(前座)信濃毎日新聞「解散権」社説
〈社説〉首相の解散権 「専権事項」に根拠はない
2026/01/16 06:00
信濃毎日新聞デジタル
「首相の専権事項だから」。衆院の解散が持ち上がる都度、政界で語られてきた言葉が今回も聞こえてくる。
当然のことのように受け取られがちだが、うのみにするのは間違いだ。憲法のどこにも、解散の「専権」を定める条文などない。
「全国民の代表」として選挙された全ての衆院議員の資格を失わせる重大な行為である。首相の判断一つで、いつでも振りかざせる権限ではあり得ない。
憲法7条は、天皇の国事行為の一つに衆院の解散を挙げる。その助言と承認をする内閣に実質的な決定権がある、という解釈に基づいて解散は行われてきた。
解散に関する条文はもう一つ、69条がある。衆院が内閣不信任を決議した場合だ。衆院が解散されなければ、内閣は総辞職しなければならないと定める。
解散は69条の場合に限られ、7条による解散は違憲だとして争った裁判がある。1952年の解散をめぐり、失職した議員が訴えを起こした「苫米地(とまべち)事件」だ。
最高裁の60年の判決は、解散は国家の統治に関わる極めて政治性が高い行為で、司法による審査の権限が及ばないとして、憲法判断を避けた。以来、7条解散は大手を振って行われてきた。
最高裁の判断の当否は置くとして、重要な政治課題について主権者の意思を確かめる上で、69条の場合に限らず解散を認めることには意味がある。しかし、国会に対する強力な権限の行使が無限定であるはずはなく、まして首相の独断専行であってはならない。
議院内閣制の下、立法府と行政府が対立して国政がマヒするようなときに、行政の機能を回復させるための一種の非常手段と考えるべきだ-。70年代に衆院議長を務めた故保利茂氏は、7条解散の乱用を戒める見解を遺した。
日本と同じ議院内閣制を取るドイツは、基本法(憲法)で解散権を厳格に制限している。かつてワイマール憲法の下で解散が繰り返され、政治が不安定化したことへの反省からだという。ノルウェーは解散の制度がない。
高市早苗首相は通常国会の早期に解散に踏み切る意向だ。一昨年秋の総選挙から1年3カ月。4年の議員任期の3分の2以上を残しての解散である。
憲法は首相に、意のままに衆院を解散できる特権を与えてはいない。政権の打算に基づく不当な権限の行使は、立法府に対する行政府の力を強大化させ、三権分立を危うくするばかりだ。
おまけ1 朝日新聞 南野森インタビュー記事
こちらの記事、今から24時間、無料で全文が読めます。
— 南野 森(MINAMINO Shigeru) (@sspmi) 2026年1月22日
>有料記事がプレゼントされました! 1月23日 23:46まで全文お読みいただけます
解散は首相の専権事項か 「誤解」指摘の憲法学者が衆院選に問うこと:朝日新聞 https://t.co/U3m6mvAr6s
――憲法における解散の規定とは?
実は、不明確で不十分だと言わざるを得ません。内閣不信任案が可決され、内閣総辞職か衆院解散を選ぶ69条を除けば、具体的な条文はない。憲法制定直後は69条に限定されていました。
敗戦後の日本を占領・統治したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)撤退後、天皇の国事行為として内閣が助言と承認をすればよいという理屈が政府解釈となり、7条に基づく解散が常態化しています。司法も判断を避けてきた。
しかし強大な権力である以上、目的に照らして不適切な解散は「権力の乱用」として厳しく批判されるべきです。
――認められる目的とは。
たとえば、①衆院で内閣の重要案件が否決、審議未了になった場合、②政界再編など内閣の性格が基本的に変わった場合、③内閣が基本政策を根本的に変更する場合などがあげられる。これに対し、内閣の一方的な都合や党利党略で行われる解散は不当であるとされています。
――連立枠組みの変化は、②にあたらないのでしょうか。
公明党から日本維新の会へという連立の枠組みの変化は、自民党が中核となりその総裁が首相を務めるという基本的な政権の性格は変わっていないので、該当するとは考えにくい。
仮に野党が一本化して、比較第一党の自民党以外の党首が首相になっていれば、24年衆院選の結果からは予期されない枠組みの変更であり、解散の目的に合致する可能性はあったでしょう。
ほぼ同じ内容(同じ論者だから当然だが)はこちらでも語られる。
news.yahoo.co.jp
おまけ2 2017年バズフィード記事
www.buzzfeed.com
《たしかに、特定の解散が憲法上認められるか否かを、具体的に白黒判断するのは難しい、というところはあります。しかし、憲法学者の多くは首相にフリーハンドで解散権を与えているわけではないとう点で一致しています。
少なくとも内閣と国会、特に衆議院で対立があるのか。重大な政治課題があるのかどうか。
ここは極めて重要です。》
おまけ3 2017年の国会解散を論じた社説集
雑感 (多くは過去記事で語ったり紹介したものです)
2016-17年にかけてまとめた旧togetter、現posfieがある。
(こうやって参照できるだけでposfieのありがたみ、文化的意味がわかる。これなしで、当時の「twitter」の議論をこれと同規模に追えるかい?)
