こんにちは、前会長のよしはるです。
漫トロでは例年12/1~12/25の間、アドベントカレンダー企画を行っています。毎年異なるテーマを決めて、会員が1日ずつ漫画に絡めた記事を書くというものです。今年のテーマは「復活」ですね。年末年始っぽいテーマがいいよねってことで、クリスマス→イエス・キリスト→復活という簡単な連想ゲームで僕が提案したんですが、よく考えたら復活祭(イースター)って春だからあんま年末関係ないかも。すんません。
しかしまあ振り返ってみると、2025年もあっという間でございました。僕個人としては大学生らしい経験を様々させてもらうことができた1年だったと思います。特に精神的に成長できるような出来事がいくつかあり、本当にありがたい限りです。
世間でもいろいろな出来事が目まぐるしく起こった1年でしたね(毎年そうか)。最近僕の印象に残ったニュースといえば、ラッパー晋平太の訃報でしょうか。僕も中高生の時には割とMCバトルを追っていて、晋平太のことも好きだったのでショックでした。彼と親交のあったNAIKA MCは、SHAMOとのバトルで晋平太のビートが流れた際、「ビートが流れてそいつの顔が浮かんだら生きてるってことだろ」というパンチラインを残していましたね。僕はこの理論はどんな創作者にも当てはまるものだと思います。アーティストは他の人間によって自分の作品が想われることで、何度でも「復活」できると言えるのかもしれません。
さて、前置きはこのくらいにして本題に入りましょう。今年の僕にとって「岡崎京子」という漫画家との出会いは、かなり意義深いものでした。彼女は平成初期に活躍し、後世にも大きな影響を与えた偉大なアーティストですが、1996年に交通事故で重傷を負い、作家生命を事実上絶たれてしまいました。しかしながら、読者である僕たちが彼女の作品を読んで様々な感慨を抱くことで、作家としての岡崎京子は何度でも「復活」できるはずです。
岡崎京子との出会い
僕が彼女の存在を知ったのは去年の年末。春会誌のクロスで岡崎京子班に入ったときです。いかにもサブカル大好きみたいなランキングを作ってる僕が、界隈であまりにも著名な彼女を知らなかったことは非常に恥ずかしい。そのあたりの素養をまったく持ち合わせていないのは、これまでの人生で「文化」に触れるのを怠けてきたツケでしょうかね。
さて、岡崎京子の名前すら知らなかった僕は、Yahoo!で彼女の名前を検索してみたわけですが、非常に心惹かれる記事を見つけました。
natalie.muどうやら彼女は90年代に活躍した所謂「渋谷系」アーティストたちと深く交流があったらしいですね。というか彼女自身が渋谷系としてカテゴライズされている場合もあるようです(個人的に人間を曖昧にカテゴライズする文化はあまり好ましくないのですが、ここでは目を瞑りましょう)。渋谷系で代表的なアーティストを問われたら様々な名前が挙がると思いますが、僕は父親の影響もあって、FLIPPER’S GUITAR、Original Love*1、ピチカート・ファイヴ、カジヒデキあたりをずっと聞いてきていました。特に小沢健二*2のアルバムを擦り切れるほど(Apple Musicだから擦り切れないけど)聴いている僕にとって、彼と岡崎の関係性は衝撃的なものでした。僕が何も知らずに聞いていた「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」は映画版『リバーズ・エッジ』の主題歌だったのです。曲の中で小沢と女性*3の掛け合いが繰り返されるのですが、まさかその女性が岡崎であり、この曲自体が二人の盟友としての絆を歌ったものだったとは*4。とにかく調べれば調べるほど、僕は彼女の作品を読みたいと思うようになります。
岡崎作品に触れる
クロスの岡崎京子班で読んだ作品は、代表作の『pink』、映画化した『リバーズ・エッジ』、『ヘルタースケルター』、そして『ハッピィ・ハウス』でした。また、個人的に『東京ガールズブラボー』も買って読みました。
まず前提として、渋谷系に通底する意識に、最近ネットで流行りの「冷笑」が存在すると思います。「引用と編集」を駆使してパッチワーク的アートを創ることを主眼にしている文化なんて、冷笑そのものでしょう。ただ、彼らは決して逆張りをしているわけではありません。音楽チャートをミセスが席巻するような今日でこそ、冷笑は逆張り文化として忌避されていますが、渋谷系が流行った平成初期においては冷笑こそが若者世界での順張りだったのです。バブル期の浮遊感、その後の大不況、そして終末思想の蔓延を肌で感じていた当時の若者にとって、世の中が冷笑・風刺の対象であったという論説は特段驚くべきものでもないでしょう。だから、当時の日本におけるMrs. GREEN APPLEはFLIPPER’S GUITARだったと言えるかもしれません。
