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結局は何を書きたいのか

 過去の記録を読みながら介護の話を書くことに疲れちゃった。ちょっと書き方を変えたくて考える。

初めは義両親について印象に残っていることを、記憶だけで書いた。でも興味をもってくださる方があると知り、途中からは過去に書いたメモを見ている。時系列で起こった事を正確に書く方がわかりやすいと思ったから。

 でも私の5年くらい前の日記もどきのメモは、あらゆることを「とにかく忘れない内にメモ!」という感じ。まず解読に一苦労。字も汚いし、主語の省略で意味不明だったりする。

それに様々な出来事で混乱していたので、読むと当時の苦しさが蘇る

介護ネタを拾うために重い部分まで何度も読み返すのが、疲れる一番の原因。

項目だけ箇条書きにすれば楽かなと試したけど、それは書いていて面白くない。読み手は尚更つまらないはず。

 読み手目線で考えるなら。リアルな介護の苦労は、リアルタイムで書いている方のブログを読む方がわかる。

あるいはHow to物のように役に立ててもらいたいなら、もっと金額や制度の正確な情報を載せる方が良い。

私はどちらでもなく中途半端。だったら私が書く意義は何だろう

 調べてわかる情報なら、私より正確に教えてくれる場所がいくらでもある。

だから私は、自分にしか書けないことを書けばいい。それが誰かの役に立つかどうかは読み手が決めること。私が悩んでも無意味なので、わかりやすくする努力だけして、書きたいことを書く。

 やはり私が書きたいのは「心」「思い」「感情」だとわかった。

          

その時々には気付けなかった自分や周囲の人の思いを、振り返って発見するのが私の文章。考えて見れば、DVからの回復ネタだってそういうスタンスだ、と自覚した。

(DVネタも過去に書いたものを読んで参考にすることはある。でも幸か不幸かDVの渦中には何も記録していなかった。もしリアルタイムで書いた文章があっても、どろどろ過ぎて読む気にならないと思う(~_~;))

 

 介護の話を、オール時系列に書くのは諦めた。そもそも細かすぎて書ききれない。

人間の性で「こんなに苦労しました」と書きたい欲求も自覚はある。でも苦労を書くより、本当に書きたいことを書く方が疲れない。

私は介護の全貌よりも、その時に感じたことや振り返って気付いたことを書きたい。

もし「そこどうなったか知りたい!」というリクエストでもあればそれも書くけれど。

いずれにしろ重たい記録も一度は読み返すことにする。いろいろ思い出せるから。

 こうやって気付いて更新していけるのが、書くことの利点だなあ。悩んで書けなくなったら、悩んでいること自体を書けばいい。自分のブログなんだから。




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