「シュガー」(作詞・作曲:中島みゆき 1987年)

夢を抱いて
故郷を後にした女性
夢に焦がれては破れ
今では幼子を抱え
小さな店の舞台に立つ
でもまだ諦めちゃいない
こんなもんじゃ終わらない
※あくまで私なりの解釈で、
これを強要するとか、他の解釈を否定する意図はありません。
【勝手に解釈】は、私の妄想のページと思ってください。
青文字は、
「シュガー」(作詞・作曲:中島みゆき)より抜粋
歌詞を少しずつみていきます。
スパンコールと羽根飾りをつけて
今夜もあたしの出番が来る
「あたしの出番」という表現から
主人公の女性は
複数ではなく一人でステージに立つ人だと
思うのです。
ありえないようなお伽の駅から
今夜も男たち旅立ってゆく
仕事終わりの客が
彼女のステージで
ひとときの幻想にひたり
夢見心地で店を出る様子を
「お伽の駅」から「旅立ってゆく」と
表現したのでしょう。
自分のステージで
男たちが酔いしれていく。
ここは、
自分の甘美で魅惑的なショーで
男たちを酔わせ
現実を忘れさせているのだという
主人公の自負が感じられます。
二文字砕けた呼び込みのネオンは
おかげで故郷のつづりと似てしまった
「二文字砕けた」というところから
繁華街から裏道に入った
場末の小さい店ではないかと思います。
表通りの繁盛している店なら
看板の文字が欠けたら
早めに取り替えるかと思うのですが
二文字欠けても、
まだそのままのようです。
しかも、
一文字砕けた状態から
二文字目が砕けるまで
日数があったように思います。
おかげでその看板は
嫌でも故郷を思い出させるようになった。
帰りたくても、ずっと帰ってないのでしょうね。
まだ胸を張って帰れない
そんな意地と寂しさを感じます。
ただ
絶望感や悲壮感で重くなってない歌詞や
ちょっと開き直ったような歌い方が
みゆきさんらしいというか。
聴いてて救われるところ。
中島みゆきの歌で一番好きな
「ホームにて」の主人公の気持ちと
ダブるところがあります。
霧の深い夜は大好きよ
5m先に あの日の夢たちが映画みたいに映る
ここの歌詞は、私が好きなところ。
店に出てきた時か
店の窓から外を覗いた時か
子供を迎えに出た時か。
霧が深いと、視界が狭くなって
今いる場所や状況
現実を忘れさせてくれるから
好きなんでしょうね。
ネオンもぼんやり霞んで光ってるし。
故郷を出て
何度も夢は破れ、男につまづき、
何度も諦めかけた。
その日々が
「映画みたいに」という表現なのが素敵で好きです。
霧の夜に幻のようにつかの間思い出すのは
霧の白い銀幕に映る
今より輝いていた頃の自分がヒロインの
ラブストーリーやサクセスストーリーなんです。
夢は57セント 一度足を上げる値段
思い描く夢は
今では57セントになってしまった。
この歌が出た当時も安いと思ったけど
セントはドルの100分の1。
自嘲も入ってるのでしょうが
本当に安い賃金。
でも今はそれしかないのです。
ステージで足を上げることが
どれほど屈辱的で辛いことだったか。
主人公は
一人で演じる
「ストリップダンサー」
ではないかと思うのです。
夢から夢へ綱渡り
SUGAR SUGAR 砂糖菓子
夢が破れては次の夢へ
意地や失意、諦めと隣合わせで
何とかここまでやってきたようです。
キレイで可愛い「砂糖菓子」は
誰からも好かれる甘いもの、
誰もが欲しくなり手を伸ばす。
でも脆くてすぐ壊れてしまう。
特に温かいもの(紅茶など)に
すぐ溶けてしまう。
魅力的な仕事や男に
ほだされてきたのでしょうか。
まるで、主人公の心のようですね。
強がってるけど
(そうしないと生きていけないから)
本当は夢に夢見て、
ほろりと脆く弱い女性なのでしょう。
A. M.3時までには迎えに行かなきゃね
あの児の夜泣きする声が聞こえてくる
でも必死で生きていかないと。
主人公には子供がいるのです。
それもまだ幼い。
深夜までみてくれる
ネオン街で働く女性のための
すぐ近くの託児所に子供を預けて
ギリギリまで働いている。
深夜まで働きながらも
子供のことが胸に浮かんでくるのが
切ないです。
子供を迎えに行って
まだステージをこなすのでしょうか。
面倒くさそうにも聞こえるけど
こういう状況にさせてることに
負い目を感じてるのだと思います。
預けっぱなしで なつかない瞳が
あいつとそっくりに あたしをさげすむわ
「なつかない」「さげすむ」と感じているところに
子供に対する申し訳なさがあるように思います。
自慢できる仕事ではないことに対する
後ろめたさもあるのでしょう。
父親の面影がある瞳が
嫌でも子供の父親を思い出し、
自分をさげすんでいたその男の表情とダブる。
子供もその瞳で
自分をさげすんでいるのではないかと
思っている。
辛いですね。
子供の父親は結局
自分を女性・母親として見てくれなかった。
さっさと見捨ててしまった。
それは自分の職業や今までの遍歴のせいだという