冗談はさておき、彼らが世間に逆行する意識を持って冷笑文化を創っていたわけではない*5、というのは重要な視点です(まあ現代において渋谷系を嗜好している僕のような人間は逆張りと言われても致し方ないと思いますが)。
ここからはいくつか岡崎作品に言及していきますが、はっきり言って僕は彼女の意図をほとんど読めていません。難しすぎるんじゃ。なので軽く作品の説明をした上で、個人的に気に入った部分と、自分が勝手に考えたことを書くだけにします。読解とかしません(保険1)。あと、めちゃくちゃ的外れかつ失礼なことを書いてると思いますが、「温室育ちの若造がなに偉そうなこと言ってんねん」くらいのツッコミをいれていただけますと幸いです(保険2)。
『pink』
ebookjapan.yahoo.co.jp先づ『pink』より始めよ。岡崎京子の代表作であり、彼女の作品の中ではかなり分かりやすく面白いストーリーになっていると思います。「”愛”と”資本主義”をめぐる冒険と日常のお話」とかいうふざけたキャッチコピーも面白い。個人的に感心したのは、主人公の彼氏が既存の本を切り貼りして自らの文学を創っているシーンです。これはまさに渋谷系創作の象徴的な表現であり、岡崎が自身の創作スタイルを自覚していたことの裏付けになっているでしょう。

本作のテーマにはおそらく、「依存」があるのかなと思ってます。主人公のユミは周囲の様々な人・モノに依存している。最初はペットのワニのために生きていましたが、ワニが殺されてからはその皮で作られたバッグや彼氏のハルヲに依存するようになる。ワニが殺されたときも、最初は本当に悲しむのですが、少し時間が経つとケロッと立ち直っている。彼女は自分が依存するものさえあれば、それが何であれ構わないのでしょう。究極的に自己中心的だと言えます。
そういえば最近、依存と人間の関係性について考える機会があったのですが、人間は「分散依存」を行うべきだという結論に至りました。人間の依存先は、家族、恋人、友人、ペット、その他の事物、etc. と様々あると思いますが、いずれにしても何か1つのモノに依存の大きな割合を置くのは非常に危険で、ユミみたいになっちゃいます。投資と一緒なんですよね。1銘柄にだけ投資をすると、それが暴落したときに大きな損失を被ることになる。分散投資が安全です。ちなみに僕は1年くらい前からNISAで積立投資をしています。今の時代、投資をしないのは本当に愚かなので、みなさんもよく調べてから始めてください。精神的にも経済的にも賢く生きよう、というお話。
『リバーズ・エッジ』
ebookjapan.yahoo.co.jp先にも書きましたが、小沢健二が主題歌を担当して映画化された作品。公開は2018年とのことで、リアルタイムで映画館に観に行ったという友人もいました(中2で岡崎京子とか摂取するなよとは思うけど)。キャッチコピー曰く、テーマは「死と暴力と愛」らしい。なんか嫌な感じ。

本作からはどうも「アート」の香りがするんですよね。ここでいう「アート」は独創的な芸術という意味です。何度も言いますが、あくまで渋谷系の魅力は「引用と編集」であり、彼らが自分の「アート」を創ってしまうのはどうかと思うんですよね。小沢健二の「Eclectic」にも同様の雰囲気がある。もちろん、本来創造力豊かな彼らが生み出す「アート」はそれなりにレベルの高いものだとは思いますが、別に彼らでなくてもそれを創れる人たちは他にいる。「アート」に憧れて脱線するのは構わないし仕方ないですが、それが世間で代表作として評価されるのはどうかと思う。
まあ「アート」として読んだときに、「行為の善悪」みたいな部分を論じたいのかなーとは思いました。殺人やセックス、未成年喫煙などのインモラルな行為を扱って、そこには本当に悪があるのか。逆に世間のモラルに従うことは善なのか、みたいな。これを踏まえて考えてみたのですが、個人的に人間の全ての行為は利己だと思います。ただ利己の中には、「利他的利己」と「利己的利己」の2種類*6があります。たとえば募金をすることは前者ですね。他人に利したいという自分の願望をかなえるための行為です。一方、日常のほとんどの行為は後者ですね。自分に利するために行動する。どちらも根底には利己がありますが、一般的に前者は善とされることが多く、殺人が平時と戦時で異なる評価をされるのもそれが理由です。戦時の殺人は前者で、平時の殺人は後者に当たる(ことが多い)わけです。利他や利己の基準は時代や文化によって変化するため、行為に普遍的な善悪を求めること自体が誤りなのかなと思います。
『へルタースケルター』
