合)を擁護する連中がいるが、道理も知らず物事の是非も分からず、これだけ日本国民に被害を出して来た韓国発祥のカルト団体を擁護するのは恥を知るべき。韓国カルトの親派なら今すぐ韓国に行ってそこで骨を埋めろ。私は日本人として日本国民の財産と生命、そして人生を害する勢力を許さない。

*1:お盆で供養する対象は7代前までとも

*2:ポア

最近の気になるガジェット

 世の中おもろないのでたまにはガジェットオタクとして良くも悪くも気になる(なっている/なっていた)ものでも紹介する。購入してはいないので詳細なレビューはしない。

慶洋エンジニアリング ドでかPad

 慶洋エンジニアリング(KEIYO)27インチAndroidタブレット

 せいぜい13インチが関の山なタブレット界に、そこそこ大きいPCモニターほどのサイズ感で殴り込みをかけて来た点は面白い。参考価格は9万8,780円。

 あれ・・・?でもYahoo!の記事だと「4K対応」と書いてあるのに、慶洋エンジニアリングのサイトだと解像度 FullHD (1,920x1,080)しか無いぞ?ひょっとして商品名違う?

慶洋エンジニアリング 製品ページより一部抜粋

 と思って「ドでかPad」で検索した結果、DOSHISHAというメーカーから同名の製品が出ておりクラウドファンディングも行われていたことが分かった。調べた限り出て来ないんだがDOSHISHAと慶洋エンジニアリングって何か特別なご関係あるんですかね。なお、慶洋エンジニアリングの公式サイトトップから確認に行っても表示されるのは上記青いリンクのサイトだった。

https://www.makuake.com/project/avista_kfd-271u_dodekapad/

 これ、ほぼ同じような仕様を中国メーカーに作らせて複数のメーカーがさも新しい製品ですよと言って販売している感じでは・・・?一応、仕様を調べて比較したが画面輝度やメモリー容量等の細かい仕様は若干違う。ので完全に同じ製品とは言い切れないがかなり怪しい。「同じような製品がラベルだけ変えて複数のメーカーから発売される」ってAmazonの中華製品かよ。

 クラウドファンディングのサイトを見ていくと解像度の件は以下の部分で説明がつきそう。

上記クラウドファンディングのサイトより一部抜粋

 慶洋エンジニアリングはType-C接続した場合の解像度しか製品ページに記載していないのでは。なお、クラウドファンディングされている製品のCPUは仕様表に記載が無かった。仕様から外すってどんだけ知られたくないほど弱いCPU積んでるんだよ。

 で、以下のような提灯記事しか書かない情弱向けメディアがこぞって取り上げると。

「ドでかPad」の検索結果トップ

 なお、近年は中国の激安通販で買える物珍しい製品をクラウドファンディングに出店し、あたかも自分たちが新しい製品を作ろうとしているかのように見せかけて出資を募るビジネスが横行している。クラウドファンディングでガジェット系は保証の問題もあるし基本的にやめた方が良い。情報弱者は自分で調べないから搾取される。

慶洋エンジニアリング製品ページより

 こういう感じの使い方で27インチは小さいって。無いよりマシ程度だって。手前の机に座ってるお前ら画面の文字見えてるか?75インチくらいの買うか大人しくプロジェクター買え。

 タブレットに話を戻すと、大きいタブレットというコンセプトは面白い。一方で本体重量約6.3kgとなかなかの重量なので持ち運ぶのはアホだし、据え置きでサイネージ等として使うにしてもそれならバッテリー駆動で持ち運び可能なメリットがあまり感じられない。据え置きで充電ケーブル挿しっぱなしならもうそれは普通のモニターやテレビと変わらん。

 27インチのPCモニターであれば2万円台で買えるし重量も4kg台。コストと実用性を考えるとかなり中途半端な感じはある。タッチパネルになっている点は利点ではあるが、言うて公式サイト等で紹介されているような使い方でタッチパネルである必要性はそこまであるか?という感じ。輝度350cd/m^2は暗い。リフレッシュレート*160Hzは最低限、そのくせ応答速度14msは遅い。

 それ自体で1つの端末として完結していることも利点ではある。ただ、メモリ6GBはまだ目を瞑るとして内蔵ストレージがたった128GBしか無いのも痛い。搭載しているOSもAndroid14と古く(2023年)、セキュリティ関連のアップデートは来年10月頃で終わってしまう。

 CPUに至ってはMediaTek T8786(台湾メーカー製)でSnapdragon845(2017年12月5日発表)にここまで水を開けられる始末。全てが中途半端。

https://versus.com/ja/mediatek-mt8786-vs-qualcomm-snapdragon-845

 本体重量と携帯性を考えると素直に11インチくらいのiPadなり何なり買った方が良さそう。価格ドット・コムで売れ筋上位、2万円台で買えるNECの情弱向けタブレットの方がまだCPUの性能がマシ。CPU以外の性能はお察し

https://versus.com/ja/mediatek-helio-g85-vs-qualcomm-snapdragon-845

 大きいタブレットというコンセプトは面白いんだけどな。ノートPCと比較すると許せて15インチくらいまででは。逆に15インチのタブレットで強力スペックは無いのでその辺りを突いて欲しい。タブレットは快適性を求めるなら今のところiPad一強過ぎる。まあ、中華製品を輸入してラベルだけ付け替えて商売してるようじゃダメだわな。

Apple MacBook Neo

 気になっているというより世間での評価がどうなるのか気になっている1台。ノートPCの形状をしているがCPUはiPhoneとほぼ同じで13インチモデルのみと、実質ノートPC化させただけのiPad。メディアサイトのライターは「質感はMacBookProと変わらない」などと抜かしてるが嘘つくなよ。

www.apple.com

 税込99,800円という価格はかなり驚異的である一方、ノートPCが欲しいならわざわざこのスペックを買う必要ある?という疑問が浮かぶ。中身iPhoneならそれで出来ることはiPhoneで間に合う訳で、あのAppleが10万円をギリ切るくらいに収めてくれている製品のスペックは推して知るべしである。あのただの画面拭きの布を2,780円で売るAppleが約10万円で出した意味を。

 特に卒業・入学シーズンでノートPCが欲しいという人も多そうな時期だが、私にもし子どもがいてノートPCを買い与えるなら少し高くても普通のWindowsノートかMacBookAirもしくはProを選ぶ。これ買うならMacBookAir 13インチで良くね?Windows機なら以下のようなものを選ぶ。

www.dell.com

 一方で現行iPadには11インチモデルしかない(13インチはiPadAir~)なので、安めで13インチのApple端末が欲しい場合には選択肢に入る。でもなぁ・・・iPad(A16) 11インチが57,000円くらいで買える中で+2インチ&キーボード&多少の性能アップに42,800円かけられるかなぁ・・・。

 因みに

  • iPadMini:iPhoneと同じA~プロセッサ
  • iPad : iPhoneと同じA~プロセッサ
  • iPadAir:MacBook等と同じM~プロセッサ
  • iPadPro:MacBook等と同じM~プロセッサ

