随分と時間(21ヶ月ほど)がたっていますが、この記事は「アドホック随伴系と自由対象・台対象」の続きです。
アドホック随伴系とは、自由-忘却・随伴系〈free-forgetful adjunction〉の自由関手が欠如したものです。それは結局、単一の関手があるだけなのですが、その関手を忘却関手とみなして、(アドホックな)自由対象/転置/反転置/単位を考えます -- これは「アドホック随伴系と自由対象・台対象」で書いた内容です。
続きでであるこの記事ではアドホック自由対象に対して、三種類の特徴付けをして、アドホック自由対象を求める手段を与えます。$`\newcommand{\cat}[1]{\mathcal{#1}}
\newcommand{\mrm}[1]{\mathrm{#1}}
\newcommand{\mbf}[1]{\mathbf{#1}}
%\newcommand{\id}{\mathrm{id}}
\newcommand{\op}{\mathrm{op}}
\newcommand{\In}{\text{ in }}
%\newcommand{\u}[1]{\underline{#1}}
%\newcommand{\o}[1]{\overline{#1}}
\newcommand{\hyp}{ \text{-} }
%\newcommand{\Iff}{ \Leftrightarrow }
%\newcommand{\Imp}{ \Rightarrow }
%\newcommand{\twoto}{\Rightarrow }
`$
内容:
※色付きテキストは次の約束で使います。
- 青い文字: 重要な概念・用語だがこの記事内では定義・説明してないもの。
- 赤い文字: この記事内で導入・定義した概念・用語。
- マゼンタの文字: この記事内の後方で導入・定義する概念・用語。
自由-忘却・随伴系とアドホック随伴系(復習)
自由-忘却・随伴系〈free-forgetful adjunction〉は次の形で書きます。
$`\quad \xymatrix{
\cat{C} \ar@/^/[r]^F
\ar@{}[r]|{\bot}
&\cat{D}\ar@/^/[l]^U
} \In \mbf{CAT}
`$
随伴系の単位を $`\eta`$ 、余単位を $`\varepsilon`$ とします。
随伴系のホムセットのあいだの同型は、次のような自然同型(可逆な自然変換、「自然同型と自然同値」参照) $`\Phi`$ で与えられるとします。
$`\text{For }A\in |\cat{C}|,\; Y\in \cat{D}\\
\quad \Phi_{A, Y} : \cat{D}(F(A), Y) \overset{\cong}{\to} \cat{C}(A, U(Y)) \In \mbf{Set}
\quad`$
上記は成分の表示を書いただけで、$`\Phi`$ の自然性が要求されます。自然同型 $`\Phi`$ を転置〈transpose〉、転置の逆を反転置〈untranspose〉と呼びます。
$`A \in |\cat{C}|`$ に対して $`F(A)`$ を $`A`$ の自由対象〈free object〉、$`Y \in |\cat{D}|`$ に対して $`U(Y)`$ を $`Y`$ の台対象〈underlying object〉といいます。
忘却関手 $`U`$ だけがあり、自由関手 $`F`$ が欠如している場合でも、特定の対象達 $`A\in |\cat{C}|, W\in |\cat{D}|`$ と任意の対象 $`Y\in |\cat{D}|`$ に対して、ホムセットのあいだの同型を考えることができます。
$`\text{For }A\in |\cat{C}|,\; W\in |\cat{D}|\\
\text{For }Y\in \cat{D}\\
\quad \phi_Y : \cat{D}(W, Y) \overset{\cong}{\to} \cat{C}(A, U(Y)) \In \mbf{Set}
\quad`$
この同型と関連する構成素達をひっくるめてアドホック随伴系〈ad-hoc {adjunction | adjoint system}〉と呼びましょう。アドホック随伴系の構成素は、語頭に「アドホック」を付けた呼び名にします。
- アドホック転置〈ad-hoc transpose〉: 自然同型 $`\phi`$ のこと
