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義実家と距離をとるチャレンジ

 義父の退院日のこと。手持ちのお金が10万円くらいしか無かったので、行く前に病院に電話で金額を確認。カテーテル手術と1週間の入院が6万円台で助かった。朝は自転車で義実家へ行き、お金の件などを報告。

疲れが取れない私はもうそれを隠すこともしない。力を入れない私の声は聞こえにくいらしく、何度も義母に聞き返された。申し訳なかったなあ。義母は前回から首にかけてもらうことにした携帯電話をちゃんと身につけていた。自分がしっかりせねばという思いを持っていたに違いない。

 

 10時前に病院につく。義父は入院中オムツをつけていたが、退院のため看護師さんが気をきかせてパンツを履かせてくれていた。本人はオムツを使っていたことさえ覚えていない。(あるいはわざと無かったふりをしたのかな?)

 薬の返却などで待たされている時、義父は夫の具合を聞いてきた。久しくまともに動けないので夫は両親と会っていない。義父は「なんとか治せないのかね?」と言う。自分のことは何の手術をしたかもわかっていないのに、息子の心配はするんだなあ。

 11時半ごろタクシーで義実家に到着。私はすぐ自宅に帰りたかったが、義母が気をつかって「お蕎麦をとる」と言う。義父の衣類や書類の片付けもしなくてはいけないので食べていくことにした。義母は気を使ってお茶をわかしたりしてくれたが、お蕎麦だけは義母の力では重すぎるので私が取りに出た。

 夫には到着のメールを出したが返事がないので、どんどん心配になる。急いで食べて帰る支度をする。今後の通院には私は同行出来ないことを説明し、通院予約の紙は該当日のカレンダーに貼った。毎週日曜日に義実家へ行って義父の足の洗浄をすることだけは続ける予定。

(後に通院の件はヘルパーさんが同行してくれていた。基本的にはヘルパーさんにお金を預かってもらえないので、病院への付き添いも断られる。でも私がやらなければやっぱり誰かが何とかしてくれる。自分が壊れる前に手を引くことは正しいと再確認

 

 帰宅すると夫は動けず横になっていた。義父が退院したことで「これで本当にもういいから手を引け」と何度も言われた。そうしなくてはと思った。私はギリギリの状態で自分のことに眼を向ける。ふと、血圧にきく漢方薬を試してみようと思った。若い頃は低血圧だったのに、私の血圧が急激に上がったのはストレスのせいなのだろうか。夫の体のことも薬剤師さんに相談してみよう考えたら、少し希望が湧いた。

            

 義実家と距離をとろうとしたころのメモは比較的多く残っていたので、いろいろ思い出せた。今読んでも気分が重くなるなあ。2018年の春ごろで、かなり夫の体調が悪くて常に不安だった。この年の11月に義母が亡くなっている。その時に夫が動けたのはほとんど奇跡でありがたかった。




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