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まーたる、ショートストーリーを書いてみた⑩

まーたる、ショートストーリーを書いてみた第10弾ヽ(*´∀`)

 

 

お楽しみいただけたら幸いです(*´∀`*)

 

 

 

 

『ミッドナイトカフェ・WHEEL of FORTUNEへようこそ』

 

 

 

 

Final episode    「カフェ・コレット

 

 

 

 

 晩秋のウィーンの街並みは輝きに満ちている。

 黄金色に輝く黄葉を踏みしめて青く光る空を眺めながら小さく息を吐くと、白く浮かび上がる息にまた少し冬に近づいたと思いながら凛子はベンチに座った。

 この数ヶ月、一日のほとんどをヴァイオリンの練習に費やしてきた成果が現れ、三年前までとはいかなくても今からでも舞台で演奏できるという明日香のお墨付きをもらえるまでになっていた。

 

 

「あなたには恐れ入るわ」

 

 

 凛子がゆっくりと弓を下ろしたとき、明日香は呆れたように言った。

 

 

「三年のブランクはヴァイオリニストにとって致命的よ。

普通カムバックなんて恐ろしくて考えないわ。

それなのにあなたは数ヶ月、たったの数ヶ月でリサイタルを開けるまでの音を取り戻すなんて……」

 

 

 羨望と少しの嫉妬が入り混じる明日香の視線を受けながら、凛子はストラディバリウスを丁寧にヴァイオリンケースにしまった。

 

 

「ーー私には時間がないの。

だからあなたに頼んだのよ、明日香」

 

 

 わかっているでしょう?というように凛子は視線を投げかける。

 クリスマスのミサまでもうわずかもない。

 あの教会で演奏するには最高の音でなければならない。

 透に捧げる愛の音なのだ。

 だからこそ凛子は生半可な気持ちで再びヴァイオリンに向かい合うことはしたくなかった。

 自分の中の『運命の輪』を、正しく前に進めることができる、これがラストチャンスだと凛子は思った。

 この機会を逃すと、凛子は透との思い出に閉じ込められ本当に身動きが取れなくなってしまう。

 

 

「……そうね。そうだったわ。

じゃあ残りの時間も遠慮なく鍛えていいということね」

 

 

 にっこりと笑う明日香に凛子も笑みを返しながら、

 

 

「ありがとう。ーーでもなるべくお手柔らかにお願い」

 

 

 秋が深まり冬が近づくにつれ、凛子が必ず訪れる場所がある。

 

 シェーンブルン宮殿

 

 女帝マリア・テレジアが愛したウィーン・ハプスブルク家の居城の一つであり、世界遺産でもあるこのシェーンブルン宮殿の秋から冬にかけての景色が凛子は好きだった。

 視界の全てが金色に染まり、しだいにその輝きがクリスマスマーケットの煌びやかな光に移りゆくその光景は圧巻だ。

 クリスマスまであと3日と迫った夜のクリスマスマーケットには大勢の人々が集い、各々の楽しみ方で夜を過ごしている。

 凛子は人波に流されるように賑やかなマーケットを歩いた。

 お菓子の甘い匂い、濃厚なハムやソーセージの匂い、美しいデザインのクリスマスオーナメントたちがテレジアンイエローに光る宮殿に照らされるようににキラキラと輝いている。

 冷たい風が人波をすり抜けるように吹き、凛子は思わず首をすくめ、ブルーグレイに薄紫が混じったその柔らかなマフラーに鼻まで埋もれた。

 

 

『凛子、寒くないか?』

 

 

 ふいに透の声が耳に蘇り、そういえば寒がりの凛子をいつも気遣ってくれていたことを思い出した。

 クリスマスマーケットはシェーンブルン宮殿で開催されるような大々的なものばかりでなく、小規模に開催されているものまで透に連れて行ってもらったものだ。

 寒くないように着込んでいるにもかかわらず寒いを連呼する凛子に、全くしょうがないなというような笑顔を向けてくれた透。

 久しぶりに訪れたクリスマスマーケットの煌めきと賑やかさはあの頃のままなのにと、ふいに込み上げてくる感傷を振り払うように凛子は足早に人混みを離れて空いているベンチに座った。