- アドホック反転置〈ad-hoc untranspose〉: $`\phi`$ の逆のこと
- アドホック自由対象〈ad-hoc free object〉: $`W`$ のこと
- アドホック単位〈ad-hoc unit〉: 後述
アドホック転置・反転置は、$`Y`$ をインデックスとする自然変換の成分です。アドホック自由対象は、自由関手の値ではなくて単一の対象です。
アドホック随伴問題と余前層の余表現問題
アドホック随伴系におけるホムセット同型に出てきたアドホック自由対象 $`W`$ を、未知項〈unknown〉を表す疑問符に置き換えてみます。
$`\text{For }A\in |\cat{C}|\\
\text{For } Y\in \cat{D}\\
\quad \phi_Y : \cat{D}(?, Y) \overset{\cong}{\to} \cat{C}(A, U(Y)) \In \mbf{Set}
\quad`$
これは、与えられた〈given〉 $`U, A`$ に対して、疑問符の対象と適切な $`\phi`$ ($`\phi`$ は自然同型)を求めよ、という問題記述だと解釈できます。問題だと捉えたホムセット同型をアドホック随伴問題〈ad-hoc adjunction problem〉と呼ぶことにします。
アドホック随伴問題は、別な問題に置き換えることができます。
- 与えられた余前層の余表現対象を求める問題
- 与えられた余前層をグロタンディーク構成した圏の始対象を求める問題
- $`U`$ でラップしたアンダー圏の始対象を求める問題
まず、アドホック随伴問題の設定から余前層を定義して、余前層の余表現問題に変換します。
余前層〈copresheaf〉(集合圏への共変関手)$`H`$ を次のように定義します。
$`\quad H = H(\hyp) := \cat{C}(A, U(\hyp)) \;: \cat{D} \to \mbf{Set} \In \mbf{CAT}`$
この余前層は、アドホック随伴問題のデータである $`U, A`$ から一意に構成できます。
余前層 $`H`$ の余表現問題とは、次のような同型が成立する対象 $`W`$ を求める問題です。
$`\text{For }Y \in \cat{D}\\
\quad \cat{D}(W, Y) \cong H(Y)
`$
ここでの $`\cong`$ は、$`Y`$ を動かしての自然同型なので、以下のような関手圏の同型です。
$`\quad \cat{D}(W, \hyp) \cong H \In [\cat{D}, \mbf{Set}]`$
$`H`$ を定義により展開してみれば、アドホック随伴問題と、余前層 $`H`$ の余表現問題は同じ問題だと分かるでしょう。
余前層の余表現系の双対である前層の表現系〈representation system for a presheaf〉については以下の過去記事で説明しています。
前層の表現系の用語の語頭に「余」を付けて、余前層の余表現系の用語とします。
- 余表現対象〈corepresenting object〉: $`W`$ のこと
- 余表現自然変換〈corepresenting natural transformation〉: $`\phi`$ のこと
- 余普遍元〈couniversal element〉: 後述(すぐ下)
表現自然変換を普遍性〈universality〉とも呼ぶので、余表現自然変換は余普遍性でしょうが、なんか分かりにくい/気持ち悪いので「普遍性/余普遍性」はやめときます。
余表現対象 $`W`$ と余表現自然変換 $`\phi`$ は次の同型を与えます。
$`\quad \phi : よ^\vee(W) \overset{\cong}{\to} H \In [\cat{D}, \mbf{Set}]`$
ここで、$`よ^\vee`$ は余米田埋め込みです。米田の補題から、自然変換達の集合と $`H`$ の値のあいだに同型(余米田写像)があります。
$`\quad \mbf{y}^\vee : \mrm{Nat}(よ^\vee(W), H) \overset{\cong}{\to} H(W) \In \mbf{Set}`$
余表現自然変換 $`\phi`$ は $`\mrm{Nat}(よ^\vee(W), H)`$ の要素なので、$`\mbf{y}^\vee(\phi) \in H(W)`$ となります。この $`\mbf{y}^\vee(\phi)`$ が余表現系の余普遍元〈couniversal element〉です。アドホック随伴系の場合の余普遍元はアドホック単位〈ad-hoc unit〉といいます。