posfie.com
Takehiro OHYA
@takehiroohya
①まあ切込隊長氏の都知事選の形容(50億ガチャ)じゃないですが総選挙には莫大な人的経済的資源が必要になるわけで、面白半分にやるんじゃねえという話は当然にあります。 twitter.com/gryphonjapan/s…
②他方、そこで解散権を法的に拘束しようとしてもあまりうまくいかない。「不信任の場合のみ」が機能しないか不信任決議の意義を減殺するという点は前述。 twitter.com/gryphonjapan/s…
③「与党議員は不信任に参加できない」とすると議員の独立性を損なうし、ハプニング解散(1980)のように与党内で対立が本当に生じた場合を処理できない。 twitter.com/gryphonjapan/s…
④もう不信任もやめて定期的な選挙だけにするというのは、当然ながら政府に対する民主的統制を著しく弱める。うまい方法がないので、もう解散の適切性については人民の判断に委ねるしかないんじゃねえかというのが通説的見解でしょうね。 twitter.com/gryphonjapan/s…
⑤つまり政権としては好都合なタイミングを見計らって解散するものの、その適切性や必要性は有権者の判断材料になるから、それでいいと。この場合、成功した解散の大義についてやいやい言うても所詮は引かれ者の小唄ということに文字数(終) twitter.com/gryphonjapan/s…
Gryphon(INVISIBLE暫定的再起動 m-dojo)
@gryphonjapan
井上武史氏は「首相の解散権を明文規定化する改憲が必要では」と仰ってますね。
こういう時、このままにしておくのと
首相に不信任以外の解散権が「ある」or「ない」と明文化するのと
どちらが立憲主義なりや?
twitter.com/inotake77/stat…
井上武史 Takeshi INOUE
@inotake77
憲法改正は「内閣の衆議院解散権の明文規定化」から始めるのが良いと思っています。確立している政治慣行を明文化するというのは、憲法改正の十分な理由になります。あわせて、近時の欧州諸国のように「解散権の制約」を入れるかどうかがポイント。ここは政権・与党の胆力が試されるところです。
「読んだだけでは憲法実践が理解できない憲法」のどこが立憲主義的かというのが私の年来の主張でして、理解がほぼ一致している点だけでも明文化しておけと思うのですが、とにかく変えたくない派が「蟻の一穴」論で抵抗するのです。 twitter.com/gryphonjapan/s…
Takehiro OHYA
@takehiroohya
①昨晩の話の補足。法律家であればおそらくほぼ全員が同意するのは、誰が読んでも一定の理解に達する完全な法典は作れない、ということ(ナポレオン法典の夢とその挫折、あるいはベンサムのパノミオン構想)。典型的なトラブルは法制定時に予想していなかった事態への対応。
②なので、どうしても共通理解とか慣習に頼る部分は出てくるというのが第一の話。しかしこれを放置していると運用・教育コストが次第に上がっていく。近年ではグローバル化の影響があり、「外国の法曹や利害関係者に対して説明可能か」という問題も考慮しなくてはならない。
③だから明文改正によって解釈の範囲を限定し、運用・教育コストを下げる試みが必要になる。のだが、法改正は法改正で一時的にかなりの社会的コストが必要になるという問題がある。具体的には国会での審議日程とか法制局の審査時間とか所轄官庁の担当官の労働とか労働とか労働とか。
④なので「必要になれば気軽に改正」とはいかず、特に多くの法から参照されるような基本的法律ほど改正にかかる負荷が重いので、ある程度貯めておいてタイミングの合ったときにえいやとやることになる。逆に言うと慣習や理解に頼る部分が多くもなる。
@takehiroohya
⑥90年代以降、問題の刑法をはじめに基本的な法律の補修作業を順に進めてきて、まあ内容に異論は出ているものの民法債権法もそろそろかなあという気配。そこで70年そのまま置いておいたものはそのままでいいんですかねえという話は《技術的に》あるわけですよ。
⑦(しかも、以前にも書いたことがあるけど日本国憲法がその理念や内容はともかくとして法文としてさまざまに不出来であるというのは多くの人が認めているわけでね。)