引け目があるのだと思います。
「なつかない」とか「さげすむ」なんて
思わなくていいのに、ですね。
一生懸命働いている親の姿を
子供はずっと見ていて覚えてるし
きっと誇りに思うと思う。
夢は57セント 一度足を上げる値段
胸から胸へ綱渡り
SUGAR SUGAR 砂糖菓子
「胸から胸へ」
優しくしてくれる男に
ついほだされては
捨てられてきたのでしょうか。
欲しかったものは手に入れたわ 何もかもさ
ほら こんなに光ってる 靴もネックレスも
稼いだお金で、
欲しかった「物」は手に入れてきた。
自分をきれいに着飾ってくれるもの。
本当に欲しい夢が叶えられない自分の
寂しさや見栄を隠すための。
華やかな世界やお金は
ほんの少しは
手に入れることができたのでしょう。
でもそれも長くは続かず。
流れ流れて今は・・・。
人生は2番目の夢だけが叶うものなのよ
ほら だってあの人は あたしに残らない
そして、一番欲しかったのは、
お金や物ではなく、
愛する人との愛のある生活だった。
2番目の夢は何とか手に入ったけど
「愛」や「心」は手に入れられなかった無念が
今も残っている。
隣の店から風に乗って流されて来る
油の匂いで 胸やけがするわ
スポンジのようなパンを 水で喉に押し込んで
今夜も極楽へ踊り出してゆく
これは店の楽屋でしょうか、
それとも
母子で暮らす安くて狭い部屋か。
もしかしたら、
店に住み込みかもしれない。
どれにしても、
あまりいい環境ではなさそうです。
口にするのは
パサついて味気ないパンだけ。
舞台がはねて部屋に戻れば、
疲れや眠気に襲われる。
自分一人ならまだしも
幼い子供に食べるものを食べさせたら
(まだ乳飲み子かもしれないけど)
相手をしてやる余裕もない。
もしかしたら、
昼間は別の仕事を
掛け持ちしてるのかもしれません。
他の託児所か、みてくれるところに子供を預けて。
だから「預けっぱなし」
それでもひとたびステージに上がれば
派手な衣装とスポットライト
客の歓声を浴び
束の間の華やかさに酔いしれる。
「極楽」と表現しているのは
観に来る客と同様
それが彼女にとっても
つかの間現実を忘れられる時なのでしょう。
夢は57セント 一度足を上げる値段
ここからどこへ まだゆける
SUGAR SUGAR 砂糖菓子(*)
(*)くりかえし
この生活がずっと続くとは
思っていません。
そのうち
人気を集める子が出てくると
幼子を抱えてる自分など
すぐ用無しになる。
でも、
これで終わるわけにはいかない。
自分はまだ
どこででも
何でもやれる。

【歌の感想】
職業に貴賤はないというけど
この歌が出た頃は
ネオン街で働く女性への偏見が強かった。
どうしても
「流れ着いた先」
「落ちぶれた先」というイメージでした。
「ストリッパー」(ストリップダンサー)は
映画や小説で描かれた内容しか知らず
実際に観たことも
身近に「観た」という人もいませんでした。
もっとも、女の私に
「観たことある」と言う人もいないだろうけど。
だから、私なりの想像で解釈しているので
実際とはかけ離れているかもしれないし、
そもそも歌の主人公は
「ストリッパー」ではないかもしれません。
主人公は
今さら故郷に帰るわけにもいかず
幼子を抱えて働くシングルマザー。
「女性の強さにエールを贈る歌」とは
簡単には言えない歌だと思います。
私がこの歌を好きなのは、
うまくいってた時期もあっただろうし
失意のどん底にあった時期もあっただろう
そんな過去を引きずってないようなところ。
済んでしまったこと
それも自分の人生、と
割り切ってるようなところ。
加えて、歌詞もみゆきさんの歌い方も
あっけらかんとしているように聞こえて
あまり悲壮感がないところ。
でもチラチラと垣間見える
弱さや脆さ、人情味に
人間らしさが感じられるところ。
みゆきさん独特のエールソング
という側面だけでなく
強さだけではない
素の人間に寄り添ってくれている気がするのです。
そんな、人間の本質を見つめたエールに
「甘さ成分」を感じる「シュガー」という題名が
よく合っていると思う。
中島みゆきの歌は昔から
どん底にある失意や暗さを歌ったもの、
元気を鼓舞するものも多かったけど
この歌は
それらを混ぜ合わせ
ちょっと甘く柔らかくして
そっと前向きにさせてくれる。
それまでの歌のイメージと少し違う。
ちょっと意外だったけど好きな歌です。
故郷を出て失意の歌としては、
みゆきさんの
「ホームにて」(1977年)
「歌姫」(1982年)
ピーター・ポール&マリーが歌った
「500マイルもはなれて」(1962年)
なども同じ系統の歌かと。
ただ、この歌からは
悲壮感や絶望感はもちろん
望郷の思いはあまり感じられませんね。
それより今は、日々を送ることに一生懸命。
辛いこともあるけど
しょうがないじゃない
弱音吐いてる暇なんてない
まだ何だってやれるわよ!