一昨日の夜、高校時代の友人の夢を見て、そういえば元気かなと思い立って連絡を取ったら、久々にやり取りができてとても嬉しかった。
彼女はとても優しい人で、フルートが上手だった。
社会人になっても、子どもが2歳くらいまでは時々会っていたのだが、次男の出産のときに切迫早産からの産後うつを患った私は、周りが見えなくなってしまっていた。
本当は連絡を取って、ほんの少しでも笑って話せたら私自身ももっと救われたのだろうけれど…当時の私には「ない」しか見えなくて(できない、お金ない、わからない、上手くいかない、助けがない…)、そこに確かにいてくれた友人の存在が目に入っていなかった。
中学や高校時代のことを最近よく思い出すのは、楽器の練習を本格的に再開したからかもしれない。
夢の中で友人はフルートを吹いていて、私はマリンバを叩いていた。吹奏楽部だったから。
最近、時々地域の吹奏楽の練習に混ぜてもらっている。パーカッション、どの楽器を演奏しても、どの曲を弾いていても、とても楽しい。ブランクなど忘れて夢中になってしまう。
そんな風に当時の楽しかった時間をなぞるような気持ちでいたら、この数年間そこに「在った」のに「なかった」ものが見えてきた。
高校時代の楽しい思い出とか、大切に思っていたこととか、逆に誰かに優しくしてもらったこととか。
ゲーム好きな共通の友人の頼みで耳コピした曲の旋律も、ふいに思い出した。
Youtubeって何でもあるんだなぁ。すごい。
私には素敵なものがいっぱい「ある」んだ、と思い出させてくれる音楽も友人にも、感謝だなぁ、と思った。
余談だが。
中1の息子に「何でまた演奏を始めたの」と問われ…
「君がスポーツをしているとき楽しいのと同じように、かあさんは楽器を演奏していると、毎日忙しくても何か楽しくて夢中になれるんだよー。毎日に彩りが出てくるみたいな感じ?」と答えたら…
彼はおもむろにゴマさんを抱っこして
「退屈でモノクロだった世界に、1ぴきのハチワレがやってきたことで、彩りが生まれた、的な感じかぁ。かわいいもんな、ねっこ。」
…と言い出した。
…まぁ、確かに。
でもでも…ゴマさんは白黒ハチワレだから結局ほぼモノクロですやん…とツッコミをいれつつ、ゴマさんも息子もまとめて可愛いぞ、と思った。
色々な存在に、ありがとう、ということで。

今朝のゴマさん。