⑧なお明文規定も意味を制約することはできないという立場から、しかし成文硬性憲法典を定めることの意味について論じたのが「根元的規約主義は解釈改憲を放縦化させるのか」『岩波講座憲法1』(岩波書店2007)ですが、H先生はお読みでないようでした(まあそんなもの)。どっとはらい。
「黒猫解散」「茶柱解散」があったっていい、と思ってる
なんのことかといえば、時の総理大臣が「茶柱が立った!解散だ!」とやってもいいし「黒猫が前を横切った!解散だ!!」でもいい、という話。
そんなアホな理由で解散するな、と思うだろ?ならその思いは、多数派有権者が、時の首相の反対党に一票を投じる行為となり、その首相は選挙後の首班指名で多数を取れず、それで万事OKだろう、という話。
上の、大屋せんせのいうところを、極端にしたのだよ。
「だけど愚かな愚民は、そんな愚かな決断をした首相をアイドル的な人気で判断して投票し、勝っちゃうかもしれないだろ?」と、野の遺賢は憂えるだろう。
しかし、その時は民主主義に「殉じる」しかないのではないかね?
「独裁国となって存在するより、民主国家として滅びるべきだろう」(アレクサンドル・ビュコック)というやつっす。
しかし別の「賢者」がそれにブレーキをかけるべきだ、という理屈も解る。しかし、その「賢者」を屏風から出せ???
社説子?
憲法学者?
・・・・・・・・・・陛下?

これ、たんなるパロディじゃなくてまじめな話よ。
おしなべて、政治家一般について「誠実さや公平性などを信用できますか」と言われれば鼻で笑って信用できるわけねーよ、の一択であろうが、
「政治家一般と憲法学者一般、誠実さや公平性を比較して、どちらがより欠けていると思いますか」という問いを投げかけられたら、これ超絶難問でしょ?(笑)
2026年1月現在の比喩でいえばきのこたけのこ論争を超えて(たけのこだし)、「堀口恭司vs平良達郎、どちらが強いか予想してください」より難問だ、と思う。
だから、現実にでなく、「かのように」の立場で言えば、幻想であっても「最大に賢い」というか、「間違っていてもその間違いに殉じる価値がある」と一応はされる「民意」に下駄をあずける。解散というのは構造的に数十日後、早い時には12日後(笑)に一応「民意」が示されるのだから。えっ、ムサシが……それは「兵頭正俊の優しさ出前」の方に任せる。

制度的な制限、解散を止められる、或いは強制できる「賢者」の例【AIに聞いてみた】
Q:英国で国王が議員解散に反対できるか
英国において、国王は形式上、首相による議院(下院)解散の要請を拒否(反対)する権限を持っています。
2026年現在の憲政上の状況に基づき、以下の3つの主要なポイントにまとめられます。
1. 国王の権限の現状
かつて「議会任期固定法(2011年)」により国王の解散権は事実上制限されていましたが、2022年に施行された「議会の解散及び召集に関する法律」によって、国王の解散大権(Royal Prerogative)が完全に復活しました。これにより、再び国王は首相の要請を受けて議会を解散する役割を担っています。
2. 拒否できる条件(ラスセルズの原則)
国王が首相の解散要請を拒否できる具体的なケースは、憲政上の慣習である「ラスセルズの原則(Lascelles Principles)」に基づき、以下の3条件をすべて満たす場合とされています。
議会がまだ有効に機能している: 議会にまだ解散すべきでない重要な役割が残っている場合。
総選挙が国益を損なう: 選挙の実施が国家経済や社会に悪影響を及ぼすと判断される場合。
別の首相を見つけられる: 下院で多数派の支持を得て、安定した政権運営ができる別の人物(次期首相候補)が確実に存在する場合
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Q:大統領が国会解散の是非を判断する国は有るか
大統領が国会(議会)の解散の是非を自ら判断し、行使できる国は複数存在します。代表的な例は、大統領が強い権限を持つ「半大統領制」の国々や、議院内閣制において大統領が憲法上の「調整者」としての役割を持つ国々です。
2026年現在の状況に基づき、主な事例を挙げます。
1. フランス(半大統領制の代表例)
※フランス大統領が解散権を持つのは、ちょっと別の意味なので割愛。
自分が注目するのは、「本来、大統領は象徴的な役割だが、この議会解散だけ判断の権限がある」という国。以下の…
2. ポルトガル(大統領が強い調整権を持つ例)