 AとMの違いはA~系がモバイル向けでバッテリー持ち重視、M~系が性能重視といった感じ。どちらもいわゆるAppleシリコンと呼ばれるARMベースのチップセット。同じ系統のチップでもiPhone16e向けA18はGPUコアが1つ少ないだの何だの製品のグレードによって細かい仕様の違いがあったりする。

Nothing Phone (4a) & (4a)Pro

news.kakaku.com

 イギリス発の独特なデザインを纏ったブランド NothingTechnologyから発表されたAndroid端末。ガジェオタホイホイな独創性のあるデザインの端末でこれはその4代目に当たる。見た目こそ奇抜だがスペックは優等生で、iPhoneに変えてしまった今では手が出ないが正直かなり気になる1台。

 ただ、惜しむらくは4代目にしてかなりデザインが大人しくなって来たこと。特に(4a)ProはかなりiPhone17Proに寄せて来たなという感じがする。ぶっちゃけ面白くない。(4a)の方はまだ面白みのあるデザインでカラバリも良いが、(3)や下図(3a)の方がカッコ良い・・・良くない・・・?背面ライトの面積どんどん小さくなっちゃってるじゃねーかよ!

https://kakaku.com/item/K0001684700/images/

 モダンアートチックな背面が好きだったのに。これじゃ少し凝った電池ボックスを見せびらかす平成シースルーブーム懐古おじさんだよ・・・。見た目がどんどんつまらなくなってるのとデカい(6.78インチ / Proは6.83インチ)以外は本当に良さそうな端末。お金に余裕があれば開発用端末として1台欲しい。国内メーカーの端末よりよっぽど面白みがある。

 ちなみにiPhone17ProMaxで6.9インチなのでそれより小さいとは言え日本人の手にはやっぱりデカい。と思う。

Nothing Watch 3 Pro

 同じくNothingから発売されているスマートウォッチ。AppleWatchほどありきたりじゃないし洒落てると思うので気になっている。コイツも地味にデカいしあんまり評判良くも無いので4が出ないか様子見中。毎年出てるので今年も出るっしょ。

jp.nothing.tech

 時計をする習慣は無いが時計くらい買っても良いかな、と思うので気になっているだけなのだが。良い時計を買ってもいいが私には分不相応。ガジェオタにはこれが良い。でも充電する必要がある端末が増えるのは面倒くさい。そもそもスマートウォッチをそこまで必要とする場面が無い。

 それにしても何というか、こういう独特で面白みがあるものをもっと日本メーカーから出して欲しいのだが、もうそういう時代じゃないんだなと感じる。政治、社会、人々の意識を見れば残念ながら当然。

Thermaltake The Tower 300

 MicroATX対応のPCケース。「お前どんだけPC買うんだよ」という声が聞こえて来そうだが待って欲しい、気になっているだけだ。身の回りにデカいPCしか無いので少しコンパクトかつオシャレで高性能な自作PCに憧れが出て来ただけなんだ。AIと為替とトランプのアホのせいで自作PC界隈はそれどころじゃない状態だが。メモリと記憶装置が高ぇ!

www.gdm.or.jp

 気になる理由:見た目がカッコいいから。以上。何ならPCケースにせずに中身少しカスタムしてフィギュアケースなんかにしても良さそうな見栄えあるデザインをしている。今すぐPC組まないにしてもお金に余裕さえあれば買っておきたい。かも。

 なお、私はPCケースは基本的にFractalDesign派。メインPCのケースはNorthのホワイト。バリカッコいい(語彙力)。

www.fractal-design.com

NVIDIA RTX5070Ti SUPER

 早く出せ革ジャン

余談:Microsoft Edgeのクソ広告

 昨日、今日と会社の同僚からパソコンがおかしいとの相談を受けて見てみるとMicrosoft Edgeがウイルスに感染したかのような挙動を表示し、「PCが危険に晒されているから至急ここに連絡しろ」と偽のサポートへ誘導する典型的な詐欺だった。

 調べて見るとMSN(Microsoft Network)の広告審査がゴミカスで、下図のようなEdgeのホーム画面を閲覧中に表示される広告に詐欺広告が混じっているらしい。近頃はネットに広告が溢れすぎな上に中身も酷いと来た。いやはや恐れ入る。

Edgeホーム画面の一例

 詐欺広告が表示された人いわく「クルマの広告が表示されたので要らないから✕ボタンを押したら変になった」とのことなので、その✕ボタンが本当は「広告を閉じる」ボタンではなく「ウイルスっぽい挙動を引き起こすためのトリガー」ボタンだったのだろう。

 もし万が一そういう状態になってしまった場合は、Ctrl + Alt + Deleteを同時押ししてからタスクマネージャーを立ち上げ、Edgeの上で右クリック→「タスクの終了」で強制的にEdgeを終わらせてしまえばいい。それか電源ボタン長押しでシャットダウンするか。

 その後でEdgeを立ち上げると問題のあるサイトが自動復元されるかも知れないので、Edgeを開いたらとりあえずタブは全部消す。MSNは提示するニュースの内容が低俗で辟易していたが、今回の件で看過できないほど危険であることも分かった。

 一番良い対処法はそもそもマイクソソフトのEdgeを使わないこと。ChromeなりFireFoxなりBraveなり好きなものを入れれば良い。Edgeよりマシ。Edge自体をアンインストールは出来ないので注意。

*1:画面の更新頻度

文化的な死への憤り

 国立博物館をめぐる文化庁の方針に本当に頭に来ている。話の大元は財務省のようだが、そこで文化を守るために抵抗出来ないなら文化庁は「文化庁」という名称を返上するべき。

(記事題:国立博物館や美術館に収入目標、未達成なら閉館含め再編検討…30年度までに文化庁)

なぜ収益性を求めるのか

 国立の博物館や美術館を運営するにあたってそこまで収益性が重要なのか。私はそうは思わない。国立の文化財関連施設がそれを言い出すといよいよ終わりではないか。優れた美術品や文化財を少しでも多くの国民の目に触れさせるためにはむしろ収益性など度外視するべき。

 Xでは地方のハコモノ批判を引き合いに出す向きもあるが論点のすり替えも甚だしい。あくまで今回は「国立」についての話。地方のハコモノが本当に価値があるものか、それとも地元の有力者が功績づくりのためだけに誘致した無価値なものなのかは個別で判断するべき。

「館ごとにも評価し、国立科学博物館以外の館が、29年度時点で40%を下回るなどした場合、閉館を含めた再編の対象となり」

__上記記事より一部抜粋

 とあるが、閉館した場合にその収蔵物は一体どうなるのか。海外に売るか?廃棄するか?いずれにせよ衰退を続ける日本に残された文化的遺産を、日本政府は「カネにならないなら捨ててしまおう」と言うのだ。どこぞの誰かの言葉を借りるならなんと「さもしい」考え方か。そういうのを何と呼ぶかは教養の無い私でも知っている。「拝金主義」だ。

