変化に時間のかかる問題。でもこういう話題が世に出るだけでも、確実な進歩かも。
「タダでは逃がさない」女性警官直伝の痴漢撃退法にネット騒然 正当防衛? 傷害罪? 弁護士の見解は
「痴漢された時に婦人警官から『私もされて辛かった。だから鍵を持ってる。されたら引っ掻く。DNA採取と傷つけとく為。タダでは逃がさない・・・これおすすめ』
◆理解のされにくさ 電車通学を始めた中学以降、痴漢は私のQOL(生活の質)を大いに下げたし性格にも影響を与えました。でも違う環境や立場で生きている人には理解されにくく、下手をするとモテ自慢と誤解される可能性すらあります。あれはモテるのとはまったく違います。上記ニュースを読んで「そんなに深刻なの?」と驚いた方もいらっしゃるのでは?

(タンジーの花言葉は「あなたとの戦いを宣言する」「抵抗」「敵意」「挑戦」など)
◆反撃の手段がほしかった 私が10代のころこういう話題があったらな。それでカギを手に持ったかは不明だし、相手の手を傷つける度胸があったかどうかもわかりませんが。でも武器を持つだけで心強かったはず。仮に傷ができるほど力を入れられなくても、無言で相手に反撃できる。反撃の意思を伝えることができる。
それに自分ひとりの問題ではなく世の中の問題になることで、肩の荷を少しだけおろせる気がします。周囲のおとなに相談できたかも知れません。
◆共通点と解決の入り口 「痴漢」と「DV」の共通点が見つかりました。自分がこんな目に遭っていることを世界中の誰も知らない、という孤独感。隠されている悪事だから、味方もいないことへの憤り・・・といった辺りでしょうか。恐らく他の犯罪被害にも共通していそうです。ニュースで問題が知られることは、解決の入り口くらいにはなると思います。
◆逆にふえる問題 記事にある通り、過剰防衛は今後の問題になりそうです。カギで引っ搔いたような傷は消えにくいでしょう。犯人なら顔に傷を残してやりたいくらいですが、満員電車では相手を間違える可能性が確かにあります。それに冤罪にも私はすごく腹が立ちます。被害側のふりして人を陥れるなんて、加害側と同じかそれ以上に許しがたい! 冤罪は誰も他人ごとではないから、問題全体への関心が高まるといいな。
◆自衛の意味 記事と同じページのリンク先に「女性に自衛を求めるな」という記事がありました。それもよくわかります。でも、泥棒除けに防犯カメラをすすめられたら「自衛を求めるな」と言うかな? 歩行中の交差点で車に注意するよう言われたら「運転者に言え」と反論するかな? 被害に遭いたくないなら自衛しようよと私は思います。社会に文句を言うならその後。
泥棒や事故などと違い、痴漢は長年放置されていました。今さら外部に自衛を求められたくはありません。自衛は自分からするものですし、ずっとそうするしか無かったのですから。
◆経験の利用 ちょうど制作中の動画に、電車内の痴漢を登場させています。主人公の気付きに利用するためですが、このシーンで過去の経験が役立ちました。短い描写でも痴漢とその周囲にリアリティを出せた気がします。経験がなければ絶対ああいう形で書けませんでしたから、自分に小さくガッツポーズです。忘れたいような経験をちょっとでも生かせると、ザマーミロ(←何に対してかは不明)と思うし。経験を生かす度に少しずつ乗り越えている気がします。