長嶋茂雄逝去に関して、自分に以上に語れるはてなブログもSNSも無数にあるだろう。
なので、三つだけ(※のちにおまけを追加し4つ)
訃報伝える新聞の1面にも「空振り」写真。本人もすごいが、そこに「物語」を見出した見立ての才(Number)も称賛されるべき
アントニオ猪木死去、岡田阪神日本一以来の、コンビニ巡りでスポーツ各紙を買ってきた。殆どの一面の写真が豪快な空振りというところに長嶋茂雄という野球人を象徴的に表している。そして全紙が「永久に不滅」これは統一したのか、それしか言葉がなかったのか。 pic.twitter.com/AOVJSo4DIn
— イエデビ【黄色い悪魔】 (@yelldevi) June 3, 2025
まあ、長島茂雄の豪快な空振りを最初に大きく取り上げたのはNumberなわけで。当時それがどれほど画期的であったことか。前例はあろうが、1980年以降の発想であることは知っておきたい。 pic.twitter.com/QJCdXIwWVD
— イエデビ【黄色い悪魔】 (@yelldevi) June 3, 2025
もともとこの写真は、ボツになったものをカメラマンが「捨てるには惜しい」とずっと取っておいたんでしたっけ?
— キタトシオ (@kitatoshio1982) 2025年6月4日
それは正直知らないのですが、これだけクローズアップされるのも岡崎編集長の判断あってこそですね。
— イエデビ【黄色い悪魔】 (@yelldevi) 2025年6月4日
空振り三振したという「ファクト」は、誰の目の前にも転がっていた。
しかし「これこそ長嶋の象徴だ!」と目を付けて、たとえば雑誌の表紙に持って行く、というのはかつての出版人、編集者の醍醐味で・・・・・
いわゆる「べらぼう」編集者・蔦重の「そう、きたか」ってやつなんだ。
『べらぼう』そうきたか!が蔦重の真骨頂――老舗に敗れて見えた”才能の正体”によって開ける未来を考察【前編】https://t.co/m0z2651Va4
— 初級日本歴士 (@Wdv1KJuMriZWjtU) June 4, 2025
山本夏彦はそういう編集者の才能を「いかさまの才」といった。もちろんいまやSNSでそういうチャンスは平等に開かれており、素人・アマチュアの指摘で、既に存在していたものにスポットライトが当たり、人気が定着することもよくある。
あのパチンコ漫画とか、シマエナガ人気とか・・・・
そして、ミスターの訃報でメジャースポーツ紙が何紙も、この空振りを持ってきた。
細野不二彦「いとしのバットマン」には超逆張り!大悪役の「ミスター」が出てくる
手元に本が無いのであとで紹介するけど、以前画像を一回だけ残してたな。悪役10人を選ぶというお遊びをしてたとき、10人選んだあと、後楽園に置いてかれた長嶋一茂のように「あ!忘れてた!!」となって、慌てて追加したんだった。
posfie.com
10:【悪役列伝】「いとしのバットマン」嶋村一雄監督
— Gryphon(INVISIBLE暫定的再起動 m-dojo) (@gryphonjapan) 2017年9月13日
準備してたのに入れ忘れた!
モデルは当然あの国民的ヒーローなのだが、これが月下の棋士の大原巌並みに「勝負師過ぎて卑怯も平気でやる」タイプ。
モデルの世間でのイメージを承知の上で、敢えてこう造形する細野不二彦、尖ってるよ! pic.twitter.com/05qn7dcm1q
細野不二彦って、結構涼しい顔してタブー破りする人で、「電波の城」とか「ヤミの乱破」でも「あぶねーネタだな、これ」っての沢山あるのね。
その極北が「東京探偵団」だったけど(笑)
※ここ見てみれ
posfie.com
長嶋は当然野球界にいる以上、とんでもない毀誉褒貶、愛憎を一身に受けており、長嶋批判も当然いろんな角度からあった(広岡とか広岡とか広岡とか)。
ただ、それでも結局「愛しのバットマン」以上の長嶋モデルのヴィランがいなかったのだから、やはりとんがってるのよ。
夏目房之介が、「漫画で語られた長嶋茂雄」を論じた『笑う長嶋』
ちょっと気づいた情報。長嶋茂雄逝去後の2025年6月4日現在、夏目房之介「笑う長嶋」のAmazon古書価格はまだ370円!たぶんお得だと思うから、興味ある人は購入しては。(自分は持ってる(マウント))
この本についてはきのうきょう、長嶋の訃報で語り始めたおあにいさんとはおあにいさんの出来がちがうんでえ
ひとつのお手本として何度も紹介してる。
m-dojo.hatenadiary.com
だいたい、「これのアントニオ猪木バージョンが欲しい」という夢想とセット。
電子書籍はあるかな?ないかな。
まあ評判になれば、俺の持っている一冊の古書店価格も上がろうというもの。それに期待。
おまけで、こんな話…「3番の重みを知れ!」
私は小学校二年生の時に野球を始めたのですが、最初にもらった背番号が3番だったのですね。3番付けて河川敷で野球やってると、チャリで来て観戦してる職業不詳系の爺さんに「お前、3番の重さが分かってるのか!!」とか謎のヤジを飛ばされたもんです。どうか安らかに。
— 河野有理 (@konoy541) 2025年6月3日