 かたや政府は訳のわからん補助金が無ければ存続しえないクソみたいな企業やNPO、クールジャパン機構(笑)や何の成果も上げられない官民ファンドには湯水のごとく税金を突っ込んでいる。余計なところに突っ込むカネはあっても文化的インフラを維持するだけのカネは無いのか。

 そうでなくとも道路陥没事故の復旧は1年以上経ってもまだ。水道の老朽化も手つかず、教育現場の待遇改善もずっと置き去りにされている。少子化対策と称しては現役世代への負担を増やし続けて少子化を加速させ、外国人はいよいよ多く、多くの国民を苦しめて来たカルト団体も今の今まで野放しでこれからの対策もする気無し。東京藝術大学は資金作りのためにピアノを売り、とうとう劇場の屋根が落ちたそうな。何がクールジャパンだ。クールなのは財布の中身だけか。

 ここ数年、毎年のように「過去最高の税収」と言うがその割には良いニュースが無い。国民にとっては日本の政府行政こそがもっとも収益性が悪い。国益にならないので捨てて良いか?捨てるべきだ。

 外国人はまだ日本の文化や秩序を素晴らしいと言ってくれるが、文化財を無駄として処分し、職人は死んで技が絶え、日本国民から精神的な豊かさが失われ続けばそれも無くなるだろう。インバウンドなんていつまでも続かない。その上で個人主義、利己主義、拝金主義がさらに蔓延すれば文化はどんどん死んで行く。日本という国が日本であるための要素が消えてしまう。

 そうならないためにやるべきことを国はやろうとしていない。むしろ文化を殺そうとしている。これに対して非常に憤りを感じる。こんな政治が保守を自称する連中から支持されてやまないのが不思議でならない。本当に日本の文化や伝統なんてどうでも良いんだな。

 それでも漫画やアニメ、ゲームなどの現代文化もあるので「何も残らない」とも言うまいが、果たしてそれだけで良いのか。歴史ある国はそれ以上のものを持っており維持し続けている。財務省は都合の良い部分だけ他国の美術館と比較するが、カネでしか文化の重みを量れないとは何とも情けない話だ。ひょっとしたら「名のある古美術品よりも今稼げている鬼滅の刃の方が上」とか思っているのだろうか。単純に収益性だけで比較できるものではない。

責任転嫁するな

 何でも自己責任論で片付けてしまえば国民は勝手に自分たちを責めて自滅していく。その思惑が面白いくらい根付いた現代の日本人の中からはこの問題に関しても自己責任論的な意見が次々湧き上がる。しかし、おかしいとは思わないのか。すぐに自分たちを責めることに慣れすぎでは?同じ国民相手なら言いやすいもんな?政治家を批判するより。

 「もっと国民が博物館や美術館に足しげく通って支えるべき」と言いたいのは理解するが、それが出来るような経済的・精神的余裕を国民から奪い続けて来たのが日本政府(特に自民党)であり、その上で「カネを出さない国民が悪い」はあまりに酷い帰結。そこで政府を批判するなと言うのは無理がある。

 そこまで言うなら、多くの国民が博物館や美術館に足繁く通えるだけの余裕を国民に与えてはどうか。それが出来ないなら無理を言うな。

 「国ばかりアテにするな」というが、だったら何のために国は、政府はあると思う?それも”国立”の博物館や美術館について。国民の利益を抜きにしても、国としてもそこにある収蔵物を守り維持することに意義・価値はあると思うが。

 この意見もズレている。すぐ国民を悪者にしたがるが、国民は教養を持つことを嫌ってなどいない。教養のある人間に対する「確かに凄いけど結局そういう人って金持ちの家の子なんだよね」という嫉妬はあれど、教養そのものに対する嫌悪は少なくとも私は見たことが無い。

 そこにあるのはどちらかと言えば「無関心」であろう。教養を嫌うだの何だのの以前に多くの国民にとってはそんなものは今や「どうでもいい」のだ。有名な絵画の中に描かれた要素を見つけてその意味が理解できるよりも、どこでどう買い物するのが得だとかどこの株をどれだけ買えば優待がもらえるだとか、そういった目先の利益を最大化出来る者が偉い、賢いとされつつある。

 「教養」という言葉の指す範囲は様々*1だが、少なくとも上で紹介した投稿における教養の意味についてはそうだろう。

 ここまでさもしい国民を増やしてしまったのは自民党政権による失政。根本的にはそれを性懲りもなく支持し続けて来た日本国民が悪いというなら一理ある。が、今回の件に関しては選挙で落とせない官僚も悪い。特に財務省の官僚。財務官僚の言うがままにしていては国が滅ぶ。

 残念ながら勉強が出来るだけで物事の理非を知らず、大局的も持たず、合理化こそが至上命題だと疑わない官僚を選挙では排除できない。彼らは選挙など関係ないから。本来であれば政治家が彼らを制御するべきなのだが、御するどころか官僚に国会答弁の答案を書いてもらっている始末。本当に日本は民主主義なのか?間接官僚主義ではないのか。

 思えば、財務省はウクライナ戦争についても「ジャベリンがあるなら戦車いらなくない?」などとふざけたことを抜かしていた。財務省の役人は勉強が出来ることは確かかも知れないがそれだけで現実を知らん。人の心も分からないし国家観も大局的な考えもない。財務省は罪謀省。一人残らず「ジャベリンあったら戦車いらない」論をウクライナで実践して全員無言で帰って来たら良い。

 この意見についてもズレていると思う。簡単に言ってくれるが「博物館や美術館に足を運びたくなるような義務教育」など一体どうやって行うのか。素人が思うほどそれは簡単な話ではないだろう。実際にどういう教育をすれば良いと思う?それだけの余裕が今の教育界や保護者にあると思うか。

 そう簡単に人を動かせるなら誰も苦労しない。そして結局は収益性の話をすることに私は同意できない。1にも2にも、少子化対策にせよ文化的豊かさの維持にせよ、国民に何かをさせたいならまず経済的豊かさを取り戻させることだ。政府がやるべきは経済対策、(特に現役世代の)負担軽減、減税。本当に必要のない部分の無駄を削ること。

 これを言うと「政府や官僚はやることはやっている。”本当に削るべき無駄”とか民主党政権で言われていた埋蔵金と同じで存在しない」と言われそうだが、私はそうは思わない。そう堂々と言ってのけられるほど日本政府、自民党のカネの使い方を信用できない。常に国民が監視し圧力をかけていく必要がある。

豊かさとは何か

 「豊かさ」とは何かを定義するのは難しいが、私はその尺度を「どれだけ無駄が多くてそれを許容する余裕があるか」と捉えている。無駄が多いばかりでもダメだし、無駄が多くても余裕が無ければ豊かさは感じられない。

 究極的に言えば人間、食って出して寝て繁殖する以外は生物として無駄だ。無駄を徹底的に「合理性から鑑みて排除するべき悪である」と捉えるならばそれに関わること以外はする必要がない。

 しかし、非合理的でカネにならない事でも我々は日々進んでやっている。テレビやYouTubeを観て無の時間を過ごしたり音楽を聴いたり小説を読んだり。食事をするにしても様々な食材を工夫をこらして調理してから食べる。衣服で個性を表現し、意匠を凝らした住居に住まい、時として旅行と称して生活に関係無い地に必要性なく出向いたり、祭りと称して大騒ぎする。