ポルトガルの大統領は形式的な存在に近いとされることもありますが、実際には議会解散の決定権を実質的に保持しています。
権限: 憲法第172条により、議会が政治的危機に陥った際などに、大統領が自らの判断で議会を解散し総選挙を命じることができます。
現状: 2026年1月にはポルトガル大統領選挙が行われており、新大統領がこの解散権をどのように行使し政局を安定させるかが注目されています。
3. ドイツ・イタリア(条件付きの判断権)
これらの国では、大統領は通常「象徴的」な存在ですが、特定の条件下では解散すべきかどうかを実質的に判断します。
イタリア: 首相が辞任し、後任の連立政権が組めないと判断した場合、大統領(セルジョ・マッタレッラ大統領など)が議会を解散します。
ドイツ: 首相が信任案を提出して否決された場合、大統領が「解散するか、それとも解散せずに続行させるか」を判断する21日間の猶予を持ちます。大統領は首相の解散要請を拒否する権限を持っています。
あ、こんな一覧の図があった

たとえば頭の体操で「天皇は内閣の恣意的な解散を、陛下の叡慮をもって拒否できる」と見なすと…
日本国憲法7条に基づいての解散があるなら、その時に天皇が「うむ、ここは解散すべきである」「この解散には大義が無いぞよ」と宣言し、ベトー(拒否権)をつきつける権限があればたいへんすっきりするし、そういう光景を見てみたい気もなくはないのだが、「ベトー」を天皇がやっていいのか、どうか。ここは明白だ。
私がもし開戦の決定に対して「ベトー」をしたとしよう。国内は必ず大内乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の生命も保証できない、それはよいとしても結局狂暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行われ、果ては終戦も出来かねる始末となり、日本は滅びることになったであろうと思う」
あるいは、こういうことが言われかねない

それに比べると、ドイツやイタリアは、普段は象徴的とはいえ、大統領もいちおう、民意の洗礼を経て選ばれている。そういう存在の彼らなら、その結論は良いか悪いかとは別に、そういう権限を付与する「大義」はそれこそ存在しよう。
ただ、その場合はそういうことを憲法で制定しといてね、だと思う次第。
憲法学者が信用できるか?という話をしたけど、たとえば憲法の中に「憲法裁判所」が設定されていて、そこが解散の正当性を判断する、そんなスキームができていれば、そこに委ねるよ、ふつうに。
七条解散は憲法上、本来あり得ない、というのは事実だと思う。だが……
ただ、日本の「七条解散」が日本国憲法の誤読で、本来は認められるはずではなかった、というのは歴史上も、解釈上も相応の根拠があり、たぶん自分もそうだと思う。
じゃあ、そんなインチキ解散がなんでまかり通って慣習化したんだ、という経緯もひと通りはかじったけど、
そんなんでいいんか、とは思うね。
ただ、「よくない」といえば、やっぱり遡って、すべての七条解散とその結果の議会を「アレ」認定するべきかと思う。
あと「行き詰った時や与野党対立の時は仕方ない」とかも無し!だと思う。
正直、「七条解散はけしからん、とか本来は認められず…」みたいなのは、今回とか前回の石破政権の解散のように「与党、内閣が有利だと思って(誤解して)解散しようとする時」に出てくることが多くて、逆に政権が不人気の時「はやく解散して国民に信を問え」とかいうから、不信感がある。
「七条解散けしからん(憲法上は認められない)」を貫くなら、その種の、内閣与党の人気が絶不調でも「不信任案が数的に(造反が無ければ)通らない以上、次の任期満了選挙まで同党首班からの内閣が続くのは仕方ないことだ」という論陣を張っていれば、もっと七条解散反対論の重みがあるのにねぇ(笑)
だからこそ「首相には不信任案成立以外でも解散権がある」と、憲法改正で明記すべき、という改憲案があり、これこそが「立憲主義」かもしれぬ。
憲法改正は「内閣の衆議院解散権の明文規定化」から始めるのが良いと思っています。確立している政治慣行を明文化するというのは、憲法改正の十分な理由になります。あわせて、近時の欧州諸国のように「解散権の制約」を入れるかどうかがポイント。ここは政権・与党の胆力が試されるところです。
— 井上武史 Takeshi INOUE (@inotake77) May 15, 2016