 透がいないという現実を受け入れているようで、その実、全くといっていいほど凛子の心は受け入れることを拒否している。

 それは凛子自身にもどうすることができなかった。

 心は凛子の意思さえもお構いなしに自由に飛び越えてゆく。

 

 

ーーもういい加減、受け入れなくちゃ……。

 

 

 ウィーンに来て数ヶ月、凛子の『運命の輪』が動き出すその日はもうすぐそこだ。

 夜空に浮かぶ星々さえもかすむほどの煌びやかなクリスマスマーケットの光が、とてつもなく寂しく感じられた凛子の鼻腔にふいに甘い香りが漂ってきた。

 その甘い香りはどうやらホットワインの店から漂っており、引き寄せられるように凛子はゆっくりと立ち上がる。

 グリューワインと呼ばれグローブやシナモン、柑橘系のフルーツが入ったホットワインは、クリスマスマーケットの定番の飲み物として人々に愛されているものだ。

 寒い中長時間外にいて冷えきった身体に、甘く温かいグリューワインは信じられないほど深く浸透していった。

 凛子は屋台で一つ買うと再びベンチに腰かけた。

 ワインの芳醇な香りに混じってシナモンのピリッとした味わいのグリューワインがのどを滑ってゆくと、凛子はふうっと大きく息をついた。

 それぞれ注文したグリューワインを飲みあって笑ったクリスマスの夜。

 お互いのワインを交換することはもうできない。

 

 

「一人で二杯なんて飲めないわよ……」

 

 

 凛子はふっと笑って真っ直ぐに前をみつめた。

 

 

ーー透はもういない。

 

 

 自分の隣にも、この賑やかなマーケットのどこにも、もう透はいないのだ。

 グリューワインの甘く温かな香りが、そのことを凛子の心にじんわりと思い知らせるように香り立ってゆくのだった。

 

 

 クリスマスのミサは厳かに始まった。

 近くの住人しか訪れないその小さな教会では、牧師の祈りの声が静かに響いている。

 クリスマスの高揚感を高めるかのように、オレンジ色の明かりがステンドグラスを美しく照らす。

 

 

「本当に取り壊されてしまうなんて、信じられないわ」

 

 

 ミサが始まる前、レディ・アデリナはそう言ってため息をついた。

 老朽化が進み取り壊されるこの教会は、ここよりも少し離れた場所にまた新しく建築されるらしい。

 透との思い出がそこここに詰まっている小さな教会。

 ステンドグラスの美しさに時間を忘れて二人で見入っていたこと。

 透から指輪をもらったあの日。

 ずっと一緒にいるという二人の気持ちがぴったりと重なったあの日のことは、教会がなくなったとしても決して忘れることはない。

 

 

ーー透はもういない。

 

 

 凛子は賛美歌の声に促されるようにストラディバリウスをケースから取り出した。

 

 

ーーだけど私の中から消えることは永遠に、ない。

 

 

 黒のワンピース姿の凛子がヴァイオリンを片手に現れると、礼拝に訪れていた住人たちは少しどよめいた。

 頬にはらりとかかる黒髪の艶やかさとともに耳もとに光るピアスの輝きは、まるで夜空に輝く星の光りのように煌めいていた。

 

 

「この教会は私にとってかけがえのない思い出の場所です。

 

このクリスマスの夜にここで演奏させていただくことに感謝します。

 

心を込めて」

 

 

 