 身も蓋もないことを言えばこれらは無駄なことだが、このような無駄が一切排除された生活は極めて味気ないものになるだろう。「豊かさ」とはただ物質的な量の話だけではない。そこにどれだけの無駄があり、そこにいる人間にどれだけ無駄を楽しめるだけの経済的・精神的余裕があるかで決まる。

 なので東京に住んでいても豊かとは言い難い暮らしをしている人間はごまんといるし、不便で何もないド田舎に住んでいてもそれなりに豊かな暮らしをしている人間がいる。

 今の日本は「無駄なものの多さ>>人々の余裕」という状況であり、国民は本当の意味で日本の豊かさを享受出来ていない。メディアはインバウンドだ何だと景況感を煽るがそこで楽しんでいるのは外国人ばかり。日本人はすぐ近くの博物館にすらあまり行かない、行こうと思わない、行こうと思えるだけの余裕が無い。せいぜいYouTubeだカラオケだ食べ歩きでインスタ映えだのとお安く楽しめる娯楽ばかり。

 断っておくがYouTubeやカラオケやインスタが悪いと言いたい訳ではない。何を好むかは人それぞれで良いし、私だってお安い娯楽で日々を満足に過ごしている庶民の1人だ。

 しかし同時に、失政による経済的・精神的余裕の無さが国民の嗜好すら変えてしまっていると私は感じる。「私はこれが自然と好きになったんだ」と言うのは構わないが、果たしてそれは他のあらゆる娯楽を試してから「これが好き」と言うようになったのか。「手が届く範囲の中ではこれが一番好きだった」ではないのか。

 この流れの中で安易に「自分たちには手が届かない無駄は削って良い無駄だ」という思考が広がり、合理的な思考がそれを後押ししてしまうことを危惧せざるを得ない。その先には「豊かさ」の残りようが無いからだ。隙あらば無駄に見えるものを削ろうとする思考では豊かさは取り戻せない。

 少なくともこれから先、国民に経済的・精神的余裕を取り戻す気があるのならば、余裕を取り戻した時に楽しめるものも残しておいた方が良い。少しでも無駄を許容できる心づもりをしておいた方が良い。でなければこの先、今自分が楽しんでいるものが「削って良い無駄」とされるかも知れない。自己責任論で贅沢だ何だと叩かれるかも知れない。「贅沢は敵だ」の標語は遠いようですぐそこに戻って来ている。

「政治行政に削るべき無駄が無いか」はまた別の話

 自民党、日本維新の会と優秀な官僚とやらは揃いも揃って肝心な削るべき無駄は削らない。むしろ必要な所を削ってろくでもない所にばかりカネを流す。ろくでもない政治家連中は国民みずから選挙で削るべきなのだが、先の選挙ではむしろ良くないレベルで大勝させてしまったからなあ・・・。そのうち国民の声が政治家にとって削るべき無駄として削られるだろう。

 何ならその流れは既に起きている。「国民会議」とやらで議論から少数野党を排除し、比例代表制の議席数削減という形で露骨に与党有利(少数派の意見を反映する議席数の削減)を目指している。先の強行採決も安倍政権におけるそれと違い、ろくに議論しないまま強行採決してしまった。いよいよ自民党の奢りが看過できないまでになっている。国会軽視も甚だしい。

 それにしても、日本維新の会の「結論が出なかったら自動的に比例代表制から45議席削減」って何だよ。結論が出なかったら現状維持にするのが普通だろアホか。大阪都構想もいい加減にしつこいし。何もおもろないねん。

 

*1:有名なアニメを教養とみなしたりする向きもあるが、それは単純に媒体の好みや新しいものが好きかどうかの問題もあると思う

株式投資と戦争

 書き散らし。Xで以下のような投稿があり、それを機に議論があった。

気にいらねぇな

 Xの株クラ民の民度を考えると「戦争を機に儲けられそうな銘柄で儲けようぜ」と平気で言いそうでそれは流石に非難に値する。株クラ民に限らずXにいる小金持ちはそういう感じだ。戦争を利益機会ととらえ他者の生命を消費する感覚は危険である。

 その辺あまり擁護する気にもなれないし、これらの意見にも一理あるとも思える訳だが、投資家の端くれとしては物申したいところがある。

 確かに、戦争について市場の反応や株価の上下を考えないことは無い。が、それはそれ、これはこれ。「市場に影響を与えるから戦争賛成」と言っている訳でもない。これは戦争を機に儲けようとしている投資家も同様だろう*1。戦争など基本的にろくなことが無い。

 世界経済に影響を与えるどうしようもない要素が出てきた事実について、特にリスク管理について自分が出来る範囲の対応をすることは当然である。個人で出来ることには限りがある。

 この点、「株をやってると戦争すら自分の利益の1要素になるんだ」といった見方はあまりに一面的過ぎる。自覚が無いようなのであえて申し上げれば投資をしていない人間の僻みでしかない。

 だったら言わせてもらうが、ホルムズ海峡の封鎖について「ひょっとしてこれから日本人はさらなる物価高や燃料費高騰に苦しめられるのでは」と考えたことは無いのか。それも戦争を「自分たちの利益を左右する単なる1要素」として考えているではないか。もし考えたことが無いならそれはあまりに想像力が無さ過ぎる。

 「人命が何より大切であるのに」云々もただのお気持ち論でしかない。「人命が何より大切」なのは事実だが、日本国内でそう思っているだけで具体的に救うための行動を起こす訳でもなし。そういった共感と「自分が出来る範囲でリスク管理をすること」は切り分けて考えるべきである。戦争の悲劇を嘆くことと自分の資産リスクを考えることは両立し得るし、それを感情的な見方だけで非人間的とまで誹られるいわれは無い。

 もっとも、投資を長くやっていると自分の利益を考える、いちいち感情に左右されない思考が訓練されることは否定しないが。毎日毎日株価の上下を見て一喜一憂するのが人間らしい状態ならば、それに動じないように訓練された人間が傍から見て非人間的に見えるのも分からなくはない。

 共感力の高い人間には必要無いのかも知れないが、遠く離れた地の戦争を自分事として捉えるためにはまず「自分たちの生活にどのような影響があるのか」を考えることも重要ではないか。先に述べたホルムズ海峡うんぬんも、実際にそうした形で実生活に影響が出てからでしか物事を考えられない人間は大勢いる。無関心で想像力の無い人間はそういった事態にならないと分からない。

 何にせよ、感情的にも理論的にも「戦争なんかされると困る」で一致する分には何も問題無いのでは。重要なのはどこからどこまで感情と倫理を優先するかの境界線を引くこと。そのどちらが極端でも適切ではない。

 特にいわゆるリベラルは「人命が何より大事なのに~」などというお気持ち論が大好きだが、彼らがまた大好きな法による秩序はその「お気持ち」を押し殺し、理詰めで数多の人間を治める機構である。1人1人のお気持ちを無限大に優先していては埒があかず、そこで生じる「どちらを優先するべきか」の問題は論理的な思考で解決される。