七条解散は不可能である、というラディカル論でも、黒猫・茶柱で解散してもいい、という別方向のラディカル論も、できるけれども、その状況は限られる、でも「現憲法では、それがはっきり書かれてない」と認めてる。それは共通認識やろ?なら、マッカーサーの見逃したそのポンコツ部分を、明文ではっきりさせる、というのもあり得る議論だろう。てかそれが立憲主義だろう。「恣意的解散」を制限したい人は、それを盛り込むよろし、と。
同じことは、議員の要請を受けてからの、内閣の国会召集までの期間に日数の期限を盛り込む、という話も同様に言える。改憲して書き込めばいいと。
そもそも「この解散は党利党略!」って判断は「その結婚は、恋愛は金目当て!」と判断するのと同様の難しさがある
そういうのは「あるか、ないか」でいえば確かに「ある」。だけど、「それを外から証明できないだろ」という点も、同様だ。あなたの配偶者は……
しかし、10年ちょっと前はこの話「英国を観よ、あそこは解散権を制限したぞ!」を必ず言ってたんだけどね。
その英国が「やはり制限は失敗だった」と撤回しちゃった。
Q;英国の議会解散制限法の顛末を教えて
英国の議会解散制限法(正式名称:2011年議会任期固定法)は、2022年に廃止され、首相の解散権が復活するという結末を迎えました。
この法の導入から廃止までの主な経緯は以下の通りです。
1. 導入(2011年)
目的: 保守党と自由民主党の連立政権下で、保守党(当時のキャメロン首相)が有利なタイミングで勝手に解散して連立を解消することを防ぎ、政権を安定させるために制定されました。
内容: 首相の恣意的な解散権を制限し、議会の解散には「下院の3分の2以上の賛成」または「内閣不信任決議」が必要と定められました。
2. 制度の機能不全(2017年〜2019年)
2017年: メイ首相がEU離脱交渉を有利に進めるため早期解散を提案し、野党の賛成により特例的に解散が実現しましたが、結果として与党は過半数を割り込み、政権は弱体化しました。
2019年: ジョンソン首相が離脱交渉の行き詰まりを打破するために解散を試みましたが、野党側が条件(合意なき離脱の阻止)を盾に解散に反対し、議会が「麻痺状態(デッドロック)」に陥りました。
最終的にこの年は、2011年法の要件(3分の2の賛成)を回避するため、「2019年12月に総選挙を行う」という別個の特例法を単純過半数で成立させるという強引な手法で解散に至りました。
3. 廃止と解散権の復活(2022年)
2022年議会解散及び召集法: ジョンソン政権は、2011年法が「議会の麻痺を招き、民主主義を阻害した」として、これを廃止する法律を成立させました。
現状: 2011年法が制定される前の状態に戻り、「首相が国王に解散を助言する」という伝統的な解散権(国王大権)が復活しました。
司法的審査の排除: 復活した解散権について、裁判所がその妥当性を判断(司法審査)できないようにする「排除条項(ouster clause)」も盛り込まれました。
2024年7月の総選挙も、この復活した権限に基づき、当時のスナク首相が自らの判断で国王に解散を助言したことで実施されました。
AI の回答には間違いが含まれている場合があります。法的なアドバイスについては、専門家にご相談ください。 詳細
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14 件のサイト
Tried and tested system for calling elections restored - GOV.UK
2022/03/24 — The Dissolution and Calling of Parliament Bill has today rec...GOV.UK
2011年議会任期固定法 - Wikipedia
概要 本法は、従来の庶民院を解散する国王大権(実質的には首相の判断による解散権)を廃止し、庶民院の解散を内閣不信任が決議...General elections - UK Parliament
What was the Fixed-term Parliaments Act? The Fixed-term Parl...UK Parliament
「解散は恣意的にはできない、不信任案可決でなければ」といっても、与党の一部が形式的に不信任しちゃえば同じことでは?
