ほと
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感心。
ごんぎつね生存説を主張するなら、物語冒頭で「これは作者が村の老人から聞いた話だ」と明言しているのが強い根拠になりますね。
— いそのそそぎ (@so_gami_shi) February 13, 2025
描写された物語は作中における事実だと前提するなら、ごんしか知り得ない多くの情報が人間側に伝わっている以上、生き延びたごんが兵十に伝えたと解釈するしかないので。 https://t.co/gYJLF23fvB
物理的には指でテキストを打ちこんだのだけど(笑)、心の中では「絶叫」したよ。
あっ、「秘密の暴露」!!
— Gryphon(INVISIBLE暫定的再起動 m-dojo) (@gryphonjapan) 2025年2月13日
『描写された物語は作中における事実だと前提するなら、ごんしか知り得ない多くの情報が人間側に伝わっている以上、生き延びたごんが兵十に伝えたと解釈するしかない』https://t.co/3Q5Ah56cNj
そう、「秘密の暴露」。というか「神の視点」話だね。
創作でうっかり失敗しがちなのだが、三人称で「神の視点」で語るなら、誰もいない所での言動や、内心の葛藤などを自由に描いてもいい。
しかし「語り手」の一人称や、三人称であってもまさにこの「ごんぎつね」のように、その内容は「○○から聞いた話」と限定した場合、その「○○」が観てない、知らないことは書けない。
よくよく注意しないと、やらかします。
特にミステリーはこのへんのこと要注意。フェアじゃないってさんざん叩かれるから。
ちなみにノンフィクションでもこの「神の視点」「登場人物の内面、感情まで描かれる」作品があるのだが、それは本来なら「徹底的に取材しました、その結果です。内心なども、そういう証言を得ています」と回答可能なんだけど、そういう取材結果を、あくまでも描写の手段として「○○の証言では」と書かず、敢えて断言調にしている(だけ)、という建付けになっている。それを俗に「ハルバっちゃう」という。
くわしくはこの過去記事参照。
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その逆もあってさ。神の視点、三人称で、たとえば、さっき言ったようにミステリーで…神の視点から見て、Aさんが【誰も見てないところで】「犯人はいったい誰なんだろう…」とつぶやいたら、その時点でこの人は犯人じゃないこと確定。むしろ、他に人がいれば「犯人は誰なんだろう…」というのは、自分が犯人なのにそれをごまかすために、ほかの人にこのセリフを聞かせてる、という可能性が出てくる。
ああ、ややこしいね。
ともあれ、ごんぎつねはたしかにそうだよな、という話。

過去の「名作を、捻った解釈する」記事
さすがプロ、の「氷菓(古典部シリーズ)」
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もとの原作小説は「いまさら翼といわれても」収録。

これも謎が多い「森のくまさん」解釈。これは俺作で、ふりきってる(笑)
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荒井由実『卒業写真』のなぞ
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※こういう話は「公式設定と考察厨の関係」になぞらえられると気づいたので、当方の見解をあらためて
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