「週刊漫画times」は、言っちゃ悪いが日本の漫画シーンの中で、それほど巨大な存在感があるとは思えない。
だが、自分は結構読んでいる。
なぜかというと、
・サブスク「ブックウォーカー」に参加してる珍しい漫画週刊誌。
・だが、読める期間はたった1週間
・だからついつい、ほかの読める期間が長い雑誌よりこっちを優先して読んじゃう
https://comic-walker.com/
いや、ほんと変な話だがそんなもんよ。
だけど、やっぱり時々はドラマ化されたりアニメ化されたりの作品もある
ごほうびごはん、
妻、小学生になる
などかな
そして「信長のシェフ」も、現代の知識と技術を持つ人間は戦国時代に行き、織田信長と出会い、進取の気性を持つ信長に重用される…みたいな、何度目だ?の設定ながらなかなか丁寧に色々描写し、良い作品に仕上げていた。
ここでも何度か紹介したっけか。
きのうまで1-3巻80円台だったんだけどな。まあまたセールもあるだろう。
本題。
その「信長のシェフ」梶川卓郎(最初は原作付きで途中から単独に、とのこと。コメント欄見てください)の新作が数号前から始まった「海賊×少女」であります。
まだ、戦国の世に入ったとは言えない時期の、室町時代……まだまだ地味だが、少しづつ人気が出ているのもまた事実です。
それは間違いなく、室町時代を「アナーキー」「ハードボイルド」な「ワンダーランド」として描き、週刊文春のコラムをまかされるまでになった子の人が原動力のひとつでしょう
で、この中世…江戸幕府が猛獣のようなサムライを儒学などを活用して、やっと飼いならす以前のアナーキーなところは、ぶっちゃけネット上でおもちゃになったし(笑)
そして倭寇まで入ると、いわゆる現在、近代の国境意識を越えたマージマル性も加味される。
う、マージナルというと、現代思想がちょっと入りそうだな、おおやだ。現代思想はちょっと敬して遠ざけつつ・・・・・・・
そういうたぐいのことを描きますよ、という宣言が、連載第一回で11ページもつかって(爆笑)「寧波の乱」を描いたってことよ。


わるい予感がするのう(男塾調)。


ま、この種の乱暴で野蛮な日本人、的な評価は、笑い話や自虐でありつつも、そこまで周囲をビビらせていた蛮風に痛快な部分を感じている、という面もあるだろう。鎌倉武士、薩摩藩、モンゴル、ヴァイキングなどの人気に似ている部分がある。
ただ、その一方でこの時代から、日本の戦士階級が持つ、ある種の克己心や名誉尊重の意識に諸外国が「一目」置く意識も、間違いなく芽生えていたようでもある。
もちろん「だからかかわらんとこ…」とか「おだてて乗せれば、いい戦争奴隷とか傭兵として使えるかもな…」的なアレでもあるが

ということで、おそらく「信長のシェフ」作者の新連載「海賊少女」は
・戦国突入前の室町時代を舞台に
・当時の日本サムライ階級の野蛮、無法、アナーキーさと
・一緒に芽生えていた自律的な名誉感情と
・国を超える倭寇(倭寇と言いつつ日本人だけではない、史実通り)のマージナル性。あと琉球国の国際性
・・・・・あたりをテーマにするのではないかと。
物語を進めるマグガフィンは、あまり日本ナショナリズム史観が強調したくないというか忌まわしいものとして扱うこれだし

あと、中世までは存在し、近世を経て滅びた風習や意識のトリビアも扱われていくような感じである
このはなしなんかは「無縁・公界・楽」とか、「アジール」論に通じるのではないか