Q:内閣が、意図的に与党に形式的な不信任を可決させて、議会を解散した国の例がありますか
内閣が意図的に自らへの不信任(または信任案の否決)を演出して議会を解散する手法は、憲法上の制約により解散権が制限されている国で、その制限を回避するために用いられることがあります。
代表的な例はドイツです。ドイツではナチス時代の反省から、議会が自ら解散することや首相が恣意的に解散することを禁じていますが、これを突破するために「わざと信任案を否決させる」手法が取られてきました。
1. ドイツの事例(信任案の意図的否決)
ドイツ基本法(憲法)第68条では、首相が提出した「信任決議案」が否決された場合にのみ、大統領が議会を解散できると定めています。これを利用した事例が複数あります。
1982年・1983年(ヘルムート・コール首相)
政権交代直後、国民の信を問うために早期解散を望んだコール首相は、与党議員に「棄権」を指示して信任案をわざと否決させました。この手法は憲法裁判所に持ち込まれましたが、「政権の維持が困難な状況であれば許容される」との判断が下されました。
2005年(ゲアハルト・シュレーダー首相)
地方選挙での大敗を受け、シュレーダー首相は自らの政策への支持を問うため、与党議員に信任案への反対・棄権を促して否決させ、解散を実現しました。
2024年・2025年(オラフ・ショルツ首相)
2024年11月に連立政権が崩壊したことを受け、ショルツ首相は早期選挙を行うため、同年12月16日に信任案を提出。意図的に否決(信任207、不信任394)される道を選び、2026年2月の総選挙に向けた解散を確定させました。
南野森氏が今年の朝日新聞で言ってた「首相交代は、与党内でのものだから解散の大義にはならない」論、山口二郎氏は以前別のこと言ってた
――認められる目的とは。
たとえば、①衆院で内閣の重要案件が否決、審議未了になった場合、②政界再編など内閣の性格が基本的に変わった場合、③内閣が基本政策を根本的に変更する場合などがあげられる。これに対し、内閣の一方的な都合や党利党略で行われる解散は不当であるとされています。
――連立枠組みの変化は、②にあたらないのでしょうか。
公明党から日本維新の会へという連立の枠組みの変化は、自民党が中核となりその総裁が首相を務めるという基本的な政権の性格は変わっていないので、該当するとは考えにくい。
これなんかまさに「誰がそう判断するの?」な案件だが、それはそれとして、山口二郎氏は以前「首相が交替したら議会は解散されるべきなのだ」と語ってた。第一次安倍内閣、つまり小泉純一郎⇒安倍晋三の交代のときだ。
鮮明に覚えてるよ。だって自分、「へー、そんな考え方もあるのか!」と感心したからね。
実際、当の自民党が党内総裁選を経ての首相交代で、それをやらない、やる気配を見せないことはたびたびあったから、都合のいい時だけそれを名目にすんな、とも思うが、ただともかく、首相が変わったら解散すべきor解散していい、という声があったことを記録しておく。
「高市首相か野田首相か、選んでほしい」という言い方は憲法原則から見て危険?ほんとかいな??
これまた南野森先生のご意見だが
また首相は「高市早苗に、国家経営を託していただけるのか。直接、ご判断を頂きたい」と述べた点は、憲法の原則に照らして危険な発言です。
【「高市政権か、否か」の問題は】
――どういうことでしょう。
憲法は議院内閣制を採用しています。国民が直接選ぶのは国会議員であり、その国会議員が協議して内閣総理大臣を選ぶ制度です。
首相が立憲民主党の野田佳彦代表や公明党の斉藤鉄夫代表らの名をあげ、まるで人気投票かのように選択を迫り、選挙後には白紙委任を求めるような姿勢は、議院内閣制の原則をゆがめ、権力の独走を招きかねない。注意が必要です。
これはおかしかろう。
だって、国会議員が首相を選ぶ、それは憲法上そうなっているのだけど、そこから「政党政治」を積み上げ、「多数党」の「党首」が首班になる(べき)、との『憲政の常道』をつくりあげた、はずだ。
国会議員が首相を選ぶのだ、ということで、現職首相=連立与党の第一党党首、や「天皇陛下の反対党」たる、野党第一党の党首(共同代表のどっちが首相候補か?は記者会見で聞かれるようなイッシューだったね)をピックアップして、「首相候補」として扱うのは『人気投票』でなく、政党政治の帰結と伝統だろうよ。
英国政治を「キア・スターマー(労働党・現首相)かケミ・ベイドノック(保守党)か?」というふうに見ちゃあかんの??
ほんと、何言ってんかねえ……というのをSNSで問うてみたいところだけど、南野森先生からブロックされてるのでできない、というオチでした(笑)
(了)