以下の内容はhttps://lovetopaz.hatenablog.com/entry/2025/05/24/164253より取得しました。


【勝手に解釈】「エトランゼ」(スピッツ)

 

 

「エトランゼ」(作詞・作曲:草野正宗は、

スピッツの8枚目のアルバム

『フェイクファー』(1998年)の

1曲目に収録されています。

 

やっとアルバム『フェイクファー』に突入。

 

 

 

☆君は運命の人だから

 

 

イメージ

   

 

※あくまで私なりの解釈で、

 これを強要するとか、他の解釈を否定する意図はありません。

 【勝手に解釈】は、私の妄想のページと思ってください。

 

 

 

青文字は、

「エトランゼ」(作詞・作曲:草野正宗)より抜粋

 

歌詞を少しずつみていきます。

 

 

目を閉じてすぐ 浮かび上がる人

ウミガメの頃 すれ違っただけの

慣れない街を 泳ぐもう一度

闇も白い夜

 

歌詞はこれだけで、

1分半ほどの短い歌です。

 

静かで幻想的な歌です。

 

 

「エトランゼ」とは

フランス語で「外国人」とか「見知らぬ人」のこと。

 

 

抽象的というか、

よくわからないことだらけの歌詞です。

 

 

憧れている「人」に

自分の気持ちに気づいてほしい。

 

その「人」からすると自分は「エトランゼ」、

自分にとってその「人」は運命的な人。

 

でもなかなかうまくいかなくて、

日々モヤモヤしている。

 

そんな歌ではないかと思っています。

 

 

 

 

「目を閉じてすぐ浮かび上がる人」

文字通り、いつも胸に秘めている「人」という以外に

いつも夢に出てくる「人」という意味もあるのでは。

 

誰かわからずに探している、というより

互いに知ってる間柄のような気がします。

そして主人公が憧れてる「人」なのでしょう。

 

 

「ウミガメの頃」 「すれ違っただけ」

この部分は草野さん特有の

「天邪鬼」的な表現だと思うのです。

 

 

「ウミガメの頃」

自分が「ウミガメ」だった昔、

(進化の過程が違うけど?)

つまり遥か昔、ずっとずっと昔、

かな~り長い間、幾年月、というのを

大げさに言ってるのだと。

 

それくらい長いこと

自分はその「人」を見つめ続けている、

憧れ続けている、

ひょっとしたら「待ち続けてる」

つもりなのでしょう。

 

 

「すれ違っただけ」

自分はその「人」に憧れてるけど

その「人」は主人公に対して

「それほどでも」というか

そこまでの気持ちはなく

「ただの知ってる人」程度なのでは。

 

主人公は自分の気持ちを強く出せず

遠くから見つめてるばかり。

 

自分はいつも夢に見るくらい心を掴まれてるのに

その「人」は自分のことを

人生の一時期にほんのちょっと

「すれ違っただけ」の存在くらいにしか

思ってないんだろうな、

自分はその程度の存在なんだろうな、と思っていそうです。

 

ちょっと皮肉めいた表現にも思えます。

 

それはつまり、

主人公が

気が小さいとか

コミュニケーションが苦手とか

無駄にプライドが高いとか

変にこだわりが強いとか・・・

で、今の今まで何の進展もないのでしょう。

 

それを、

「慣れない街」「泳ぐ」「もう一度」

と、言い訳してるようにも感じます。

 

それだけ主人公は

その「人」への「思い」が強く、

でもなかなか思うように自分を出せない。

だから、日々が「慣れない」し、

「泳ぐ」ことを毎日毎日

「もう一度」繰り返しているのでは?