なお、米田写像/余米田写像とその逆については、「米田の補題とストリング図」に記述があります。
抽象的な定義だけではピンとこないでしょう。以下の過去記事に、前層の表現系(一部は余前層の余表現系)の例があります。
余前層のグロタンディーク構成と始対象
前層の表現系において、表現対象と普遍元のペアは、当該前層をグロタンディーク構成した圏(要素の圏と呼ぶ)の終対象です。このことは、以下の記事に書いています。
上記過去記事では、前層の表現系について扱っていますが、双対をとれば余前層の余表現系の話になります。アドホック随伴問題に関して、対応する余前層 $`H`$ のグロタンディーク構成を以下に述べます。
前層のグロタンディーク構成と余前層のグロタンディーク構成は、以下の記法で区別します(「グロタンディーク構成と積分記号」参照)。
- $`\cat{C}`$ 上の前層 $`F`$ のグロタンディーク構成: $`\int_\cat{C} F`$ または $`\int_{\to}(\cat{C}\mid F)`$
- $`\cat{C}`$ 上の余前層 $`F'`$ のグロタンディーク構成: $`\int^\cat{C} F'`$ または $`\int^{\to}(\cat{C} \mid F')`$
$`H`$ は $`\cat{D}`$ 上の余前層なので、$`\int^\cat{D} H`$ を構成します。$`\cat{E} := \int^\cat{D} H`$ と置きます。
$`\cat{E}`$ の対象集合 $`|\cat{E}| = \mrm{Obj}(\cat{E})`$ は、次のような集合の総和(シグマ型)です。
$`\quad |\cat{E}| = \sum_{X\in |\cat{D}|} H(X)
= \sum_{X\in |\cat{D}|} \cat{C}(A, U(X))
`$
$`|\cat{E}|`$ の要素(圏の対象)を $`(X, a)\text{ where }a\in H(X)`$ のような依存ペアで表します。2つの対象 $`(X, a), (Y, b)`$ のあいだの射とは、射 $`f:X \to Y \In \cat{D}`$ と次のような等式のペアです。
$`\quad H(f)(a) = b \In H(Y)`$
集合 $`H(Y)`$ を離散圏とみなせば、等式は射です。$`H(f)(a) \to b`$ と書いたほうが感じが出るかも。
$`H`$ の定義から:
$`\quad a: A \to U(X) \In \cat{C}\\
\quad H(f)(a) = \cat{C}(A, U(f) )(a) = a; U(f) \; : A \to U(Y) \In \cat{C}\\
\quad b: A \to U(Y) \In \cat{C}
`$
したがって、等式 $`H(f)(a) = b`$ は次のように書けます。
$`\quad a; U(f) = b \; :A \to U(Y) \In \cat{C}`$
この等式を満たす $`f:X \to Y`$ が圏 $`\cat{E} = \int^\cat{D} H`$ の射です。この事実は次節で使います。
さて、「関手の表現可能性と、要素の圏の終対象・始対象」で述べたこと(の双対バージョン)は、グロタンディーク構成 $`\int^\cat{D} H`$ の始対象は、余前層 $`H`$ の余表現対象と余普遍元を与える、ということです。
圏 $`\int^\cat{D} H`$ の始対象があったとして、それを $`(W, h)`$ とすると:
$`\quad W\in |\cat{D}|\\
\quad h \in H(W) = \cat{C}(A, U(W))\\
\text{i.e.}\\
\quad h : A \to U(W) \In \cat{C}
`$
始対象の一部である $`h`$ が余普遍元で、アドホック随伴系のアドホック単位となります。つまり、始対象 $`(W, h)`$ は、余表現対象と余普遍元(=アドホック単位)のペアなのです。
忘却関手でラップしたアンダー圏
