「Y」(作詞・作曲:草野正宗)は、
スピッツの6枚目のアルバム
『ハチミツ』(1995年)の
9曲目に収録されています。
☆いつか叶うと信じて

※あくまで私なりの解釈で、
これを強要するとか、他の解釈を否定する意図はありません。
【勝手に解釈】は、私の妄想のページと思ってください。
君とはきっと結ばれない定め
でも、君との約束を信じて
僕はずっと待っている
恋い焦がれて
待ち続けて
それでも君を思うあまり
夢にまでみてしまう
君は夢の中で
僕に会いに来てくれる
大事な約束、忘れない
いつか願いが叶うときまで
ずっと信じて生きていく
青文字は、
「Y」(作詞・作曲:草野正宗)より抜粋
歌詞を少しずつみていきます。
小さな声で僕を呼ぶ闇へと手を伸ばす
静かで長い夜
どこで句切ればいいのか悩んでしまう一行目。
私は、
「小さな声で僕を呼ぶ」=君
「闇へと手を伸ばす」=僕
じゃないかと思っています。
夢の中で君の声が聞こえたのです。
闇の中で、声だけが。
真っ暗闇の中、
僕は手探りで声のほうに手を伸ばします。
慣らされていた 置き去りの時から 這い上がり
無邪気に微笑んだ 君に会うもう一度
「置き去り」にされていたのは僕のほう。
僕はこれまで、
君をずっと待ち続けてきました。
♪このまま僕のそばにいてずっと
もう消えないでね
(「胸に咲いた黄色い花」)
♪そして君は来ない
百万年前に約束した場所へ
(「待ち合わせ」)
♪マリマリマリ 僕のマリ
もうどこへも行かないと約束して
(「僕の天使マリ」)
♪いつか出会える時まで
君だけを 必ず 君だけを
描いてる・・・ずっと
(「君だけを」)
そして離れ離れになってしまう君さえ
ずっと待ち続けていたんです、
また会えると。
♪いつでもここにいるからね
(「魔女旅に出る」)
♪いつの日にか君とまた会えたらいいな
(「田舎の生活」)
♪最低の君を忘れない
おもちゃの指輪もはずさない
(「不死身のビーナス」)
だから、「置き去り」は慣れていたのです。
一人取り残された日々はまるで
暗い闇のようなもの。
だから、置き去りの間僕は
地の底のような暗くて深い闇の世界
にいたのです。
そこから「這い上がり」ます。
「無邪気に微笑んだ」のは君だと思います。
君はいつも無邪気なんでしょう。
♪君は小さくて悲しいほど無防備で
無知でのんきで優しいけど嘘つきで
(「ナイフ」)
という描写がありました。
でも、同様に
僕も「無邪気に微笑んだ」と思うのです。
僕の場合は少々無理をして微笑みます。
すごく嬉しいんだけど、
君がずっとここにいるわけじゃなく
また離れ離れになることをわかっているからです。
強がるポーズがよく似てた二人は
弾き合い その後引き合った
二人とも強がってるフリをしていたんですね。
お互いにそのことに気付いていたんでしょうか。
売り言葉に買い言葉じゃないけど
意地の張り合いで、
衝突や反発があったのでしょうか。
その後惹かれ合うようになったのに
なぜ僕は「置き去り」のときを
過ごしてるのでしょうか。
一緒にいられない、
結ばれることができない、
何か理由があるのでしょう。
それが次のA’メロにうかがえます。
生まれた頃と変わらない心で触ったら
すべてが消えそうな 君を見つめていた
大人の打算や駆け引きなど知らない
生まれたばかりの子供の
何の邪心もない純粋な心で
僕は君を好きなのです。
でも、そんな気持ちで君に接するのは
いけないことのようです。
「すべてが消えそう」というのは
君自身はもちろん、
君との思い出や
置き去りにされながらも待っていたこと・時間
僕たちのこれからの未来への微かな望み
それらがすべて
水の泡になってしまうんでしょうね。
君を純粋に好きになってはいけない、
君と結ばれるのは難しい。
だから、「引き合った」のに
「置き去り」なのでしょう。
やがて君は鳥になる ボロボロの約束胸に抱いて
君はもうじき僕の夢から消えていきます。