 感情も重要ではあるがそれだけでは世の中回らない。リベラル=エリート層ならばなぜこんな簡単なことすら分からないのか理解に苦しむ。私から言わせてもらえば彼らの度が過ぎた、感情論に任せた理想論こそ非人間的である。

その他の論調

「積立NISAで米国株をやってる人間は間接的にアメリカを支援しているから戦争を支援しているに等しい」

 などというトンデモ論を見かけたが言いがかりも甚だしい。アメリカ株を買う際に「戦争に賛成します」という書面にサインさせられる訳でもなし、戦争の責任はアメリカとイスラエル政府にある。兵器関連の銘柄を買っているならそう言われても仕方ないかも知れないが、オルカンだS&P500だに突っ込んでるだけでこの言いようは難癖以外の何者でもない。

 そんな理屈をこね始めれば日本政府が税金でアメリカ製兵器を購入している以上、日本国内の納税者全員がアメリカの兵器産業に寄与しているとも言える。

 そこまで潔癖なことを言うならまず「自分は暴力とはまったく無関係なキレイな人間です」などという下らない認識を捨てろ。クソみたいな認識に基づいた”左側の冷笑”とでも言うべき他者への批判もやめろ。まず自分が本当に他者をそこまで非難する資格があるのか考えろ。そのお高い理想の中では真に「暴力とまったく無関係な人間」などいない。傍観や無関心ですら間接的な加害である。

 実際は積立NISAをやっている個人1人1人が今回の戦争に同意している訳でもないし、日本で納税している人間全員が日本政府の金の使い方を是認している訳でも納得している訳でもない。個人で出来ることには限りがあるし当然ながら責任の重さも違う。責任の所在を間違えるな。

余談:抑止力を巡る論調

 Xでリベラルの間では以下のような論調があるがこれにも同意しかねる。

 イランが攻撃されたのは核の兵器化が間に合わなかったからであって、それを「核兵器は抑止力にならない」と結論づけるのはあまりに短絡的過ぎる。「ウクライナもイランも核兵器を持っていなかったから攻撃された」という見方も事実。

 なので「核兵器は抑止力になるかならないか」という単純な二者択一ではなく、現実は

  • 核が兵器化できるまでの間はその脅威を理由に攻撃されるリスクが上がる
  • 核が兵器化できた後は核の抑止力が働く

と考えるべきである。リベラルとしては「核兵器は恐ろしい物であり役に立つという論理は何が何でも否定したい」という気持ちがあるのだろうが、それが先行し過ぎている。

 日本については既に中国が核兵器を保有しており、核の兵器化を目指せば今回のような先制攻撃を浴びる可能性が高い。ゆえにアメリカの核の傘から出られないし出るべきではない。もしアメリカの核の傘から出ると言うのであれば、当面はアメリカの抑止力に頼りつつその下で核武装を進めるしかない。非核三原則がある以上、また国民感情としても非現実的だが。

 それにしても物の見事にアメリカに尻尾を振り、正義もへったくれもない今回のイラン攻撃を「支持する」と表明するしか出来ない現政権には辟易する。過去の政権と比較しても群を抜いて法的秩序の維持に対する信念が無い。少なくともアメリカとイスラエルが学校を攻撃して100人以上を殺害したことは明確な戦争犯罪であり、もっと非難されてしかるべきだ。

www.cnn.co.jp

 ハメネイ政権が悪であることと、他国が武力によって(それも国際法違反の先制攻撃で)それを転覆させて良いかどうかは別問題である。それが今の自民党政権には分からないのか、はたまたトランプ総書記の機嫌を損ねるようなことはしたく無いのか。

 

*1:事前に攻撃を知っていてインサイダー的に儲けようとしているであろうトランプの親族や側近は知らん

奨学金の公平性とモラルハザード

 高市総理は奨学金制度をめぐる答弁について以下のように回答し、国会ではヤジが飛んだ。これについてどちらが正しいのか考えておこう。下図、記事より一部抜粋。

https://news.yahoo.co.jp/articles/ed6e54b3346ab9855baa1ab7f7d1b0295b80cdbc

news.yahoo.co.jp

公平性とは何か

 「公平性」と一口に言っても実はここには「垂直的公平」と「水平的公平」の二種類の考え方がある。どちらの公平性を優先するかがここで起きる意見の対立の本質。

 高市総理の答弁における公平性とは「水平的公平」が優先されている。これは「経済力や状況が同等の人には同じ税負担を求める」という考え方で、たとえば

  • 奨学金を借りたことがあり現在の年収が400万円の人
  • 奨学金を借りたことがなく現在の年収が400万円の人

これ以外の条件が同等の人で税負担が違ってはならない、という考え方である。確かにこの考え方であれば、奨学金減税を受けられる場合は奨学金を借りた方が得をする、相対的に奨学金を借りなかった方が損をする。

 また、そもそも大学まで進学する/しないでも奨学金制度及びその減税制度による恩恵の有無は異なってくる。高卒で就職する層から見れば「大卒は奨学金を借りた上で減税まで受けられる」と不公平に映るかも知れない。

 一方で「垂直的公平」の観点から考えれば高市総理の答弁は再考の余地がある。奨学金は「借りる」ものであって大学を卒業し、就職してから返済していかなければならない(返済不要の制度もあるがその場合は親の所得による制限がある)。たとえば

  • 奨学金を借りて大学を卒業し、年収400万円で年40万円返済
  • 奨学金を借りずに大学を卒業し、年収400万円

の両者では年間の可処分所得が違う。そもそも奨学金を借りなくとも大学まで進学できる層はそれだけ親の経済力が大きい訳で、今現在の状況だけ同じでも両者の出発点は違うのである。人生の出発点が違う。

 奨学金制度の意義は親の経済格差による学びの機会の不平等を是正することにある。制度そのものが垂直的公平に基づいたものであり、水平的公平の考え方だけで論じられるものではない。

 特に現役世代への税・社会保険料の負担は重く、奨学金の返済が無くとも経済的な理由で結婚しない、子どもを作らない人は多い。その中で現役世代への負担を少しでも減らすという点では奨学金制度の見直しを検討しても良いのではないか。

 また、現在の奨学金制度は親の所得制限も審査もある。既存の奨学金制度の制度設計によって既に一定の水平的公平は確保されているのではないか。立民議員の提案は提案で悪用される可能性が高い(=水平的公平を毀損する可能性が高い)ので高市総理がそれに対して水平的公平の観点から反論するのは一定の正当性があるものの、そこは制度設計によって確保できるよう動くべきであって、その議論を行わないのは逃げと言わざるを得ない。

nedan.ja-kyosai.or.jp

 大学に進学する/しないで受けられる恩恵が変わるという話は個人それぞれの判断による所が大きいので一概に論じることは難しいが、教育環境の整備は政府にとって将来の人的資源確保のための投資であり公共性が高く、これからも日本人の高度人材を育成する気があるのであればやっておくべきではないか。

