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有田芳生氏「私が小選挙区をあきらめ比例単独に回った経緯」を語る(完結した)


 
【総選挙において東北ブロック単独で立候補した経過】についてネットでいくつかの言及を眼にした。「外部」からは見えなかっただろう。ここに当事者の私が経験した知るかぎりの事実を記録しておく。
 
(1)私は24年10月の総選挙で東京24区(八王子)で萩生田光一さんと闘い、小選挙区で敗北したが比例復活した。
 
(2)西八王子の事務所を拠点に次期総選挙もここで闘うべく1年3か月準備を続けてきた。昨年秋の運動会では萩生田さんから「積極的ですね」という言葉もかけられた。次の選挙も私が挑戦者だと認識していたからの発言だった。萩生田さんと私が「最終決戦」をすることは八王子の伝統ある市民運動のみなさんにとっても前提だった。(10まで続く)



【総選挙において東北ブロック単独で立候補した経過】
 
(3)1月10日。「読売新聞」が高市政権による解散を報道。それが正しいことが他のメディアでも報じられた時点で、私の事務所は街宣車、看板、ポスターなど宣伝物も発注、臨戦体制に入った。
 
(4)1月18日。安保法制成立に反対して11年続く駅前での「八王子アクション」が14時からはじまる直前だった。都連執行部のひとりから電話があった。用件は選挙区から撤退して比例候補に変更してくれないか、後任には2人を想定しているという。わけがわからない。どこの比例かを聞いても返事はない。驚いた私は無所属で闘う意思があると伝えて電話を切った。集会では萩生田議員と闘う意思を語り、選挙があるからだろう。いつもより多い参加者から拍手をいただいた。(10まで続く)



【総選挙において東北ブロック単独で立候補した経過】

(5)腑に落ちない私は集会のあとで都連の別の執行部に電話、選挙区変更は組織の決定なのかを問うた。返ってきたのは「戦略的判断」という言葉だった。「戦略的とは何か」と聞いても「戦略的」としか言わない。3回も同じ問いを繰り返した。意味なき会話はもういいと思った。そこで無所属で出ても支援するとした幹事長発言が事実かと問うたところ、「中道」は東京24区に候補者を出すとのニュアンスの答えがあった。これはダメだと思った。西八王子駅のホームに立っての会話だった。
 
(6)私が無所属で出れば八王子の選挙に混乱をもたらすだけで、萩生田光一議員と自民党が喜ぶだけだ。無所属での立候補は避けるべきだ。新宿に向かう電車でそう判断した。それしか道はなかった。そして確信した。私が33歳のときに出版した『現代公明党論』(1985年、白石書店)や、オウム真理教、統一教会を厳しく批判してきたことが、公明党の支援者である創価学会員に不安や忌避感をもたらすのではないか。執行部からそんな説明はいっさいなかったが、私はそう判断した。それが相手からの要求だったのか、それとも自主規制だったのか。当時もいまもわからない。(10まで続く)




【総選挙において東北ブロック単独で立候補した経過】
 
(7)自民党本部の25年11月14日から18日の調査では、萩生田光一さんが28・7ポイント、私が40・5ポイントだった。26年1月4日から8日の調査では、萩生田さん33・9ポイント、私が31・0ポイント。立憲民主党の調査でも私が約3ポイント負けていた。だが選挙は闘うことで活路は開かれる。そう思っていた。選挙直前に東京24区から撤退せよという真意は何か。私は野田佳彦代表に面談を申し入れた。
 
(8)1月19日。午後3時に議員会館の野田さんの部屋に行った。野田さんの説明はこうだ。〈昨年10月から新党の協議を続けてきた。合流ができて綱領と基本政策をまとめた。ようやく数日前に選挙をどう闘うかを斎藤鉄夫代表と話し合った。政策には書いていないが統一教会問題を争点化するため全国で訴えて欲しい。現職議員である立場は確保したい。南関東ブロックか東北ブロックを考えている。幹事長が「うちで引き取ってもいい」と言っている。東北は比例で6議席はいけると思う〉。私は対応を一任した。いっさい何の要求もしなかった。(次回で終わり)



【総選挙において東北ブロック単独で立候補した経過】
 
(9)立憲民主党関係者たちからは「口約束では何の保証もない」と強く指摘されたが、私は執行部を信じるしかなかった。それでいいと思った。1月23日に中道改革連合が発表した公認候補者7人の名簿で私は「比例東北ブロック」とあった。そこに順位はない。それから4日後の公示日。1月27日に「比例名簿搭載順」が公表された。私は東北ブロックの2位になっていた。
 
(10)私の活動についてまったく指示はなかった。自主的に行動するしかない。選挙の間、私は宮城、山形、福島、秋田、青森を回り、東京では11区(阿久津幸彦)、21区(鈴木烈)、25区(細貝悠)、30区(五十嵐えり)の応援に入った。依頼を受けていた千葉、愛知、鹿児島には時間が合わず、残念ながら伺うことができなかった。野田さんからのミッションである統一教会批判については、2月2日に立憲民主党本部で、最高機密文書「TM特別報告」の動画解説を若き公明党員たちによって撮影していただいた。そのダイジェストは、いまも私の「X」で公開している。(終わり)




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