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江戸の知識人らが、ナポレオンを歌った漢詩(新書「江戸のナポレオン伝説」)

頼山陽や「蛮社の獄」時代からナポレオンの事跡は日本にすこしずつ入ってきて、それは「三国志や戦国時代の英雄豪傑、天下人」の事例を聞いたような興奮を知識人に与え、詩などにも書かれた…という話は聞いていました。
風雲児たち」にもその蛮社の獄で自殺した小関三英がナポレオンの伝記を訳したことや、佐久間象山が、いかにも彼らしく「ナポレオンなら、自分と”互角”だろうなあ」と褒めるところなんかが出てきますね。

この詩を…美術的なことというより、西洋の事例などをどう漢文脈で表現するのかに興味があったので探していたのだが…

そもそも、たとえば頼山陽の作品を、ネットで気軽に読めるアーカイブが存在しないっぽい。
おいらの検索のやり方が悪いのかしら?
当然著作権上の問題もなく、知名度も高いのだが…現状、そんなふうであるのだ。
有名な「抜き難し 南無六字の城」 「蒙古来る 北より来る」も、断片的に個人サイトで紹介されるしかないのが現状だ。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/jpn04.htm


そんなこんなで、一番詳しいのは1999年に初版が出た

であるらしい。

ここに
頼山陽
・大槻盤渓
佐久間象山

の3人が歌った詩がそれぞれ収録されている。記録としても大いに参考になることなので、以下画像で紹介(写すのがめんどーなので)
頼山陽「仏郎王歌」


大槻磐渓「仏郎王詞」


佐久間象山「題那波列翁像(ナポレオン像に題す)」


……ま、読もうと思えば読めるだろう。贅沢いいなさんな。
(画像をクリックして「オリジナルサイズを表示」にすると、もう少し鮮明になります)
自分が一番好きなくだりは、一番無名であろう大槻の詩の最後かな。
ここから引用します。

http://monsieurk.exblog.jp/13889987/
http://www.chiba-sc.jp/aboutus/tayori_pdf/tayori02.pdf
大槻盤渓には「仏蘭王詩」十二首があり、第一首は、「王、名はナポレオン、姓はボナパルト、地中海中コルシカ島の人」(読み下し文)で始まり、「わが文政三年五月をもって、島(ヘレナ)中に卒す。年五十二、後二十年、皇帝の礼をもって、仏蘭西に帰葬す」と詠まれている。大槻盤渓は仙台藩に生まれ、昌平校に学んだ秀才であった。
最後の十二首目は、ナポレオンの葬儀の情景を書いたもので、

鳥獣森厳、隊を列して行く
金輿かかげいでて、霊光を散ず
老翁泣きて児孫に向かいて説く
復見たり 官家の旧戦装 
(※一部「江戸のナポレオン伝説」から補った)

とある。鳥銃とは小銃のことで、死後皇帝の礼をもって遇されたナポレオンの棺が日にきらめきながら、シャンゼリゼ通りを凱旋門に向かって行くのを、沿道で孫の手を引いて見送る老兵が、葬列のなかの皇帝時代の軍服を眼にして、戦場に思いをはせつつ孫に思い出を語り、涙を流しているという情景である。じつに正確に事実を知っていたことが分かる。
この詩がつくられたのは1841年のことだから、江戸時代の末には、国際的ニュースがすでに同時性をもって世界に伝えられ、日本にもニュースは伝わっていたのである。ナポレオンはいまパリのアンヴァリッドに眠っている。
http://monsieurk.exblog.jp/13889987/

この本は、鎖国海禁政策という制限があるなかでどういうふうに海外事情を日本が情報収集してきたか、ということがさらに大きいテーマで、これも「風雲児たち」で書かれた「オランダは既にフランスによって消滅させられた!だが、そのことは幕府に隠さねば!!」という駆け引き、ごまかし、取りつくろいの三谷幸喜的なコンゲームの面白さもあるのだが、とりあえずネット上では簡単に見つからない、「江戸時代のナポレオン賛歌」を紹介しました。
同書には当然、現代語訳もあるので、興味を持った方はそちらもご参考にしてください。



