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【勝手に解釈】「冷たい頬」(スピッツ)その2

 

 

「冷たい頬」(作詞・作曲:草野正宗は、

スピッツの8枚目のアルバム

『フェイクファー』(1998年)

3曲目に収録されています。

 

 

前回書いた解釈「その1」とは別に

どうしても頭をよぎってしまう解釈があって

あえて「その2」として書くことにしました。

 

基本的には「その1」と変わらないので、

重複する部分があることを

ご容赦ください。

 

 

 

☆根っこも美しいはずさ

 

イメージ



※私なりの解釈で、

 これを強要するとか、他の解釈を否定する意図はありません。

 【勝手に解釈】は、私の妄想のページと思ってください。

 

 

青文字は、

「冷たい頬」(作詞・作曲:草野正宗)より抜粋

 

歌詞を少しずつみていきます。

 

 

「あなたのことを深く愛せるかしら」

子供みたいな光で僕を染める

風に吹かれた君の冷たい頬に

ふれてみた 小さな午後

 

「あなたのことを深く愛せるかしら」

冒頭のこの言葉。

 

初めてこの歌を聴いたとき、

(本当にそう言われたのだろうか?)

と思いました。

 

言葉が「綺麗」すぎる。

僕からの気持ちを

「やんわりと」断ったんだろうけど。

 

まあ「歌詞」だから・・・?

 

いえ、これは

意を決して君の気持ちを尋ねた僕に

君が精いっぱい「言葉を選んで」

応えたのではないでしょうか。

 

僕は心の中で

(それって、「その気はない」ってことだよね)

と受け止め、

(あの優しさはなんだったんだ?)

とちょっと裏切られたような思い。

 

でも尋ねずにはいられなかった。

 

何のために?

君を諦めるために。

 

君はきっとそう答えると思っていたのです。

君にそう言わせて、自分は身を引こうと。

 

 

「子供みたいな」

何の邪心もない素直な気持ちを

よく「子供」と表現しています。

 

♬遠い目の子供のように

 みんなあらすじ書き変えた

      (「虹を越えて」)

 

♬生まれた頃と変わらない心で

          (「Y」)

 

など。

 

君から感じられるのは

「ただの友達感」であって、

それは君の

僕に対する精いっぱいの気持ちでしょう。

 

それが

「子供みたいな光で僕を染め」ている。

君の素直な気持ちは

僕に対しての精いっぱいの拒絶だ

ということが

僕には痛いほど伝わってくる、

そんな状態じゃないでしょうか。

 

そう、

君は人の心を弄ぶような人じゃない。

 

それに、薄々、

いや、とうに気付いてたんだ、

僕にはわかってたことなんだ、と

ちょっと強がってる感じがします。

 

 

君には既にパートナーがいるとかで

世間一般には認められるような間柄では

なかったんじゃないでしょうか。

 

でも

自分の殻に閉じこもるようなタイプの僕に

光を当ててくれた君に

初めて心を通わせることができるくらい

僕は嬉しかったのでしょう。

 

 

そして、

実際に君の頬に触れてみたのではない、

と思います。

 

「ただの友達かも?」にそんなこと

とてもできないでしょう。

 

 

期待を抱かせるような君の優しさが、

「本物」かもと思っていた僕は

君に冒頭の言葉を言わせてしまったことに

胸を痛めます。

 

「何とも思ってない」という君の心=「冷たい」

と感じても不思議ではありません。

 

でも、「冷たい」のは「心」ではなく

「頬」だとしているのは、

僕のせめてもの愛情でしょうか。

君が心を鬼にして自分を遠ざけているのでは

と考えていたからでしょうか。

 

そして、

これ以上君に苦しい思いをさせたくないために

あえて「小さな午後」と言ってるのかも。

 

かなり寂しいシチュエーションです。

 

 

このAメロの終わり、

♫小さな午後〜の歌の後の

短い間奏での

だんだん音階が降りていく

ギターアルペジオ

個人的に好きです。

 

軽快なので、

なぜか楽しそうに

次のAメロにいく感じがします。

 