 凛子が弓を構えゆっくりと音が滑り出すと、あまりにも美しく際だったその音色に住人たちは一様に驚き騒めいたが、やがてその声は圧倒されたかのように静まり返った。

 荘厳な色を纏いながらパッヘルベルの『カノン』がゆるやかに流れ始める。

 透がピアノで唯一弾けた『カノン』。

 伴奏はないけれど今、間違いなく透が奏でるピアノの音色が凛子の耳には届いていた。

 曲が終わると一瞬場は呆気にとられたように静まり、我に返った聴衆はブラヴォー!と立ち上がって力強く拍手を送った。

 音楽の都ウィーンに住み、耳の肥えている住人たちさえ驚きを隠せないほど心に響く美しい音色。

 人々が騒つく中、凛子は息を整えて再び弓を構える。

 

 

「あぁ……。この曲は……」

 

 

 レディ・アデリナが息を飲むように呟く。

 

 

ーー透……。透……。

 

 

 リスト『愛の歌』。

 透への愛を奏でるのにこれほど自分の心とシンクロする曲があるかと思うほど、凛子の心に響く曲。

 アトリエで絵を描く透のそばで弾いた愛の曲。

 甘く切ないメロディが優しく響き渡ると、人々は微動だにせず聴き入っていた。

 

 

ーー透、聴いている?

 

 

 凛子は心の中で透に呼びかける。

 

 

ーーきっとどこかで聴いているわね?

 

 

 凛子は微笑みを浮かべながら愛の曲を弾き続ける。

 

 

ーー私のあなたへの想いは永遠に私の中に生き続けるわ……。

 

 

 凛子の透への愛をストラディバリウスが感じ取り、『天上の音』と呼ばれる凛子の音を生み出していくのを人々は瞬きさえ忘れるほど見入っていた。

 

 

ーー愛してる……。透……愛してる……!

 

 

 愛の音が優しく消えた瞬間、人々は一様に頬を紅潮させ立ち上がり、口々にブラヴォー!と凛子を称えた。

 まるでコンサートホールのような熱気に包まれた聖堂を見回して、明日香はたった数ヶ月でここまでの音を取り戻した凛子の才能に改めて感嘆の息をついた。

 そして『天上の音』と言われた音を取り戻したのは凛子自身の努力とは別に、透への今も変わらない深い愛情ゆえだとも思った。

 凛子の音はおそらくこれからも変わらずに透だけに向けられるだろう。

 凛子を残して自ら旅立ってしまった弟。

 明日香にはわかりえない弟の愛の形、そのことで弟を追い詰めてしまったという後悔は、今でも明日香の心を苛み続けていた。

 しかし凛子の演奏には透だけでなく、明日香もまた救われた気持ちでいたのだった。

 透への愛をここまで深く貫く凛子の姿は神々しく見えた。

 明日香の頬にはいつしか涙が伝わり、そんな明日香をレディ・アデリナはそっと抱きしめた。

 

 

「ありがとうございます。

 

今夜はクリスマス、最後はこの曲を。

 

神様の御加護が皆さんの上にありますように。

 

Frohliche  Weihnachten!

(メリークリスマス!) 」

 

 

 静かに凛子から紡がれる音を待つ人々の耳に、クリスマスの夜にふさわしい賛美歌が届き、ほうっ……という声にならない吐息のような声が溢れた。

 

 

「『Stille  Nacht』……。

(聖しこの夜)

 

ふふっ、リンコらしい選曲だわ。

 

ラストは透にも、私たちにも素敵な曲をプレゼントしてくれたのね」

 

 

 そう言って微笑むレディ・アデリナの胸の中で、明日香も笑いながら涙を拭った。

 聖なる夜に響くクリスマスキャロルは、そこにいた全ての人々の胸に熱く、静かに届いたことだろう。

 

 

ーーメリークリスマス、透!