 「そんなつもりも無いし教育機関に金を入れる気は無い。人材流出してるけどそんなもん知らん。足りんかったら外国から入れればええねん」と言われればそれまでだが。そういう政府ならこっちも後は知らん。

「モラルハザード、起こるわけ無い」は本当か

 これについては異論があって、何事も「起こる訳ないでしょ!」という考え方で見ることは良くない。

 自民党(+公明党)のおかげですっかり日本人に貧困が広がり「さもしい」*1人間が増えてしまった今、政治家がやっていることと同じように、国民の間でもライフハックなどと言って「小賢しくルールの隙間を上手く突いて少しでも得をするのが偉い」という風潮が蔓延している。

 モラルハザードなどとっくの昔に社会全体に蔓延しているのだ。だから高市総理を擁護する声にも「でも違法じゃないから」というものが多いし、その他あらゆることに関しても「違法ではない」で追及が諦められる。自分たちも「違法じゃないなら何をやっても良い」と思っているから。たとえそれがモラル、道徳心その他の感情に反することでも。

 こういう価値観の人間は為政者に都合の良いように作られた法律に反する/反しないかという判断基準しか持ち合わせないので、物事の理非を根底的な部分で判断できない。果たしてそれは本当に公平と言えるのか、社会全体から見て正しいと言えるのか。そうした疑問を抱くことがなく、ただ決められたルールの中でどうやって少しでも得が出来るかのゲームをしている。自分が得することしか考えていない。転売ヤーの思考回路はまさにその典型。

 この点、制度設計に限らずかつてのような性善説的な慣習や価値観は通用しない。むしろ性悪説に基づいて設計すべきとすら思う。行政と立法府が法の抜け穴を放置し、悪人だけがそれを突いて得をする現状は公平性を欠く。

 穴を突くどころか自分たちで穴を作ってはそれを放置し、利用し、ことごとく自分たちに都合の良いことばかりしている政治家(特に自民党)はモラルハザードの筆頭である。

 なお、「必要のない奨学金を借りるモラルハザード」というのが何を指すのか釈然としないが、奨学金を借りて投資に回すことを言っているのであればそれは合法。「不正受給」でも「違法」でも無いので「モラルハザード」という言葉をつかって非難するしか無いのだろう。どこかの誰かさんのカタログギフトと一緒。

note.com

 奨学金を投資に回すことが正しいとも健全とも言うまいが。何なら今からでも奨学金を投資に使用すること自体を規制してはどうか。奨学金減税を行う場合はそれくらいの引き換えは必要だろう。これを言い出せば高校無償化だって公平性に欠けると思うが。親は無償化によって浮いた資金を投資に回せるので。

 そもそもカタログギフトの一件のようなモラルハザードを自ら行っておいて何がモラルハザードの懸念だ。だったら奨学金借りてどう運用しようが合法なんだから良いだろ。返せさえすりゃ良いんだよ返せさえすりゃ。ルールを決める側の人間がそれを良いことに「でも合法だから」で好き勝手してふんぞり返っておいて何がモラルハザードじゃ。鏡見て言えよ。身の回りに鏡が無いならカタログギフト贈ってやるからそれで頼めや。

 国民に対してそこまで言うなら日本維新の会の国保逃れや裏金問題だってもっと厳しく追及されて良いはずだ。それとも、自分たちだけは特別なのか。まあ特別なんだろうな。公平性だモラルハザードだと言うなら他にも言いたいこと一杯あるわ。政治家だけ相続税回避できる制度とかね。

前払式証票

 カタログギフトの話をいつまでも引っ張るのも何だが、「総務省見解ではカタログギフトは金券と同じ」という話がXで流れている。当該PDFの一部を以下に示す。参照元は総務省の第10回サービス統計研究会 参考資料その2。一番下「プリペイドカードの取り扱い」。よくこんなもん見つけてくるな。

https://www.stat.go.jp/info/kenkyu/servstat/pdf/sa10-2.pdf

 ここでは「前払式証票」としてカタログギフトも商品券と同じ扱いとされている。一般社団法人日本資金決済業協会の資料でも同様。そりゃあそうだなというか、普通に考えて商品券と本質は変わらん。

 ただし、選挙関連の法律で合法とされるならカタログギフトの違法性を問うことも難しいのではないか。罰則を与える規定も無い。が、ポケットマネーで商品券を与えた石破氏をあれだけ叩いた連中が高市総理のカタログギフトを擁護するのはやはりおかしいだろう。額も圧倒的に高市総理の方が大きく、出どころも政党支部の金と褒められたものではない。

 「胡蝶蘭だって業者に売れば現金化できる」などと神戸市議が詭弁を垂れているが、それを踏まえても花はどこまでいっても花。調べて見ると買取価格はそこまで高くなく、高額買取を謳っているサイトでも「1鉢最大5,000円」と元値に対してその価値は大きく落ちる。「売れば現金化できるから金券と一緒」などと言うなら「もう何も贈るな」としか言えなくなる訳だが、それでもよろしいか?

 それにしても貼っておいて何だが上のNote有料なのいやらしいな。株よりああいうので儲けた方が確実なんだろうな。去年WesternDigitalとキオクシアの株買っときゃよかった・・・株価検索するなよ?絶対だぞ?

 ここだけの話、今、日本株ならアスクル買い時かも知れませんで。ランサムウェアで大きく値下がりして底値?かも?まだ下がる可能性はあるので投資は自己責任で。私は底値?より手前で買って絶賛含み損タイムDEATH★

余談:投資について

 今や猫も杓子も投資投資うるさいが投資はハイリスク・ハイリターン。まとまった金を突っ込めるヤツが強い。つまり「投資で所得倍増」は金持ち優遇にほかならない。公平性もへったくれもない。貧乏人がなけなしの1,000円2,000円をNISAの枠内で積み立ててる間に金持ちは1,000万2,000万儲ける。

 やってる側として言うのも何だが若者が株式投資だ何だと言うような社会は不健全だと思う。そんなマネーゲームをしなくとも相応に稼げて結婚も子育ても出来る社会が良いのではないか。我々はそういう社会を希求するべきであって、決してマネーゲームでワンチャン狙う社会を是とするべきでは無いのでは。

 そういう社会にしてしまった以上、大人として今の大学生を「道徳心が無い」と一方的に非難するのは間違っている気がする。子は親の映し鏡。今の子どもがろくでもないように見えたのなら、その原因は我々が形作って来た日本社会がろくでもないからだ。

 たとえ投資である程度まとまった金を作れてもそれは使うに使えない。なぜなら先行きが不安でしかないから。投資で多少成功しようがそれで若者の人生が豊かになる訳ではない。結局は最初から親が金持ってるヤツが強いしそれがさらに有利になるだけ。

 「ただ貯金するよりは増えやすい」は一理あるがそれまでの話。ちょっと遊んだらすぐ無くなるような金を毎月遊ぶことを我慢して積み立てるくらいなら、若いうちに遊んだ方が得なように思う。増やせたら増やせたで面白いし、株主優待で少し得をすることを目指すのも悪くは無いけどね。

