東北の夏休みは短い。
子どもたちも宿題のペースを上げさせなければ。
中学生は、来週今ごろはもう学校が始まる。
今回は割と計画的だが、それでも少しソワソワする。
毎年読書感想文を書く時期でもあるので、子どもの真似をして私も読んだ本の感想文を書いてみる。
作品
帰ってきた日々ごはん⑤
概要
料理家の高山さんの「ふくう食堂」というサイトの日記をまとめたシリーズで、現在「帰ってきた」シリーズだと16冊が出ている。
5巻は、2016年上半期頃の日記。
ちょうどこの頃は高山さんが夫(現在は元夫)のスイセイさんと住む吉祥寺の家から、1人で神戸へ引っ越すことを決め、行動に移した時期。
つまり、夫婦が別居を開始する前後を具に綴った時期である。
感想
一言でいうなら、高山さんの根っこにある感覚は、よくも悪くもかなり共感できる。私も似たような部分があるのだ。
4巻以前の「帰ってきた日々ごはん」も、「帰ってきた」とはじめにつかないそれ以前の「日々ごはん」も読んだことがあるけれど、高山さんは、多分誰かと暮らすことが向いていない方な気がする。その一方で、誰かがいないと耐えられない一面もありそうな気がする。
「誰かと暮らすのが向いていない」というのは「暮らせない」わけではない。
むしろ、うまくやれるのだ。相手色に染まって、相手に合わせることが習慣化してしまえば、それなりに生活は成り立つし、表面上はうまくいく。
しかし、自分の中でひとたび噛み合わないとなったとき、綻びが徐々に広がっていったとき、自分の中の何かがどうしても止められなくなったとき、ボン、と爆発して、戻れなくなる。
そして、離れる。1人になる。突き進む。
その後は、バキッと切り替える。決して振り返らない。
でも、誰かといたい。
完全に1人というのは、耐え難い。
だから、場合によっては、蝶々が花から花に移るように次の寄る辺を見つける。それがものすごく切り替えが早くて移り気な印象に見える。
わかったようなことばっかり言って、高山さんに申し訳ない気もするけれど…まさに私が、このタイプ。
彼女の日記には、これまで幾度となく、「スイセイが」「スイセイと」と、旦那さんとの日々が綴られていた。ちょっと棘もあったが、根本は愛情があるように感じていた。むしろ、「スイセイさんがいないと生きていけない」と思わせられるほど…ことばを選ばず言うなら依存っぽさもあるような感じ。
それが5巻のはじめの方では、明らかにどこかよそよそしくなる。決して悪くは言わないけれど、何となく、自分と切り離している感じがした。
そして同時に登場頻度が増える「中野さん」の存在。
神戸へ引っ越したあとは、度々、その絵描きの中野さんが彼女の家に泊まっている様子がうかがえる。
しかしスイセイさんとは電話もするし、遠くから案じているし、むしろ引っ越す前より思いやっているように見える。
中野さんとは肉体関係があるとか恋人とかそういう感じはしない。ただひたすら、2人の独自の世界の中で絵本作品を作ることに子どもみたいに没頭している。
その誰も入れない空気感や、「スイセイ」「スイセイ」と繰り返し綴っていたのが、一転して「中野さん」「中野さん」となったことが、読み手によってはものすごく嫌悪感を抱くのではないかと思った。
もともと、夫婦の生活を日記から読み取って楽しんでいたファンの方々なら、なおさら。
しかし。
私はそれで良いと思う。
ひとたび難しいと思ったものを、立て直すことは、並大抵の力では出来ない。
我慢してやり過ごすことも出来るかもしれない。あるいは、我慢するのがかつてなら美徳だったかもしれない。
しかし、果たしてそれをしてどうなる?
行き着く先で誰も幸せにはなれない。
絶対的な安心感、大きくて強い存在が、必ずしも幸せをもたらすわけじゃない。
高山さんの場合ならスイセイさんとの東京の生活、私の場合なら、離婚前の生活とかかつてのパートナーとの関係とか…傍から見たら幸せそうとか素敵とか言われたって、本人がどうしても「それじゃない」って思うなら、行動するしかないじゃない。
別居や離婚のような別離のあれこれは相手のことが伴うけれど、当事者間で折り合いがついたなら、あとは周りがとやかくいう事じゃない。
嫌悪感が拭えないなら、あーだこーだ言わず、距離を取れば良いだけ。
中野さんとの関係のスピード感についても、私は良いと思う。コソコソするより、取り繕うより、素直な方がいっそ清々しくて私は好ましく思う。
当事者全員が承知で、というのは大前提だが(私の父のように無理やり家族を振り切って愛人のもとへ行くのは反則である)大きな変化に向けて行動したのなら、あとは流れに委ねればいい。
引っ越したあとの高山さんの、翼を得たような行動力や、ワクワクする気持ち、文面からとても伝わってきた。
スイセイさんといた頃の、頼れる夫の後ろに数歩下がって、様子を伺いながらそろりそろり進む印象もそれはそれで悪くないけれど、1人になって、戸惑いながらもエイッと先に進む軽やかな感じも、とても好き。
色々書いたけれど、つまるところ、誰だって、思うまま生きていいのだと思う。
行動がすぐ伴えないなら、せめて心の中だけでも、自由を思い描いていいと思う。
誰が何と言おうと、どんなに不思議な関係性でも、法を犯すとか誰かを泣かせるとかしない限りは、それぞれの生き方があって良いんだな。
自分自身にも、そう言い聞かせながら、読んだ本だった。