 

 

 感情の全てをさらけ出してヴァイオリンを弾く凛子の表情はこの上なく晴れやかで、透への愛を力に変えてただヴァイオリンを弾くことが楽しくてならない、そんな少女のような煌めきを見せていた。

 

 

 思い出の教会で自らのヴァイオリンの音色に乗せて透への想いを響かせた凛子は、不思議なくらい満たされた気持ちでいっぱいになっていた。

 あの場所で鬱屈としていた気持ちを解放したことで、透はもういない、その現実を今度こそしっかりと受け止められた気がした。

 

 

「お疲れさま。

 

とても素晴らしい演奏だったわ。

 

トールも聴きに来ていたわね、きっと」

 

 

 凛子は演奏を終えてレディ・アデリナのカフェに戻り、一息ついていた。

 翌日からリサイタルに出かけなければならない明日香とは教会の前で別れたが、そのとき力強い抱擁とともに、

 

 

 

「凛子、あなたはステージに戻るべきよ。

その音を世界中に響かせるべきだわ」

 

 

 

 そう言った明日香の泣きはらした瞳が赤く染まっていたのを凛子は思い出していた。

 

 

 

「レディ・アデリナ」

 

 

 凛子は真っ直ぐにレディ・アデリナをみつめた。

 

 

「ありがとう。

 

私をここに戻らせてくれてありがとう。

 

これで私は進むことができるわ。

 

やっと……。

 

透と一緒に未来を見て歩いていくことができる……」

 

 

 そこまで言うと今まで張り詰めていた緊張が急に解けたのか、凛子の頬に涙が流れ落ちた。

 レディ・アデリナは凛子の涙を拭い、頬に何度も優しくキスをした。

 

 

「私は何もしていないわ。

 

ウィーンに来ることを決めたのはリンコ、あなた自身よ。

 

ブランクを恐れずにもう一度ヴァイオリンに向き合うことを決めたのもあなた。

 

あの教会でトールへの愛を響かせることを決めたのもあなた。

 

あなた自身が決めて行動したからこそ、今のあなたがいるのよ。

 

あなたは自分の運命を自分の手で動かしたんだわ」

 

 

ーー『WHEEL of FORTUNE』……。

(『運命の輪』)

 

 今頃、喫茶店の壁に静かに掛けられているだろう『運命の輪』の絵を思い浮かべた。

 透が描いてくれた鮮やかな『運命の輪』。

 店に来る客たちがそれぞれに抱える悩みに改めて対面し、前に進むようにそっと背中を押してくれたあたたかな絵。

 凛子はあの絵に会いたくてたまらなかった。

 自分の『運命の輪』も、今ようやく前に動くことができた。

 今すぐにでも飛んで行って絵を抱きしめたかった。

 

 

「何か思いついたような瞳ね」

 

 

 レディ・アデリナは面白そうに言い、何を飲みたい?と訊いた。

 

 

「カフェ・コレットを」

 

 

 凛子のオーダーにレディ・アデリナはにこやかに頷いた。

 

 

「お酒は何がお好み?」

 

 

「今夜はリモンチェッロでお願い」

 

 

 いいわね、とにこやかに言い、レディ・アデリナはシンプルなカップエスプレッソを注ぐとリモンチェッロというリキュールを垂らしゆっくりとかき混ぜる。

 すっきりとしたレモンの香りが辺りに漂い、凛子は深く深呼吸した。

 

 

「どうぞ」

 

 

 カップに山盛りのホイップクリームを見て凛子は苦笑いを浮かべる。

 

 

「サービスよ。

 

あなたはもっと太った方がいいわ」

 

 

 ウィンクしながら面白そうに笑うレディ・アデリナに凛子も思わず吹き出してしまった。

 カフェ・コレットに入れるアルコールに決まりはなく、リキュールやブランデーなど自分の好みを入れて飲む。

 凛子が選んだのはリモンチェッロというリキュールで、エスプレッソの香りとレモンの爽やかな酸味が合わさり、そこにホイップクリームのほどよい甘みがアクセントとなっていた。

