岩手県は田舎なので、首都圏および都会の動きより数テンポ遅れて色々動き出す。
最近ようやく備蓄米の販売が始まったらしい。
我が家は先日店頭でお米を買ったばかりだったのと、並ぶのが苦手なのとそもそも時間がなかったのとで、この話題は完全スルー同然だった。
一応、一家族一袋という制限付きではあるが、店頭でお米は買えたという点も、とても恵まれているのだと思う。
そんな中で、知人が「お米を買い控えている実家の人たちのために」と、備蓄米を購入したらしい。
そして、実家へ携え帰省したところ、同居、近距離別居していた兄弟にそれぞれこっぴどく叱られたのだそうだ。
「お父さんやお母さんに美味しくない米食わそうなんて、どういう神経してる?これはおらほ(※我が家)で買い取るから、どうせ買うなら備蓄米に並ばないで、高くても備蓄じゃない米持って帰ってこい」
…と言われたらしい。
なるほど…。
その知人はしょんぼりしていた。
お米は高いからと、麺類やホットケーキミックスや菓子パンの主食ばかり食べる両親を案じてそうしたのになぁ、と。
でもよく考えたら「一応ある」のに「買わない」選択肢を親たちがしているなら、余計なことしないほうが良かったのかなぁ…と。
これは、高くても一応お米がまだ少し店頭にあるからこその発想だなぁと思った。
なければ、四の五のいえない。
それに、去年以前より高すぎてお米買えないよ、となってしまう気持ちもすごくよく分かる。
うちも10キロ買うのが辛いときは、割高でも少しずつ買ってしまう。
ただ、食べ盛りな子どもたちのことを思い、別なところを切り詰める。お菓子や嗜好品を減らして、おやつをイモやおにぎりにしてみたりもしている。
そして、コメ農家の知人が多い身としては、今後あまりにも安く新米などが買い叩かれたら、ますますコメ農家が苦しくなり、減っていって、食べ手の首が締まることも気になる。
JAの偉い人が言っていた「米の値段は決して高くはない」発言も、農家の苦労を思っての発言、という目線から見たら、全否定して怒りMAXにはなりきれない気がする。
果たして、どうするのが正解なのか。
政治家さんたちを批判するのも、何となく負な気持ちがブーメランになり返ってきそうなのと、言って直るならそうするけれど、言葉が空を切ってしまうだけなら、違う切り口を模索したい。
みんながあまり争わずにギスギスせずに済むように、目先のことだけじゃない打開策を考えていかなくてはならないのではないか。
いっそ「私が米を作る!」と言えたら良いのになぁ、なんて、夢を描いてしまうのだが、これは今ではない気がするので置いておいて…
「私は」「我が家は」何ができるのか。
考えるきっかけになったように思う。