 ちなみに、「財産を持ちながらさらに欲する人、醜い守銭奴」を仏教用語で有財餓鬼(うざいがき)と言う。TKNKHIZUとか経済界の連中にぴったりな称号だ。投資は良いがそういう人間にならないように気をつけましょう。

 誰か良い銘柄教えてください。←ChatGPTかGeminiにでも聞け

*1:「さもしい顔して貰えるものは貰おうとか弱者のフリをして少しでも得をしよう、そんな国民ばかりになったら日本国は滅びてしまいます」(高市早苗議員)

スパイ防止法と「国民会議」と旧統一教会

 高市政権になってから登場した「国民会議」なる言葉について旧統一教会、世界平和統一家庭連合との関連性が疑わしくなってきた。

 Xにて以下のような投稿があり、実際に検索して見ると相応の情報が出て来たので魚拓を貼っておく。スパイ防止法の必要性について一概に否定するつもりは無いが、旧統一教会のようなカルト団体がこうした法制の成立に少しでも関わることは大いに危惧すべき事態だろう。

自分で検索してみた結果

 まずドメイン登録情報検索サービスで実際に「spyboshi.jp」を検索してみた現在の結果が以下の通り。

https://whois.jprs.jp/

 ここにはスパイ防止法制定促進国民会議なる団体名が登場する。登録年月日は2017年と約9年前。かなり前からこうした動きが準備されて来たことが分かる。なお、当時の総理大臣は安倍晋三氏である(第3次安倍第2次改造内閣)。

 残念ながら大阪市北区のこのビルに入っている他の団体がないか調べたが見当たらなかった。機会があれば現地調査をしたいがそもそも入れるのだろうか。

 問題はここからで、同サイトのWebアーカイブ(過去の同サイトが古い状態でそのまま保存されているサイト)で検索して出てくる結果が以下。

https://web.archive.org/web/20220806063515/https://whois.jprs.jp/?key=spyboshi.jp

 さて、それはさておき「スパイ防止法制定促進国民会議」とやらで検索して出てくる総務相の収支報告書PDF、こちらはこちらで住所が東京都になっている。

https://www.soumu.go.jp/senkyo/seiji_s/seijishikin/contents/SA20240229/27.pdf

 この住所は国際勝共連合の住所と同じである。ビルの階数まで同じとは奇遇ですね!

GoogleMapより

Wikipediaより

 なお、故・安倍元総理がこの旧統一教会関連の団体の機関誌「世界思想」の表紙を飾っている。

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20250706002533.html

 「ひょっとしたらたまたま同じビルの同じ階ってだけで関連性は無いかも知れない」?検索して出て来る収支報告書を見るに古い方の住所もしっかり同じな訳だが。

https://www.senkyo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/senkyo/05teiki-ko_077

総務相PDFより一部抜粋

 以上のことから、少なくともこの「国民会議」については旧統一教会がバックにいると見て間違い無いと思われる。こども庁に無理やり「家庭」という言葉をねじ込んだりやる事がいちいちキッショいなあ。ここまで大っぴらにやっても問題無いどころか支持されるんだから、そりゃ日本はスパイ天国だわ。

 高市政権下で進められると言われているスパイ防止法について、国民はその内容を注視しなければならない。下手をすれば肝心のスパイは取り締まれず、日本国民が取り締まられることになるだろう。「巨悪あり。法、これを裁けず」という言葉の重みを日々感じる。元総理大臣が暗殺されてなおこの国は変われないのか。司法が旧統一教会に解散命令を出すのかも要注目だ。

ちなみに

 高市総理が消したコラムもWebアーカイブに残っている。消しても無駄。あれはあれで未だに消した理由が釈然としない。「整理するため」とか「更新できていなかったから」とか抜かしているがそれは古い記事をわざわざ全て削除する理由にはならない。

 私は現時点で高市総理の人柄を信用する気にはなれない。戦略だけで妙な時期に解散し、党首討論は肝心なところで逃げ、Xで長文の言い訳をして説明責任を果たした気になっている。国民に対して面従腹背で自分たち政治家がやりたい事ばかりに熱心なのはこれまでの自民党と何も変わらない。

 推し活とか寝言抜かしてないでもっと厳しい目で政治家を見ろ。本当に彼らは良い仕事をしているか?実際に日本をより良くしているか?日々の生活は良くなっている実感があるか?

国民会議の是非

 「国民会議」という語や制度が実際に旧統一教会と関係あるかはさておき、国会という議会があるにも関わらず基本的な政策の方針が一致した政党のみで別の場を設けて議論を進め、政策を実現していくというのは国会軽視も甚だしい。

 国会はその議席全てが民意を反映した結果。参政党やれいわのような政党もそれを支持する国民がいて国会に立っている訳で、それらの政党を最初から議論に参加させないというのはどう言い訳しても民意の軽視である。

 そうした姿勢に既に自民党、高市政権の奢りが見え始めている。これから先、日本の行く末を案じるしかない。ここまで自民党を勝たせてしまった国民はその代償を払う事になるだろう。

 そもそも「国民会議」と言うが一体どこの「国民」を指すのか。韓国カルトの息のかかった政治家だけが「国民」ならば、日本人の保守勢力は断固としてそれを認めるべきではない。少なくとも私は旧統一教会などという韓国カルトと少しでも関係を持った政治家を保守とは認めない。そんな連中を重用し、カルト臭い用語で民意の軽視を持ち出す人間も同様である。

本当に「治安は悪くなっていない」のか

 ただの書き散らし。個人の感想。「治安が悪くなった気がする」と言えば世の中、SNSではすぐに「でも検挙された犯罪の総数は減ってるから」と言うのが湧いて来るが、果たしてそれだけで治安は悪くなっていないと言えるのだろうか。

一部のデータだけでは語れない

 データは重要だが一面的なデータだけで物事を語ると本質を見誤る。「数字は嘘をつかないが嘘つきは数字を使う」。確かに検挙数だけ見れば下表の通り下がってはいるがほぼ横ばいとでも言うべきレベルであり、少年人口あたりの検挙数はむしろ上向きの傾向が見られる。

令和6年の犯罪情勢 警察庁長官官房

https://www.npa.go.jp/publications/statistics/kikakubunseki/r6_jyosei.pdf

 犯罪は件数だけでなく内容も重要である。極端な話、「1カ月に窃盗が100件起きるがそれ以外は何も無い町」と「1カ月に殺人が10件起きる町」、どちらが治安が悪いかと言われれば件数だけで前者といえるか。否。

「検挙数が下がっている」ことは検挙が難しい犯罪が増加しているという事でもあり、犯罪そのものが減っていると捉えるのは短絡的。特に近年はトクリュウ、匿名・流動型犯罪グループのよる犯罪が問題視されており全体像を掴むことが難しい、主犯や指示役が海外にいて摘発が難しいなどの理由が考えられる。犯罪が高度化している。

上記PDFより

 たとえば財産犯(窃盗、強盗、詐欺、横領など他者の財産権を侵害する犯罪)の被害額は過去の一番酷かった時期を上回っている。また、アスクルやアサヒビールなどへのサイバー攻撃のような海外からの犯罪は国内で検挙できない。

