今週後半はきれいな秋晴れの中を通勤できました。気持ちのいい季節です。でもこの風景にはちょっとトラウマがあるのを思い出しました。
◆当時の困難 まだ義両親の介護の渦中で、10年近く前かな? 2人がほとんど同時期に要介護状態になり、しばらくすると夫も原因不明の不具合で家から出られない日がふえました。義両親の介護のキーパーソンは、なし崩し的に夫から私に移ります。別世帯の義両親、同居の夫を含めひとりで3人のお世話などできるはずもなく、普通なら仕事をやめて介護に専念するのかも。でも退職したら我が家は完全に無収入なのでやめられず、緊急事態に備えて首に携帯をぶら下げて仕事していました。当時は急な休みや早退が数え切れず。

(ユーカリの花言葉は「記憶」「追憶」「新生」「再生」など)
◆秋晴れの空=世の終わり そんな季節の中で特に切羽詰まったころ見た風景のひとつが、きれいな秋晴れ。暑くも寒くもない澄んだ空気の中、私は世の終わりの気分で歩きました。もしかしたら、帰宅するころ夫は部屋で死体になっているかも知れない。そんな状況が続きました。体の不具合が続き彼はメンタルもやられていました。でも家で見張っているわけにはいかないから、私は出社する。私自身も、この澄んだ空が世界の見納めになるかも知れない、という感覚でした。当時の私は仕事中も注意散漫で、大きな失態が無かったのは守られたとしか思えない偶然です。対人仕事でなくて助かりました。
◆記憶の上書方法 過去にDVを経験したおかげで、トラウマ記憶の扱いには少しだけ慣れています。特定の季節や風景や物に対してトラウマを持つ人は、そんなに珍しくないかも知れません。その特定の状態や物に対する記憶を上書きすれば楽になることを、私は体感しています。(状況の再現が難しいトラウマもあるでしょうけれど)。↓記憶の上書き経験はこちら
◆現在への感謝に変える 辛い記憶を上書きするには、同じ季節の朝の通勤路を楽しく歩く経験をすればいいとわかっています。でも、別にいいかな。支障が出るほどの症状は無くて、鬱っぽい気分になるだけだから。いっそこの重い気分は、現在への感謝に変えられるはず。義両親のことは施設や病院で何とか見送ることが出来たし、夫も不具合はあるものの当時ほどは壊れていません。あのころは生きるだけで手いっぱいだったけれど、今はやりたいことも少しずつやれています。
今度、朝の通勤時は楽しい妄想をしてみようかな。休日に晴れたら「こぶたカフェに行ってみよう」とか。制作中の自作動画をアップして、大勢の人に喜んでもらえる妄想とか。
あれ?その妄想は年中やっている気もする・・・