

…ってこれ、ホーリーランドそのものの真似っていうより、3年B組一八先生のパロディじゃん。素人には「モノマネのモノマネ」のほうが簡単なんだよね。
さて本題、この前ちょっと話題になったが
という話。てか4日前にわざわざブログ記事でも取り上げてるじゃん俺が。
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かってこんな話も竹熊健太郎氏が体験したとか…
togetter.com
で、私見では(って書くとホーリーランドぽくなるな)、今回の新作仮面ライダーの設定について、ただDダイバーを発表してた、というだけでなく「打ち合わせ」「協力」を行った以上、疑念を持つのは当然だろうという立場に自分も立つし、そこは揺るぎない!(繰り返し)
偶然 映画版のPにアイデアを伝えて
— Gryphon(INVISIBLE暫定的再起動 m-dojo) (@gryphonjapan) 2025年9月5日
偶然 それが夢の中での変身で
偶然 映画とTVで「仮面ライダー」が共通していて
偶然 新ライダーの性質は…https://t.co/HYIQwnZxM2 pic.twitter.com/VJRP6xaTTu
こう書きこんだ通り。
ただ、その一方で…これも過去記事に書いた通りだが、そもそも自分はDダイバーの連載が始まってそれを紹介する時に、過去の「夢の中での戦い」「夢の中での能力者」の物語を想起し、それと比較している。
みたび掲載する。
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もちろん第一話であるからこの後、似ても似つかぬコンセプトに代わっていく可能性もあるけど、一応一話ではそういう感じだった…
いちばん感心したのは、その「基本設定はそういうふうに先行作があっても、ちゃんとそこから枝分かれさせた別物が作れる」という実例としてだ。
「誰かの夢にいつも現れて、その夢の中で相手を襲う?その設定、あまりにも『エルム街』じゃないですか」で、このアイデアを放棄したら、こんな面白そうな話は出来んのですよ。
・それを主人公の側の能力にする
・それで「悪を懲らしめる」
こう、発想を転換したら、それで斬新なものが生まれる予感がする。
学ぶべき点です。
・・・・・・で、更にふと思い出した。デストロイアンドレボリューションです。
これも2001年に連載第一回を読んで紹介してるんだから、我ながら森恒二推しです。
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傑作ですよ?
ただね。この作品の基本設定なんだけど……
・その若者は、取り立てて冴えたところのない、目立たぬモブ的な存在。
・だが、秘めた超能力を持つ。それはわずかながら空間を超越し、遠方の物質を少しばかり「切り取る」ような能力


・自分ひとりのときは、そんな能力は何の役にも立たない、生産的ではないと自認しており、それまでだった。
・だが、その能力に目を付けた、何かを感じた人間がいる。ほんの僅かだけ物体を「切り取る」?いや、それをこんなふうに駆使すれば社会は大騒ぎになるぞ!!


・しかし、主人公は一瞬そういう運動に共感も示すが、基本的に善良な部分を持っているので「能力を悪に使ってはいけない」という考えにいたり、超能力で社会を変えよう、そのためには犠牲もやむなしという一派と対立する…


■七夕の国 1997年
■デストロイアンドレボリューション 2011年
しかもだが、上の話に似たコンセプト(基本設定)の作品がもう一作……
■なにかもちがってますか(2009年)



これもまた、上で箇条書きした話が大体共通してる。
しかし、そこで読んでいうが、
自分はこの3つは、ふつうに広い漫画界に共存共栄しえるし、どれがどれを模倣したとも思わない。ただ、基本設定、先行作品がその後の作品に影響を与えた可能性は大いにある、と思っている(想像している)。
しかしそれは、「なろう」でほぼ共有の常識となった「すぐれた『基本設定』は公然と受け継いで良い」ということと表裏一体であると思っている。
その結果として「悪役令嬢」や「パーティ追放」「はずれスキルと思ったらそれで無双?」「チートな能力者が野心をもたずまったりスローライフ」うんぬんかんぬんが生まれた、って話かと。
その前にもちろん「ゾンビ」とか「タイムパトロール」とか、あるわけだが。
特に結論なく。
思えばこの話、結構書いてたなあ。
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