夏休みの宿題は、学生の頃はいつも振り回されていた、はずだ。中学高校、大学生…の頃は無かったか。忘れた。宿題に限らず、夏休みについて覚えていることは、小学生の頃の体験ばかりだな。
登校班で固まって、学校の敷地にあるプールを目指して歩いて行った日々。オイラの地区は、男子がオイラしかいなかった。だもんでプールに行っても誰かと一緒に遊ぶわけでもなく、ただちゃぷちゃぷ浮いたり潜ったりを、ゼンマイのおもちゃのように繰り返していた。
帰る時間になって、また集団で列になり、来た道を戻る。プールで冷えた身体はすぐ乾き、大粒の汗がその皮膚に浮かびあがっていた。はずだ。田舎のくせに道は舗装されていて、でも田舎だから高い建物が無いもんだから日陰の下を歩くことが出来ず、アスファルトが延々と続く道を、無言で帰った。
夏休みは暇であった。一番近くの友達の家に行くためには、学校とは反対の方向に向い、山を越えないといけない。しかしオイラは体を動かすのも大自然も得意ではないので、山越えはすぐに諦め、家でゲームばかりしていた。ゲームが特別好きというわけではない、選択肢がゲームくらいしか無かったからさ。クリアしたソフトや詰んでしまって進めなかったソフトがスーファミを行ったり来たりするばかりで、なんの成果もなかった。
そんなに時間があるなら勉強すればいいのにね。しかししない。するわけがない。
3.14は円周率だ。教育課程の変更に伴い、3になったりしたこともあるらしいな。オイラはそのイージーモードを体験できなかった。
夏休みの宿題、算数ドリルの円の円周と円の面積を求めるために、3を2倍して3.14、4を2回かけて3.14。ひたすらにそればかり解いていたから、半径が2の円の面積は12.56であると暗記してしまった。なんの役にも立たない。役に立たないが、オイラの夏休みの宿題といえば、円の面積をひたすら求めていた記憶が真っ先に蘇る。
宿題は親に一切手伝ってもらえなかった、というかその手を諦めていた。勉強のことを母に聞くと、いつも「私は大学出てないから聞かないで」の一点張りだった。父に聞くと馬鹿にされるか殴られるか(たまに)なので、勉強のことでは家族の誰にも頼らなかった。質問すらしなかった。
だもんでオイラは、いかにラクをして宿題を終わらせられるかを一生懸命考えていた。とにかく終われば良いのだ。そうすれば面倒事は起こらない。
「床に寝転がって問題を解くとなぜかちょっと解きやすい」という謎ライフハックを見つけた。身体はひんやりするし座っているより楽だし。オイラは板の間に寝っ転がってドリルをドリドリしていた。しかし寝ていると床はどんどん温くなる。なんだか気持ち悪いので、そこから移動してはドリドリ、移動してはドリドリ。死にそうな虫のようだなと自分でも思っていた。うちには優秀な妹がいるんだが、彼女はテーブルなどに向かって勉強していた。だから優秀なんだと思う。
ドリルなんてものは、夏の課題の中でも最弱だ。解いたら答えが出るんだから。しかし工作や読書感想文は、別だ。
様々な悪知恵を脳にインプットしているはずの今のオイラでさえ、そういった類の、創作系の課題には頭を抱える。当時のオイラはさぞ大変だっただろうな。心中お察しするぞ。
でもなぁ、自由研究についてはほとんど記憶がないんだ。模造紙にでかく字を書かなくちゃいけなくて、お前は字が汚い妹を見習えと両親に言われた程度のことは覚えている。何を研究したっけな……ぜんぜんわからん。
読書感想文も、なにを読んだかさっぱりだ。あの頃はそんなに読書が好きじゃなかったしな。覚えているのは、原稿用紙のマス目を稼ぐチョコザイなテクニックばかりだ。例えば「良かったです」は「すごくよかったです!」と書くよりも「すっごくすっごく良いと思いました!!!!!」の方がマス目を稼げる。あとは伸ばし棒。「嬉しいと思った」も「うれしーー!!と思ったんです」だと少し稼げるだろ。しかし”少し”にしておかないといけない。「うれしーーーーーーーーーー!!!!!!」だとやりすぎだ。何をもってやりすぎなのか、その線引はどこから生まれたのかは分からない。ただ当時のオイラは「うれしーー!!」くらいにしておこうと思ったんだ、思ったということが今もずっと胸の中にある。まぁ今のオイラからしたら全部ダメだけどもさ。
あとは工作か。工作で唯一覚えているのは、マッチ棒で家を作ったことだな。オイラが小学生の頃、我が家は9人家族だった。その中の男性陣は皆タバコをモリモリ吸うので、マッチが大量にあったのだ。冬には薪ストーブに火を付けるのにも使うから買いだめしていた、という理由もある。あ、あとパチンコの景品でもあったんだ、これが一番の理由だろうな。
そのマッチをかき集めて、ボンドで繋ぎ合わせて壁や屋根を作り、小さな家を拵えたのだ。屋根には煙突もつけて、玄関のドアにはちょうどマッチ棒の赤いところを、チョコンと付けてドアノブにしたんだ。
ただ、その作業を行ったのもやはり家の床の上で。ボンドのせいで、床と小さな家がガッチリくっついてしまって、剥がす時にグシャグシャになってしまったんだよな。そこで「新聞紙を床にしけばいいんじゃないか!?」ってことを学んだ。床じゃなくテーブルでやろうという発想までには至らなかった。
グシャグシャになったものをくっつけ直して、べったりついた新聞紙をなるべくきれいに剥がして、オイラの小さな家は完成した。それを父に見せたんだが、案の定まったく褒められなかった。父は建築士で図面を書く仕事をしているので、そんな彼はオイラの家を許容出来なかったんだと思う。分かる。だってボンドで家の壁も屋根もテッカテカだったもんな。家の外側までワックスでピカピカしてる家みたいだったもん。
思い返すと、小学生の頃の夏休みって、別に楽しくもなんとも無かったな。母方の祖母の家に遊びに行くあの数日以外は、良いことはなかったなぁ。
オイラが小学生の頃の記憶ばかり覚えているのって、それが楽しくなかったからなんだろうなぁ。こうやってブログに書き起こして気付いた。
ただ小さいなりに、バカなりに、知恵を絞ってあの日々を乗り越えようとしていたのだなーと、今の自分はそう思う。暑い夏を、しんどい宿題を、どうにもならない日々を乗り越えてきたな!えらいぞ!間違えた、えらいぞーーーーーーー!!!!!!!!
今週のお題「夏休みの宿題」