 

 

なかなか自分に気づいてくれないからか、

その「人」にとって自分は「エトランゼ」。

 

自分が非社交的だからか、

この「慣れない」社会では自分は「エトランゼ」。

 

 

 

そしてもう一つ思うのは、

「ウミガメ」だった「ものすご~く昔」から

すれ違っている、

自分たちはニアミスをしている

特別な関係なのだと言いたいのでしょう。

 

これも大げさな感じですね。

 

そう、ずっと昔から

自分たちは接点があったのだ。

もっといえば、

運命的な出会いをしていたのだと。

海原を泳ぐ一瞬のうちに「すれ違う」ような

「ありえない確率で」

 ↑ 「つぐみ」(『とげまる』2010年)の歌詞にも出てくる。

誰かと「すれ違う」機会なんてたくさんあっただろうに、と。

 

 

ここらへんは、

もう夢か妄想か思い込みのような感じですね。

でなければ、

盲目的で「まともじゃない」感じ?

 

それだけ主人公にとっては

その「人」を思うあまり

その「人」と出会った頃が

もう遠い遠い昔のように感じられて、

その「人」との「距離」が遠すぎるように感じて

「すれ違っただけ」な感覚になってるのかもしれません。

運命的な間柄なのに。

 

 

そして気になるのが

「闇も白い夜

 

「闇」は本来暗いもので

「霧」ではないのだから「白い」はずがないのです。

しかも「夜」だし。

 

これは、夜がだんだん白んできて

夜明けが近づいているのでしょう。

 

夢と現実が混ざり合う時間では?

 

もうすぐ夢の世界が終わり

現実が始まろうとしているのです。

 

 

そして、自分が眠っている間

その「人」の夢を見ている間

暗いはずの夜は白く明るいのでしょう。

 

それだけ見通しがいい、

何か展望があるような

期待を感じる幸せな時間なのでしょう。

 

 

慣れない街を 泳ぐもう一度

闇も白い夜

 

歌の最後にもう一度このフレーズがきます。

 

またその「人」を思い続け、

追いかける日が始まろうとしています。

 

 

 

【歌の感想】

 

アルバムの序章のような

プロローグ的な歌だと思います。

 

短すぎて

うっかり聞き逃してしまいそうになります。

 

こんな感じの歌は今までにもありました。

半分夢の中のような、妄想のような。

 

いろんな理由を並べてるけど

自分の気持ちに気づいてほしいのだと思います。

 

自分たちは遥か昔から出会っていた

運命的な間柄。

特別な関係。

というのが潜在的にあるのでしょう。

 

いつも夢の中にその「人」が出てきて、

何とか自分の気持ちに気づいてほしいと

浮遊しながら願っているのでしょう。

「運命的な間柄と遥か昔からの知り合い」

と信じて。

 

 

「慣れない街」を「泳ぐ」と言ってますが、

ほかの歌では

♪暖かい場所を探し泳いでた

(「夢じゃない」『Crispy!』1993年)

という描写もありました。

 

今回は「ウミガメ」だけど

スピッツの歌には

水に関する描写がたくさん出てきます。

 

そのあたりに

草野さんの潜在的なイメージがあるような気がします。

 

 

バックにずっと

オルガンのようなシンセサイザーのような

もわーっとした音が流れてて、

「ウミガメ」「浮かび上がる」「泳ぐ」の言葉から

「海の中」を連想しそうですが、

私は

夜の明るい闇(でも「霧」ではない)、

全体的に白っぽいイメージの中を

浮遊しているような印象を受けます。

 

つぶやくようなボーカル。

 

最後のほうに出てくるギターアルペジオの弦の音が

牧歌的ではありますが

現実の世界に降りていくような感じに聞こえます。

夜明け=現実が近づいてる感じ?

 

 

♪どんなに深く霧に包まれても

 君を見つめてる

 ほら、早く早く!気づいておくれよ

(「裸のままで」『Crispy!』1993年)

 

夢と現実の狭間で浮遊しながら

なんとなく、こんな気持ちなのでは?

 

 




以上の内容はhttps://lovetopaz.hatenablog.com/entry/2025/05/24/164253より取得しました。
このページはhttp://font.textar.tv/のウェブフォントを使用してます

不具合報告/要望等はこちらへお願いします。
モバイルやる夫Viewer Ver0.14