
昔、何のアニメだったか、しあわせうさぎっていうキャラクターがいて、
「わたしの名前はしあわせうさぎ、しあわせ探して30年、でもまだしあわせは見つからない…」
「あの豆腐の角に頭をぶつけたら、しあわせになれる気がするの」
…と言って実際に豆腐に頭をコツンとして
「しーあーわーせー♡」
…って言うくだりがあったなぁと、薄ぼんやりした記憶がある。
主役じゃなかったはずなのに、そのうさぎのことだけを記憶している。
子どもの頃は、
「豆腐がもったいないなぁ、食べるほうがしあわせになれるじゃん」
と至極現実的な感想を抱いていた。
でも今思えばもっと深いなぁとも思う。
…結局そのうさぎは、一時的にはしあわせな高揚感を味わっても、また翌週の放送ではしあわせを探していた。
さて、大人になり、私は今しあわせなの?と自問自答する。
おそらく誰かに問われて外向きの答えをするなら「そうですね」と肯定する。
でも「しあわせか、不幸せかと問われれば、しあわせという方が正しいのかな?」という曖昧な答えが内心ではくすぶる。
「満たされないことを挙げて不幸せだと言うことは、贅沢なんじゃないか」と心のどこかで思っている節もある。
難しいなぁ。
今になり少し振り返ると、私はかなりの割合を「他人軸」で生きてきたような気がする。
母に褒められたい
不倫相手と出ていった父を後悔させてやりたい
暴力と束縛で嫌な思いをさせられた父方の祖父母を見返してやりたい
学校や職場で誰よりも上に行き、自信を持ちたい
貧乏でやりたいことを諦める日々を終わらせて、周りに称賛されるようになりたい
好きな人に愛されて喜ばれるようになりたい
その、ある意味では後ろ向きで歪んだ向上心が今の私を押し上げて強く強くしてきたけれど、そこに「私」自身はどのくらいいたのかな、と、来年40歳になろうとしている今…今さらになり、少し真面目に考えている。
何を成し遂げたい?
どんなことをしてみたい?
ワクワクすることはなに?
時間もお金も相手のこともなーんにも、考えなくていいとしたら、今わたしが欲しいものは?
わたしがわたしをしあわせにするために、これからの人生を少しずつ使ってもいいのかも?私を少し、甘やかしてもいいのかも?と、ちょっとずつ、変わりつつある。
私はできる。私は最高。
そうやって、自分を鼓舞して褒めてみよう。
…周りの意見とか気にしない、失敗しても期待外れでもいいから、毎週毎週しあわせ探しにトライする「しあわせうさぎ」のように、もっと無邪気に色んなことにチャレンジしてみたい。
…さすがに豆腐の角に頭をぶつけても、ただ汚れるだけな気がするので、普通に美味しく食べようと思うけれど。