ebookjapan.yahoo.co.jpこれあり得ないくらい難しくて、はっきり言って何も分かりませんでした。岡崎作品をたくさん読んだわけではないけど、本作はトップレベルで難しいと思います。特に後半で主人公のりりこと麻田が感応している部分は意味が分からず、自分の力不足を切に感じました。僕自身はもう少し読書経験を積んでから読み返してみようと思いますが、みなさんも良ければ挑戦してみてください。

岡崎と渋谷系のこれから
今回は簡単ながら、今年の僕にとって大きな興味の対象となった岡崎京子について書きました。彼女の作品は決して過去のものではなく、今日の日本でも楽しむことのできる、また当時とは異なる評価を与えることができるものだと思います。現在の日本は経済成長という観点で言えば90年代より落ち込んでおり、ノストラダムスの大予言こそないものの、何となく社会や未来に対する悲壮感のようなものが漂う状況となっています。こうした中、インターネットでは冷笑という言葉が散見されるようになり、それに基づく文化も醸成されつつあります。もしかすると将来的には、ミセスが音楽チャートの上位を占める時代が終わり、ポスト渋谷系のような文化の流れが誕生するかもしれません。僕はそうなることがないよう強く祈りながら、これからも小沢健二を聴いて岡崎京子を読んでいこうと思います。

おまけ
僕が今年聞いたアルバムベスト5をここに置いておこうと思います。
310PHz/月ノ美兎
music.apple.comにじさんじの大御所ライバーである月ノ美兎の新譜です。ただ、むしろVTuberであることが、アーティストとしての彼女の評価において枷となっているような気さえします。「音を楽しむ」ことを訴求した本来の音楽を提供している、今日では稀な優れたアルバムだと思います。JUST SIZE/モウソウキリン
music.apple.comモウソウキリンは今年知って一番ハマったアーティストですね。元カリスマブラザーズの「みのミュージック」というYouTuberが、音楽深化論という番組を今年から始めました。昔で言うところの「イカ天」みたいな感じのオーディション番組ですね。モウソウキリンはそこに出演していたインディーズバンドなのですが、70~80年代の歌謡曲の文化に影響を受けつつ、現代的な要素も採り入れた曲を高い技術で出力しており、ポテンシャルを感じましたね。何より聴いていてワクワクするのがうれしいです。SOMEDAY/佐野元春
music.apple.com言わずと知れた名盤ですね。音楽史におけるOasis→佐野元春→渋谷系の流れを遡っているだけのことです。そういえばOasisも復活しましたね。あんま聞いてないけど。金字塔/中村一義
music.apple.comこちらも言わずと知れた宅録の名盤です。中村一義は以前から聴いていたのですが、今年は彼に関して悔しい思いをしました。7月末のライブに申し込んでチケットまで取っていたのですが、大学のテスト勉強がやばすぎて泣く泣く諦めたんですよね。今年のハイライトに中村一義より単位を選んだ事実が入り込んでくるだろうな、という意味での選出です。オーイシSSA DAY1セットリスト/オーイシマサヨシ
music.apple.comこちらはアルバムではありませんが、今年を振り返る上で外せないプレイリストです。9月にオーイシマサヨシのさいたまスーパーアリーナライブに行ってきました。DAY1は加藤純一や鈴木愛理などもゲスト出演し、非常に楽しかったです。また、客層が本当に様々で面白かったですね。唯一の反省点はペンライトを持っていかなかったことなので、来年の武道館が当たったら必ずペンライトを持って参戦する所存です。
*1:今年の7月にライブに行ったが、還暦間近だと思えないほど活力にあふれていて感動してしまった。1階席のおじさんおばさんたちがノリノリで踊ってて面白かった。
*2:NF打ち上げで先輩方から小沢健二作品集「我ら、時」をいただきました。本当にうれしいです。ありがとうございます。
*4:小沢健二と岡崎京子の90年代から続く盟友としての絆を“アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)”から読み解く (2018/02/22) 邦楽ニュース|音楽情報サイトrockinon.com(ロッキング・オン ドットコム)
*5:大人たちへの逆行という意識はあったかもしれないが、今日の冷笑のように若者の間でさえマイノリティになる存在ではなかった、はず
*6:また、それぞれに「付随的利己」と「付随的利他」が存在する。前者は「情けは人のためならず」的なこと。後者はたとえば、「ある会社の社長が自分の財産を増やすために会社を成長させたら、社員の給料が上がった」みたいな感じ。