 同PDFの総括は「我が国の犯罪情勢は、厳しい状況にあると認められる」という言葉で締めくくられており決して楽観的な情勢ではない。具体的な内容はぜひ同PDFで参照されたいが、内容をざっくりまとめれば(いずれも令和6年について)

  • 刑法犯の認知件数は令和3年まで低下しその後増加傾向
  • 万引きの認知件数はほぼ横ばい
  • 自転車窃盗の件数は増加傾向
  • 金属窃盗の件数は大きく増加傾向
  • 性犯罪の認知件数は増加傾向
  • 重犯罪の認知件数は増加傾向(特に不同意性交とわいせつ)
  • 街頭犯罪・侵入犯罪の件数は令和3年まで低下しその後増加傾向
  • 少年における刑法犯検挙数の推移は令和3年に低下しその後、以前の水準に戻りつつある
  • 財産犯の被害額は過去最多
  • 詐欺の認知件数は大きく増加傾向
  • サイバー犯罪は横ばい
  • フィッシング詐欺の認知件数は大きく増加傾向
  • インターネットバンキングの不正送金は令和5年を境に大きく増加
  • クレジットカードの不正利用は増加傾向
  • DV、児童虐待の検挙数も増加傾向

などとなっている。体感治安の欄では日本の治安について「よいと思う」が全体の 56.4%を占める一方、ここ 10 年間での日本の治安に関し「悪くなったと思う」
との回答が全体の 76.6%となっており、体感治安は悪化している。

 単純な犯罪の件数だけでなく闇バイト強盗のような短絡的な犯罪の増加、外国人による組織的な金属の窃盗、不法在留や不法在留外国人問題の放置、インバウンド観光客による観光公害、トー横やグリ下のようなスラムもどきの出現とそこで行われるオーバードーズや売買春、沖縄でのいわゆるゾンビたばこのような薬物の蔓延、検察による冤罪事件性加害問題、警察による不正な取り締まり公益通報のもみ消し、いつまでもグズグズと旧統一教会に解散命令を出せない司法、これだけ考えても治安が良くなっている/維持出来ているという心象は無い。

 これに加えて転売行為やパパ活という名の売春行為が一般化し、LUUPのような危険な乗り物が元警察官を幹部に招き入れることで幅を利かせ、外国人は日本語が不自由でも自動車免許を取れて事故を起こしても不起訴になる。

 ゆとり・Z世代は重い負担で経済的に圧迫されて格差も少子化はますます酷く、増えるのは税金と社会保険料ばかり。就職氷河期世代は見捨てられた上でさらに搾取され、正義や道徳といった概念がどんどん薄れていっている。最近では既婚者専用マッチングアプリなるものが話題になったがあれは不貞行為以外の何ものでも無いのでは。

 大衆全体に経済的な余裕がなく、ゆえに精神的な余裕も無く、誰もが利己的で個人主義的で、日本政府の国家としての不手際を自己責任論で正当化して溜飲を下げ、他者を利する余裕が無い。治安を維持する力が弱まっている。若い世代が特殊詐欺や強盗を働いてでも金が欲しいというような状態。「美しい国」とはよく言ったものだ。美しいのは自然や過去の遺産だけか。

 検察や警察、司法の腐敗と時代錯誤な判例主義について行政の治安維持能力に不信感を抱いている国民もそれなりにいるのではないか。ここもまた信用の問題だ。先の記事で述べた知識層、エリート層への信用が毀損されているのと同様、司法・治安行政に対する信用も毀損されつつある。

 これが行き着く先は自警団の結成で、その上で震災や戦争などが起これば過去の悲劇が繰り返されることは想像に難くない。治安が悪化していると言うよりは、徐々にそれを維持する構造が崩壊しつつあると捉える方が正しいかも知れない。

炎上や厳罰化について思うこと

 何かにつけて炎上や厳罰化を求める声が高まる昨今だが、改めて一歩引いて見ると何と言うべきか、中世の庶民の感覚に逆戻りしているような気がする。「どうせ政治は変えられないし政治家を批判しても無駄だから」、日々の抑圧の鬱憤をたまに表れる罪人にぶつける事で憂さ晴らしするのだ。罪人に対して投げるものが石からSNSでの罵詈雑言に変わったまでの話で本質的なものは変わっていない。

 本当はストレス発散の方法なんて他にもあるし、石を投げるべきはここまで我々国民を追い詰めている政治家たちに対してだと思うのだが、人間弱いもので手軽な方法を選びがちだし、ついつい投げやすい相手に石を投げてしまうのだろう。その感覚は私も分かる。炎上についてたまに薪をくべに行くので。

 刑の厳罰化については完全な部外者であることが多いが、一方でいつ当事者になるか分からない(もしそうなった時にこの程度の刑罰では到底納得できない)という意識はある。

余談:高市総理のカタログギフトについて

 高市総理は当選した議員に対して数万円のカタログギフトを送ったとする週刊誌報道に関して、Xで以下のように説明した。

 「法的にはクリア」、「商品券と違ってカタログギフトは物品扱い」らしいが本質的に何ら違いは無いのでは?と思う。石破前総理がポケットマネーで商品券を配って叩かれていた一方で、それを叩いていた人間が今度は手のひらを返してこれを擁護している姿は違和感しかない。 結局、何が問題かではなく「誰がやっているか」程度でしか物事の是非を判断できないのだろう。考え方に芯が無い。

 「社会通念上の金額を出ていない」との擁護もあるがそもそもカタログギフトを送る必要性は?「コチョウランと何が違うの」などという意見もあるが、物品を選べるギフトとどこまで言っても花でしかないコチョウランは違うだろう。頭おかしいのか。だったらコチョウラン贈れよ。それだったら誰も何も言わん。

 カネの出どころについて「今回の支出には政党交付金は一切使用していません」との記載があるが、「全て私のポケットマネーです」とは書いていない。政治家さんは便利な財布がいくつもあるので、政党支部から出せば堂々と「政党交付金一切使用していません」と言うことが出来る。

 また、報道に不信感があるのは理解するがXでお気持ち表明してはい終わりでは誠意が無いのでは。Xをやっていない層にはどれだけ届いているか。石破前総理は会見を開いて公の場で説明と謝罪をした。高市総理はどうするのか。また逃げるのか。

-----↓ここからいきなり関西弁↓-----

 それにしても、サナエちゃんは賢いね。カタログギフトを贈れば党内に良い顔出来るし、野党に責めやすいポイントを作って責めさせて「合法なのに下らない事の追及のために貴重な国会の時間を無駄にする野党」っちゅう印象作りも出来る。「建設的な議論ができない野党を締め出す」と言えば異論排除の国民会議も簡単に正当化できるんや。案の定、立民あたりはそれに乗って来そうやし信者も両手を挙げて擁護してくれる。その賢さをもうちょっと政策立案・実現に回してくれるとええんやけどなあ?現役世代にはホンマに「ささやかな」負担軽減しかしてくれはらへんから。




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