 

 

『あなた自身が決めて行動したからこそ、今のあなたがあるのよ。

 

あなたは自分の運命を自分の手で動かしたんだわ』

 

 

 飲みながらレディ・アデリナの言葉が蘇り、凛子はゆっくりと顔を上げた。

 自分の未来は誰でもない、自分自身が決めるものだ。

 どんな状況にあっても運命は変えられる。

 目の前に並ぶ扉の向こうには可能性に溢れたいくつもの未来があって、自分の手で『運命の輪』の車輪を回し、道を選んで行く自由がある。

 そうして未来は自分の果てしない想像のさきに創り上げられていくのだ。

 好きなアルコールを入れて味を楽しむカフェ・コレットのように、自由に選んでいける。

 カップを空にした凛子は、まさに今、一つの扉を選ぼうとしていた。

 そしてそれは決して揺らぐことのない光となって、凛子の瞳に強く輝き始めたのだった。

 

 

 

「ちょっと待ってよ!恭ちゃん!」

 

 

 大学の春休みの初日、もう夜も10時を回ろうとする頃に従兄弟の恭平から突然電話で呼び出され、待ち合わせ場所に行ってみれば青い顔をした恭平が泣きそうになりながら、

 

 

「凛子さんの店、解体されてるって!」

 

 

「ええ⁉︎それ本当なの⁉︎」

 

 

「雅人と美桜が前を通ったら解体作業してたって……」

 

 

「それ、いつの話なの?」

 

 

「2か月前に見たらしくて、オレに伝えるの忘れてたって言うんだぜ⁉︎

ひどくねぇ⁉︎

オレにとってあの店はヤバいくらいオアシスで……あっ!

待てよ、あかり!」

 

 

 恭平の言葉を最後まで聞くより早く、あかりの足は走り出していた。

 恭平だけではない、あの店はあかりにとっても大切な場所なのだ。

 

 

『しばらく休店いたします』

 

 

 張り紙一枚を残し、去年突然閉店してしまった凛子の喫茶店

 日々の忙しさにかまけてしばらく様子を見に行っていなかった間の急展開に、恭平だけでなくあかりも動揺を隠せなかった。

 

 

「なぁ、凛子さん戻ってくるよな!

 

またカルーアミルク飲めるよな!」

 

 

 走りながら恭平が叫ぶ。

 

 

「知らないわよ!

 

何なのよ、こんな急展開、聞いてないわよ……」

 

 

 勢いよく走っていたあかりの足が急ブレーキをかける。

 

 

「うわっ!あかり!

 

危ないだろ、急に止まんな!」

 

 

「恭ちゃん……」

 

 

「何だよ、何で急に止まってんだ……よ……」

 

 

 あかりの視線の先に見えた懐かしいオレンジ色の看板があたたかな光をたたえて、夜の街にひっそりと浮かび上がっている。

 

 

「え……」

 

 

 あかりは驚きのあまり言葉が出ずにいる恭平の手を引っ張ると、喫茶店らしくない重厚な扉の前に立つ。

 鼓動が早鐘のようであるのを落ち着かせるように大きく深呼吸する。

 そして思い切って扉を開けると、そこにはゆるやかにヴァイオリンを奏でる凛子の姿があった。

 扉の前に突っ立っている二人の姿に気がついた凛子は、いつもと変わらぬ微笑みを浮かべた。

 

 

「いらっしゃいませ。

 

久しぶりね」

 

 

 恭平とあかりは訳がわからないといった面持ちで、しかしいつもと同じカウンターの席につく。

 店の中は以前と同じようで、観葉植物が新しくなった以外に変化はないように見えた。

 

 

「二人とも元気そうね」

 

 

 薄切りのレモンが浮かんだ水のグラスとおしぼりを渡しながら、穏やかな口調の凛子に恭平は思わず声を荒げた。

 

 

「何なんだよ、凛子さん!