 

あきらめかけた楽しい架空の日々に

一度きりなら届きそうな気がしてた

誰も知らないとこへ流れるままに

じゃれていた猫のように

 

「楽しい架空の日々」は、

前の歌「センチメンタル」でも出てくる

「裸の夢」のようなものですよね。

僕の密かな、でも心からの願望です。

二人きりの幸せな日々・・。

 

今までの歌ではよく

「落書き」「あらすじ」などと

表現されています。

 

 

君には既にパートナーがいるらしい。

僕に愛情を持ってくれるなんてことは

ありえないこと。

 

でも

君の優しさは特別、

僕にだけ向けてくれてる気がする、と

思ってしまう僕。

 

君から誘われて

会う約束でもしたのでしょう。

僕は有頂天に舞い上がってしまいます。

 

だから

「一度きりなら」「届きそうな」

「気がした」と、

期待に膨らむ僕が想像できます。

 

 

「誰も知らないとこ」は、

実際の「場所」的なところではなく

信じられない気持ちと嬉しさで

このまま自分たちがどうなっていくのか

わからない状態ではないかと

思います。

 

互いに気持ちを確認し合ったわけでもなく。

 

でも自分の心のブレーキが効かず

気持ちがどんどん君にはまっていくのです。

嬉しかったのだと思います。

 

このAメロまでが軽快なアルペジオなのも

そのためなんですね。

 

 

そして

「じゃれていた」という妄想

あるいは、勘違いを

抱いてしまうのです。

 

「甘噛み」をし合う猫のように、

たいした意味もなく

でも互いに興味を抱き

追いかける・・・。

僕にはそんな感じに思えたのでしょう。

 

 

ふざけ過ぎて恋が幻でも

構わないといつしか思っていた

 

君の真意もわからず、

「本物」かどうかわからない

曖昧な関係。

 

それなのに、

二人だけの幸せな日々を期待してしまう。

 

こんなことがあっていいんだろうか?

ありえないし、「ふざけ過ぎて」る。

 

でも僕はこの状態を「手放したくなかった」。

 

いっそ「幻」でも構わない、

この普通じゃない状態が

このまま終わらないで続いてほしい

とまで思っていた。

 

「幻」はよく出てくる言葉。

♬幻よ 醒めないで

      (「渚」)

 

 

このサビの部分から

強い四つ打ちのリズムに変わります。

 

 

壊れながら君を追いかけてく

近づいても遠くても知っていた

それが全てで何もないこと

時のシャワーの中で

 

君との約束は守られなかったのでしょう。

 

僕はずっと待っていたのに。

 

君は忘れているんだろうか?

そもそも自分の思い違いかもしれない。

 

 

仲良くしていられるときも

僕がずっと置き去りにされてるようなときも、

追いかけているのは「自分」だけなんだと

虚しさを抱いていたのです。

 

月日を重ねる中で

自分と君との間には

特別なものは何もないと。

 

「醒めた目で俯瞰する自分」が

いつの間にかどこかにいたんでしょう。

 

 

強くなる四つ打ちのリズムは

僕の一途さ、それ故の

無念さ、やるせなさを感じさせます。

 

 

夢の粒もすぐに弾くような

逆上がりの世界を見ていた

 

夢見たものは

一瞬で消えていく、

ただその繰り返しだったのです。

 

「逆上がりの世界」

なぜ逆上がり?と思ったけど、

そうですよね。

 

逆上がりで足を振り上げると

一瞬世界が逆になるけど、

くるりと回って

すぐに元の位置(世界)で止まりますよね。

 

それが「前回り」との違いですね。

前回りは、途中で頭を下にして

世界が逆さまのまま止まることができるけど。

 

僕が見てたのは「逆上がりの世界」で、

どんなに望む世界が現れても

すぐに元に戻ってしまうのです。

 

 

「逆上がり」と漢字で書くと「逆」の字が。

鉄棒遊びの「順手」や「逆手」のように

僕の「ふざけ過ぎた」君への思いは

「順当」なものではなかったようですね。

 

君とは社会的・倫理的に

許されない間柄だったからかもしれないし、

単に、僕に対しての気持ちが

君にはなかったからかもしれませんが。

 

「楽しい架空の日々」は、

現実とは逆さまの

どうやっても届かない世界だったのです。

 

やっぱり、君への思いは

貫くには無理があるものだったのでは?