アドホック随伴問題から構成した余前層 $`H`$ のグロタンディーク構成 $`\int^\cat{D} H`$ と同型な圏を構成します。この圏を、$`U`$ でラップしたアンダー圏〈$`U`$-wrapped under category〉と呼ぶことにします。$`U`$ でラップしたアンダー圏は、$`\int^\cat{D} H`$ と同型なので、同一視可能な圏ですが、定義としては、$`U`$ でラップしたアンダー圏のほうが分かりやすい気がします。
圏 $`\cat{C}`$ と、対象 $`A\in |\cat{C}|`$ に対してアンダー圏〈under category〉$`{^{A/}\cat{C}}`$ は次のような圏です。
- 対象は、$`s: A \to S \In \cat{C}`$ という射
- 対象 $`s:A \to S`$ から $`t:A \to T`$ への射は、$`s;u = t`$ という等式を満たす $`u: S \to T`$ という射(下の可換図式参照)。
$`\quad \xymatrix{
{}
&{A} \ar[dl]_s \ar[dr]^t
&{}
\\
S \ar[rr]^u
&{}
&T
\\
}\\
\quad \text{commutative }\In \cat{C}
`$
アンダー圏 $`{^{A/}\cat{C}}`$ における結合と恒等射は明らかでしょう。
$`U : \cat{D}\to \cat{C}`$ を関手として、対象 $`A\in |\cat{C}|`$ に対して、$`U`$ でラップしたアンダー圏 $`{^{A/}U(\cat{D})}`$ *1を定義します。
- 対象は、$`x: A \to U(X) \In \cat{C}`$ という射
- 対象 $`x:A \to U(X)`$ から $`y:A \to U(Y)`$ への射は、$`x;U(f) = y`$ という等式を満たす $`f: X \to Y \In \cat{D}`$ という射(下の可換図式参照)。
$`\quad \xymatrix{
{}
&{A} \ar[dl]_x \ar[dr]^y
&{}
\\
U(X) \ar[rr]^{U(f)}
&{}
&U(Y)
\\
}\\
\quad \text{commutative }\In \cat{C}
`$
$`U`$ でラップした($`A`$ の)アンダー圏の定義を前節の $`\int^\cat{D} H`$ の定義と比べれば、同型な圏だと分かります。
$`\quad {^{A/}U(\cat{D})} \cong \int^\cat{D} H \In \mbf{CAT}`$ (圏同型)
$`U`$ でラップした($`A`$ の)アンダー圏に始対象が存在して、それが次の形だとします。
$`\quad h:A \to U(W) \In \cat{C}`$
これが始対象だということは、任意の対象 $`y : A \to U(Y)`$ に対して、以下のような $`g: W\to Y`$ が一意的に存在することです。
$`\quad \xymatrix{
{}
&{A} \ar[dl]_h \ar[dr]^y
&{}
\\
U(W) \ar[rr]^{U(g)}
&{}
&U(Y)
\\
}\\
\quad \text{commutative }\In \cat{C}
`$
この対応メカニズム $`y\mapsto g`$ は、任意の $`Y`$ に対して次の写像を定義します。
$`\quad \psi_Y : \cat{C}(A, U(Y)) \to \cat{D}(W, Y)`$
逆向きの写像 $`\phi_Y`$ は次のように与えます。
$`\text{For }g\in \cat{D}(W, Y)\\
\quad \phi_Y(g) := (h; U(g) : A \to U(Y)\In \cat{C})
`$
$`\phi_Y`$/$`\psi_Y`$ がアドホック随伴系のアドホック転置/アドホック反転置になります。
おわりに
アドホック随伴系の議論は、(アドホックではない)自由-忘却・随伴系に対して適用することができます。随伴系の大域的な様子ではなくて、特定の対象付近での局所的状況を調べるときには、今回述べた手法が使えます。
(アドホックでもそうでなくても)自由対象を求めるとき、余前層の余表現問題に変換したり、グロタンディーク構成またはラップしたアンダー圏の始対象の問題に変換して自由対象を求めることができます。
*1:$`U`$ でラップしたアンダー圏は、一般的なコンマ圏の特殊ケースです。