2024年追記 岩波文庫「江戸漢詩選」にも大槻磐渓の詩の一部が掲載されていると発見

江戸漢詩選 ナポレオンをうたう漢詩 大槻磐渓

こちらにテキストがあった

www5a.biglobe.ne.jp



いづれの國 何いづれの代よにか 英雄 無からん,
平生へいせい 欽慕きん ぼ す 波利翁(ナ)ポレオン。
邇來 じ らい 門を杜とぢて 遺傳 ゑ でんを讀み,
怱怱そうそう 知らず 年歳ねんさいの窮きはまるを。
劍を撫ぶし 天を仰あふぎて 空むなしく慨憤がいふんし,
世人 那なんぞ 吾わが衷ちゅうを察するを得えん。
如今じょこん 邊警へんけい 日ひ 復また月つき,
戰船せんせん 來去らいきょす 海の西東せいとうを。
外蕃ぐゎいはんの學藝 老らう 且かつ巧かう,
我われ 獨ひとり 遊戲するも 孩童がいどうに等ひとし。
守株しゅしゅ 未だ知らず 他たの長ちゃうを師しとするを,
矮舟わいしう 誰たれか能よく 元戎げんじゅうを操さうせん。
嗟あゝ 君 原もと是これ 一書生,
苦學 遂つひに能よく 明聰めいそうに長ちゃうず。
一朝いつてう 照破せう は す 當時の敝へいを,
敝を革あらため 害を除きて 民情に從ふ。
旌旗せい き の向かふ所 草の靡なびくが如く,
威信 普あまねく加ふ 歐羅ヨーロ(ッパ)の中。
元主げんしゅの西征せいせい 道いふに足たらず,
豐公ほうこうの北伐ほくばつ 何なんぞ同じきを得えん。
人生 意いを得えたれば 失意 多く,
大雪たいせつ 手を翻ひるがへす 朔北さくほくの風。
帝王ていわうの事業 じ げふ 未いまだ終をへずと雖いへども,
收をさめて 我が將しゃうと爲なさば 應まさに庸もちふる有るべし。
世人の心竅しんけうは  豆まめよりも小さく,
齷齪あくさく 寧なんぞ知らん 英雄の胸を。
自みづから奮ふるはば 能よく成さん 遠大ゑんだいの計を,
自みづから屈くっせば 樹たて難がたし 廓清くゎくせいの功こうを。
安いづくんぞ 君を 九原きうげんの下もとに起こすを得えて,
謀はかりごとを同じくし 力ちからを戮あはせて 奸兇かんきょうを驅かる。
終つひに 五洲 ご しうを卷まきて 皇朝くゎうてうに歸きし,
皇朝くゎうてう 永とこしへに 五洲 ご しうの宗そうと爲ならん



題那波利翁像

佐久間象山
何國何代無英雄,
平生欽慕波利翁。
邇來杜門讀遺傳,
怱怱不知年歳窮。
撫劍仰天空慨憤,
世人那得察吾衷。
如今邊警日復月,
戰船來去海西東。
外蕃學藝老且巧,
我獨遊戲等孩童。
守株未知師他長,
矮舟誰能操元戎。
嗟君原是一書生,
苦學遂能長明聰。
一朝照破當時敝,
革敝除害民情從。
旌旗所向如靡草,
威信普加歐羅中。
元主西征不足道,
豐公北伐何得同。
人生得意多失意,
大雪翻手朔北風。
帝王事業雖未終,
收爲我將應有庸。
世人心竅小於豆,
齷齪寧知英雄胸。
自奮能成遠大計,
自屈難樹廓清功。
安得起君九原下,
同謀戮力驅奸兇。
終卷五洲歸皇朝
皇朝永爲五洲宗。




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