 

 

壊れながら君を追いかけてく

近づいても遠くても知っていた

それが全てで何もないこと

時のシャワーの中で

 

 

さよなら僕のかわいいシロツメクサ

手帳の隅で眠り続けるストーリー

 

君は春に咲く、

目立たない白くて小さいシロツメクサ

 

この歌での君は

♬君は小さくて 悲しいほど無防備で

 無知でのんきで 優しいけど嘘つきで

           (「ナイフ」)

を連想してしまいます。

 

 

シロツメクサって、

摘むとき(手でちぎってたけど)

茎が細いわりに結構硬いんです。

子供だったからそう感じたのかもしれませんが、

少なくともタンポポのような

茎の柔らかい

簡単に摘める花ではありませんでした。

 

だからティアラや腕輪を編んだりするのに

ちょうど良かったのかもしれません。

 

強く引っ張ると

葉っぱや根っこまで一緒に付いてくるような。

広く強く根を張る花だったのでしょうか。

 

君を「シロツメクサ」と歌っているのは

芯の強さを感じる

僕には手強いと感じたからかもしれません。

 

なおのこと

君の真意が気になります。

 

 

「さよなら」と言っている。

君から気持ちを聞いた僕は

潔く諦めることにしたのでしょう。

 

 

そして、手帳の隅で「眠り続ける」「ストーリー」

 

永遠に眠り続けるのでしょうか。

それとも「目覚める」ときが来るのでしょうか。

 

「ストーリー」は、

二人で共有してきた日々でしょうか。

それとも「楽しい架空の日々」でしょうか。

 

いろいろ想像が膨らみます。

 

 

 

風に吹かれた君の冷たい頬に

ふれてみた 小さな午後

 

 

 

【歌の感想】

 

好きな歌です。

 

イントロから続くアルペジオ

間奏のベースの音色やメロディ、

何とも切ない歌詞、

すべて好きです。

 

 

僕の単なる思い込みからくる

妄想・勘違いを歌ったものかと思いますが、

既にパートナーがいるらしい君の

思わせぶりな言動に

ずっと振り回されてきたのではと

思ってしまいます。

 

 

もしかしたら

君も一時期、

僕に心がなびいたことがあるのでは?

 

でも瞬時に打ち消して

心を鬼にして

墓場まで持っていくつもりでは?

私だったらそうすると思うなぁ。

(そういうシチュエーションがあればの話)

 

君の心の揺れに感づいた僕は

このまま幻でもかまわないとさえ思い、

結局は冒頭の君の言葉に

深く静かに心を閉じるのです。

 

僕しか知らない優しい君が

後々夢に登場するのも頷けます。

 

 

など、いろいろ解釈ができそうですね。

 

そんな「振り回される」僕や

意図せず振り回すタイプらしい君も

今までの歌によく出てきます。

 

 

ただ、君に嫌われてしまったとかの

ネガティブな雰囲気は感じられず

僕自身が

どんなに追いかけても叶わないのだと

自分の気持ちに幕引きしている感じがします。

 

歌がスパっと終わるところから、

僕の幕引きの気持ちを

よくある日常のひとコマ的な

よくある午後の光景にしてるようで

潔さを感じます。

 

 

「逆上がり」や「シロツメクサ」といった

子供の頃の他愛ない遊びを思い起こさせる言葉と

シロツメクサの草むらでよく遊んでいた)

特にイントロから続く軽快なアルペジオ

若い僕の苦悩を優しく振り返るような

ノスタルジーを感じます。

 

 

そして、

「君が思い出になる前に」

表現を変えた歌ではないかと

ずっと勝手に思っています。

 

 

 

最後まで読んでくださって

ありがとうございます。

 

 




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