 

急に店閉めてオレたちがどんなに心配したかわかってんの⁉︎

 

そんでまた急に帰ってきていつも通りなのかよ!

 

何だよ、オレ、マジ心配してたんだぜ!

 

それを何だよ、マジ意味わかんねぇから!

 

ほんと、どんだけオレ……」

 

 

 怒りながらしだいに泣き声になっている恭平を凛子はそっと抱きしめた。

 甘やかな香りが恭平を包み、凛子が目の前にいることが現実であると実感した。

 

 

「……おかえり……」

 

 

 涙を隠すことなく恭平は小さく呟いた。

 

 

「……ただいま」

 

 

 凛子は言い、恭平の頭を優しく撫でるのだった。

 

 

「はぁ〜、オレ、マジ恥ずかしいんだけど」

 

 

 しばらくして落ち着きを取り戻した恭平は、今度は激しい羞恥心と戦っていた。

 

 

「相変わらず忙しい感情よね、恭ちゃんは」

 

 

 あかりは呆れたように言い、がっくりと項垂れる恭平を尻目に、

 

 

「凛子さん、もしかして『運命の輪』を回す旅に行っていたの?」

 

 

「よくわかったわね」

 

 

 少し驚いたような凛子にあかりはふふっと笑ってみせた。

 

 

「だって表情が全然違うんだもの」

 

 

「そんなに?」

 

 

 あかりは頷き、わからないのも凛子さんらしいとまた笑った。

 

 

「凛子さん、人のことはすごくわかるのに、自分のことになると全くわからなくなっちゃうんだものね」

 

 

「オレはそんな凛子さんがその、好きだな!」

 

 

 口を尖らせて話に割り込んできた恭平が小さな子どものようで、凛子とあかりは顔を見合わせて声を上げて笑った。

 

 

「何だよ、笑うなよな!」

 

 

「ごめんなさい。……ありがとう」

 

 

 凛子は目尻を少し拭いながら恭平をみつめた。

 凛子の笑顔にホッとした恭平は椅子の背もたれにドサッと身体を預けると、

 

 

「凛子さん、いつ戻ってきたの?

 

オレもあかりもしばらく様子を見に来てなかったから、開いてるの知らなかったよ。

 

雅人と美桜はここが解体されてるって言うし、慌てて飛んできたんだぜ」

 

 

「解体?」

 

 

「そうよ。

 

恭ちゃんが泣きそうな声で今すぐ来て!って電話してきて、来たら来たで青い顔して立ってるし」

 

 

「なんだよ、おまえだって超焦ってただろ?

 

凛子さんの店が解体されてるって聞いて、慌てて走り出したし!」

 

 

 目の前で繰り広げられる小競り合いを聞き、凛子の胸にじんわりとあたたかいものが湧き上がってきた。

 透がいなくなって日本に戻り一人ぼっちだと思っていたのに、こうして心配して飛んで来てくれる人がいる。

 これもきっと透がくれた縁なのだと凛子は胸を熱くしていた。

 

 

「解体じゃなかったら、一体何の工事をしていたの?」

 

 

 凛子は思案顔のあかりを店の少し奥まったスペースに手招いた。

 閉められていたカーテンを開けるとグランドピアノが姿を現した。

 

 

「ピアノが……!」

 

 

「私は自分の音を取り戻すためにウィーンに行っていたの。

 

透への想いも自分なりに納得できたし、その気持ちを持ち続けて私は歩いて行けると思った」

 

 

 あの夜のあと、教会で神がかりな演奏をやってのけた人物が、三年前突然表舞台から姿を消したヴァイオリニスト・成島凛子だとわかりウィーンの音楽界は騒然となった。

 加えて同じく忽然と姿を消していたヴァイオリン界の貴公子と言われていたジョシュア・ローレンが再び表舞台に返り咲き、変わらぬ超絶技巧の演奏を繰り広げたことはかなりの衝撃で、音楽の都ウィーンで大きな話題となったのである。

