今週のお題「スープ」

休みの日以外は
朝食にスープを作って食べている。
といっても、たいそうなものではなく
玉ねぎ・人参・きのこ類をメインに
ジャガイモ、大根、
キャベツの芯など、
その日あるもの、
(生キクラゲは茹でて
千切りにして冷凍している)
などなど、野菜しか入れない。
そう、野菜しか入ってないスープである。
キャベツやレタスの外葉も入れる。
きれいな部分をよく洗って
ちぎって入れる。
大きい葉は半分くらいを。
夜の味噌汁にも入れたりする。
セロリの葉や
大根・カブの葉が中途半端に残ったときも
刻んで入れる。
味はほとんどつけない。
塩を少しとか
醤油を1・2滴とか
酒を1・2滴など
その日によって、
具材によって変えている。
スープを火にかけてる間
サラダ等を作る。
キャベツと人参の千切りをレンジで軽くチン。
レタスをちぎる。
かぼちゃは幅3~4㎝くらいに切り
レンジでチン。
チンした後
皮の硬そうなところを
そぎ落とし
一口大に切る。
まとめて茹でておいたり、
食べる分だけその都度レンジでチンしたり。
トマトは大きさによるけど
毎朝4分の1なり2分の1を夫と分ける。
セロリの千切りは
チンした千切りキャベツ・人参に混ぜる。
夏場は大葉の千切りを
サラダの上にふりかける。
オクラなど季節ものの野菜等々。
そして卵料理。
といっても
目玉焼きか
スクランブル(のように焼いただけの)
エッグ。
娘がいる頃は
ソーセージも作っていたけど
夫と二人になってからは
面倒なので(やる気が落ちたので)
作っていない。
そして、
パン、ヨーグルト、コーヒー、果物
という朝食。
それらを作ってる間、
コトコトとスープを煮込んでいる。
夫が玉ねぎベースのスープを
朝に食べたいと言い出したのがきっかけで、
玉ねぎだけだと寂しいので
そのときにある野菜を適当に入れて
もう何年も経つ間に
こういう形になっている。
味がほとんどないので
とても人様に食べてもらえるような
ものではない。
そして、このスープには
私のこだわりがある。
おろし生姜を必ず入れること。
今は冷奴は冷たくて食べないけど
(湯豆腐のときは柚子ポン酢)
冷奴や素麵、うどんなどの薬味、
魚の煮付け・酢の物などに
生姜はたいてい常備している。
一年中スープにはおろし生姜を入れている。
薬味にするときは
生姜の皮はむいておろすのだが、
スープに入れるときは
皮付きのままおろす。
サラダなどの準備ができて、
スープを煮込んだ最後に入れるのだが
たいてい朝食の準備はバタバタしてるから
皮をむくのが面倒なのだ。
すりおろしてスープに入れるから
目立たないだろうと思っている。
そして、
すった生姜は
おろし金から箸で丁寧に取るべきところ、
たいてい急いでいるので
箸で適当に取ったあとは
おろし金にお玉でスープの汁をかけて
鍋に流し込むのだ。
おろし金に残った生姜が
きれいに取れる。
もっと時間がないときは
おろした状態で
いきなりスープをかけて
流し込む。
こんな手抜き作業、というか
ズボラ作業、
良いように言えば「タイパ重視」、
恥ずかしくて
とても人様に言えるようなものではない
(ここで書いてるけど)。
しかし、効率がいいのだ。
ただ、いくら澄んでいるとはいえ
熱いスープをかけるのは
おろし金に申し訳ないと時々思う。
おろし金にしても
「私の業務の範疇を超えています」と
言いたいところだろう。
昨今の「働き方改革」に逆行している。
(何の話?)
しかし、
もう数十年使い続けてなお
その「刃」は衰えることなく
ほぼ毎日おろし金としての
職務を全うしてくれている。
熱いスープをかけられるという
ズボラな使用者による
理不尽な扱いに耐え
朝のハードワークの片腕となってくれている
優秀なおろし金なのだ。
特に夫は
「生姜で体が温まる~」と
毎朝ご満悦。
行儀の悪い手荒な調理法など
まるで知らないだろう。
娘も知らないと思う。
娘にはこんな使い方してほしくないと思う
勝手な母親。
それにしても、
スープの最後の仕上げに入れる
おろし生姜の香りの高さと美味しさよ。
すべてはおろし金の
衰えない「切れ味」だ。
私の手荒い行為を
ごまかしてくれんばかりの。
まるで長年女主人に仕える
機転のきくお手伝いさんのように。
予定より早く帰宅した主人を
いち早く察知して
玄関の男性来訪者の靴を裏口へ移し
女主人のその若いご友人を
こっそり裏口から帰すという・・・。
(何の話?)
おろし金の持ち手のプラスチック部分には
熱いスープはかけないから
このまま鋭利な「刃」を保って
いつまでもずっと
私の片腕でいてほしい。
我が家の朝の薄口野菜スープは
風味のいいおろし生姜を生んでくれる
優秀なおろし金に
とても助けられている。

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