で、この種の元ネタとして、どうもこういう本(と、元資料)があるらしい。
16世紀半ば、戦国時代の日本をルポルタージュした中国人がいた。その後すっかり忘れ去られていた貴重な記録『日本一鑑』には、いったい何が書かれているのか。明清時代の中国を、ユーラシアの陸と海から大きな視点でとらえた著作で高く評価される著者が、日本の戦国時代を描き直す意欲作。
1523年、戦国日本の有力者、大内氏と細川氏が日明貿易をめぐって争い、中国の港町を争乱に巻き込んだ「寧波事件」は明朝に衝撃を与えた。密貿易と倭寇への対策に悩む朝廷の命を受けて、日本の調査のために海を渡ったのが、『日本一鑑』の著者、鄭舜功である。「凶暴、野蛮な倭人」という従来の先入観にとらわれない鄭舜功の視線は日本の武士から庶民におよぶ。生活習慣や日本刀の精神性、切腹の作法、男女の人口比など多岐にわたって、凶暴なるも礼節を重んじ、秩序ある日本社会を描いている。
また、日本さらに畿内への詳細な航路の記録は、当時の日本の政治・軍事状況を映し出す。九州の東西どちらを通るのか、瀬戸内航路か太平洋航路か――。しかし、大きな成果をあげて帰国した鄭舜功には、過酷な運命が待っていたのだった。
本書によって、日本の戦国時代は、応仁の乱から関ヶ原の合戦へという「陸の物語」ではなく、実は日本からの銀の輸出と海外からの硝石・鉛の輸入を主軸とする「海の物語」であったというイメージが、新たに像を結んでくるだろう。目次
はじめに─―忘れられた訪日ルポには何が書かれているのか
序 章 中世の日本を俯瞰する
第1章 荒ぶる渡海者
第2章 明の侠士、海を渡る
第3章 凶暴なるも秩序あり
第4章 海商と海賊たちの航路
終 章 海に終わる戦国時代
あとがき
わかりる?倭寇の被害に辟易し、「対策を講じねば」と思った明国、まずこの野蛮集団の風俗、気質、武力、政治状況などを探れ…と、スパイというか観察者を送り込んだんよ。その目で見た日本。
ここから数十年後の、ポルトガルの宣教師の日本報告は有名で活用されるが、こっちの記録は書名すらそれほど有名じゃないでしょ
自分はどこかの新聞か雑誌の書評で知ったのかな・・・・・・・・たぶんそうだと思う
最近見つけた『戦国日本を見た中国人』読んでいるけど面白い。
— 理表 (@Rihyo37) July 9, 2025
倭寇対策のため訪日した明人、鄭舜功の戦国日本ルポが書かれている。明朝官憲から逃れ日本に来た中国(密貿易)商人が、騙した日本人や誘拐した明人で大海賊団を結成して中国を略奪しまくる、「16世紀中華暗黒ベルト」のルポに見えた。 https://t.co/yEtU2fleNN pic.twitter.com/eoRnAI5XCz
日本人は火の気質があるため凶暴ではあるものの、その発露は礼節によって秩序付けられ、統御されている。その象徴が日本刀だった。鞘を払えば他者の命を奪うだけでなく、自らの命も絶たれる日本刀だった。命を奪うために造られたにもかかわらず、一度も使用されないことを宝とされる日本刀だった。 https://t.co/4GNCQnSacd
— 理表 (@Rihyo37) 2025年7月11日
室町時代の法は、法というより「掟」のイメージがある。蕨粉や糸や一銭でも盗んだら死刑にするような、人命を軽んじる苛烈な刑罰によって秩序が保たれ、その秩序の下で文化が尊重される世界。
— 理表 (@Rihyo37) 2025年7月11日
鄭舜功は、日本人に向かい合うときは、「文教(文化政策)」を以てすべきとしたhttps://t.co/NN6Re3tTo0
鄭舜功は訪日して親しく交際する中で、日本人と折り合いをつけて関係を構築することが倭寇終息に繋がると考えた。だが胡宗憲は密貿易商人を篭絡して、略奪を主とする集団を制圧するという別の考えを持っていた。そのため鄭舜功たちは逮捕され、歴史の表舞台から消えてしまったhttps://t.co/8aGrOr8uya
— 理表 (@Rihyo37) 2025年7月12日
こういう人や著書がどれぐらい有名かはWikipediaが造られた時期や記述の分量で解る。
ja.wikipedia.org
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彼の来日は1956年。桶狭間の合戦の、4年前になる