 そうなれば当然そのままウィーンに残り、失われていた三年間を取り戻すべくプロヴァイオリニストとしての道を歩くと思われていた凛子であったが、

 

 

「どこにいても私は私の音を奏でることができると思ったの。

 

それこそ音楽に国境なんてないわ。

 

だから私は自由に奏でたい。

 

透への愛の音は、いつもどんなときも自由に奏でていたい。

 

だから戻ってきたの、透がくれた『運命の輪』が待つこの店に」

 

 凛子はカウンターの前に掲げられている『運命の輪』の絵を愛しそうにみつめて言った。

 グランドピアノはオレンジ色のあたたかな光に照らされて美しい輝きを放っている。

 

「ウィーンではカフェでコンサートを開いたりするのよ。

 

コーヒーやアルコール、食事を楽しむのと同じように音楽も楽しむの。

 

音楽が常にある生活は心を豊かにしてくれるわ。

 

音楽はどんなときも人に前に進もうとする力を与えてくれる、私はここをそんな場所にしたいと思ったの。

 

だから防音壁にするためにリフォームをお願いしていたのよ。

 

ここがいくら路地裏といっても、ピアノやヴァイオリンの音はどうしても響くでしょう?」

 

 

 

 雅人と美桜が見たのは解体ではなく、防音壁にするための改装工事だったのだ。

 恭平は安心感から身体の力が抜けていくようだった。

 

 

「凛子さんのヴァイオリン、聴かせてくれませんか?」

 

 

 突然のあかりのリクエストにもかかわらず、凛子は穏やかな微笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。

 

 

「今夜は月が綺麗ね、透」

 

 

 そう言いながら凛子はストラディバリウスを構える。

 一瞬にしてヴァイオリニストの顔つきに変わった凛子の姿に、恭平とあかりは息をのむ。

 これが世界の舞台に立つ音楽家なのかと、身体中の細胞が泡立つような衝撃を感じていた。

 

 

「『月光』を」

 

 

 凛子のヴァイオリンの音色が、夜空に冴え冴えと輝く月の光をそれは美しく奏で、まるで愛を囁いているかのように響いた。

 恭平とあかりは凛子の音色に圧倒されながら、凛子が今まで縛られていた目に見えない何かがすっかり消え失せていると感じた。

 

 

ーー凛子さんの『運命の輪』は前に動き始めたんだ……。

 

 

 これほどの演奏家を世界は放っておかないだろう。

 おそらくまた急に張り紙一枚で旅に出てしまうかもしれない。

 だけど必ず凛子はここに戻ってくるのだろうと二人は思った。

 凛子にとってこの店が『運命の輪』を回し始めた場所なのだから。

 そのとき店の扉がゆっくりと開き、おずおずと客が現れた。

 凛子は弓を下ろして振り返り、ゆったりとした笑みを浮かべながらその言葉を口にする。

 

 

「いらっしゃいませ。

 

『WHEEL of FORTUNE』へようこそ」

 

 

 

 

                    完

 

 

 

 

最後まで読んでくださりありがとうございます

(*´꒳`*)

 

 

 

ショートストーリー

『ミッドナイトカフェ・WHEEL of FORTUNEへようこそ』を最後までお読みくださり、本当にありがとうございました❗️

 

書ききった充実感でいっぱいのまーたるです❗️

あたたかいコメントをくださった皆さん、とても励まされてやる気をいただきました。

心から感謝ですヽ(*^ω^*)ノ

 

『まーたる、ショートストーリーを書いてみた』は今後も続きますヽ(*´∀`)

 

次回からは一話完結の物語を書いていきたいと思っています。

 

またショートストーリーがアップされていたら、読んでいただけたらすごく嬉しいです❗️

 

まーたる、さらに頑張ります(●´ω`●)✨

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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