3月末に高松に帰省した際
道中で気になる看板を見つけました。
「道の駅ながお」方面から大窪寺に向かっているとき
道の左手に
「昼寝城跡」の文字と矢印が書かれた看板を
確かに見たのです。
運転中だったので、チラ見でした。
しかし両親に尋ねても
「昼寝城」や、そんな看板は知らないと言います。
「ずっと昼寝中で~す」と敵を油断させる魂胆見え見えの
ふざけた名前だな(失礼)と
きっと「通称」に違いないと思っていました。
気になってたので
福岡に戻ってネットで調べてみました。
すると、
現在のさぬき市前山に本当にあった城で
しかも、
本当に「昼寝城」という名前だそうです。
嘉吉年間(1441~1444年)に
俗称「昼寝山」と呼ばれていた山の
頂上に築城された
いわゆる「山城」で、
現在では「城址」となっているようです。
お城(山城)好きの方々の登城記等が
ネットにいろいろ載っていて
興味深く拝見しました。
昼寝城のある俗称「昼寝山」は、
讃岐山脈の矢筈山(やはずやま 標高787.5m)の
中腹にある山だそうで、
城址に行った方の登城記によると
昼寝城の標高は420mだそうです。
何度か敵に攻められたにも関わらず
落城しなかったので
「昼寝してても攻め落とされることはない」と
難攻不落の城として
「昼寝城」という名前がついたとか。
(Wikipediaより)
(諸説あるらしい)
すごいお城だったのですね。
ふざけた名前などと言ってごめんなさい。
そうすると今度は
俗称「昼寝山」の名前の由来も
気になってきて、調べてみました。
すると
登山愛好家の方々の登頂記等も出てきて
それらもまた興味深く拝見しました。
その結果、「昼寝山」の名前の由来は
山頂に築いた城に敵が攻め登ってくる間
昼寝できるくらいの険しさだったから
だそう。
のんびりしたイメージの名前からは
想像できないような由来でした。
ということは、
「昼寝城跡」は行ってみるのが難しそうですね。
山城好きの方々も
登山好きの方々も
「険しい」と書かれていた方が多かったので
現在でも「難所」のようです。
ということは、
築城はかなり練られていて
優秀なお城だったということですね。
香川県にそんな山城があったとは
驚きとともに誇らしいです。
大窪寺に行く道中、
結構な山道だったので
そこから更に山道なんですね。
脚に自信がないのと
根性がないので
私は皆さんの記事で楽しむだけになりそうです。
チラと視界に入った看板は
やっぱり見間違いではなかったと、
さらに、
知らなかった情報も知ることができて
いい勉強になりました。
山城といえばもう何年も前、
娘がまだ小さい頃、
担任の先生の自己紹介のプリントで
自分は山城が好きで、
休みが取れると山城を見に出かけるが
奥さんとは趣味が合わないらしく
なかなか奥さんの理解を得るのが難しい・・・
というようなことを書かれていたのを思い出しました。
いつも読んでくださって
ありがとうございます。