僕にはわかっていることです。
でも会えるだけで幸せなんです。
君は君の道を歩いて(羽ばたいて)
僕は僕の道を歩く(ずっと君を待つ)。
「ボロボロの約束」を胸に抱いているのは僕。
何度も何度も破られて
何年も何年も待ち続けて
ボロボロになってしまってる
でも絶対捨てられない大事な約束。
悲しいこともある だけど夢は続く
目をふせないで
舞い降りる 夜明けまで
君と結ばれることは難しい。
二人の間には
何か大きな障害があると思われます。
全て承知だから辛く悲しいけど
でも大切な約束なので
望みは決して捨てない。
だから「夢は続く」
この「夢」は、
君と結ばれるということの他に
会いに来てくれてる間の「夢」
もあると思います。
「目をふせないで」は、
「諦めないで」ということかと。
これは、君に対しても
僕自身にも訴えかけています。
「舞い降りる」のは、
「決意、心を決める」ということではないかと思います。
「夜明け」は、文字通りの夜明けもあるでしょうが
耐えて待ち続けた
「願いが成就するとき」という意味だと思います。
「舞い降りる」「夜明け」がきっと来ると
信じて日々を生きていきます。
やがて君は鳥になる ボロボロの約束胸に抱いて
風に揺れる麦 優しい日の思い出 かみしめながら
揺れている麦の穂は
「実り」をイメージする
生命感や期待にあふれる表現だと思います。
「稲穂」もスピッツの歌にはよく登場します。
阻む壁にぶつかる前の
純粋な心でいられた頃の思い出、
必ず「実る」と信じていた幸せな日々は
みな優しく僕の心にしみこんでいます。
君の心にだってしみこんでる。
僕はずっとそう信じています。
つぎはぎのミラージュ 大切な約束
胸に抱いて
ここの歌詞は特に切なくて好きです。
「ミラージュ」=蜃気楼や幻は、
ただでも不鮮明で脆く儚いもの。
私はここでの「ミラージュ」は
「幻」ではないかと思っています。
スピッツの歌にはよく出てくる
「幻」という表現。
それを「つぎはぎ」にして、
君との儚い記憶や思い出を
一つひとつ拾い集めて
必死でつなぎ合わせているんです。
何と悲しく健気なことでしょうか。
君の存在
君の言ったこと
君がしたこと
そして僕らの思い出自体
どれもみな蜃気楼のように
現れては消え、消えては現れるような
正体があるのかさえ不確かなのです。
「幻」だから。
♪映し出された思い出は
みな幻に変わってくのに
(「涙がキラリ☆」)
♪かげろうみたいな二人の姿を
(「日なたの窓に憧れて」)
♪ゆらめく陽炎の向こうから
君が手を伸ばしたら
(「スカーレット」)
君がいるのは、
そして君が僕に寄り添うのは
現実とも幻ともつかないような
あやふやさを伴っているんだと思います。
君は
ずっと僕とはいられない
ずっと僕を愛することは難しい
何となくそんな気がします。
だから、君がいなくなった後は
すべて夢だったような気になってしまうのです。
確かに君はそばにいた
夢だったのか?
信じていいんだよね
その自問自答の繰り返し。
そうなる前に、消えてしまう前に
少しでも確かなものとして
「つぎはぎ」にして纏めていくのです。
それすら大切な約束だと信じています。
何が二人の壁となっているのでしょう。
二人は、
世間一般に許されない間柄ではないかと
私は勝手に思っています。
悲しいこともある だけど夢は続く
目をふせないで
舞い降りる 夜明けまで
いつか叶うと信じて
諦めないで
僕らは生きていく。

【歌の感想】
これまでずっと僕の思いは成就していません。
というか、
最初から成就できない間柄で
僕もそれをわかっています。
でも、一縷の望みを抱えて
日々を生きています。
そして
叶わない君との未来や夢を思い
一途なあまり
夢にまで君が出てきます。
「Y」という題名も
何を表しているのか不明です。
「夢」かもしれない、
「離れ離れになるとき」かもしれない。
私は「yet」かな、と思ってるのですが。
「まだ」実現していない
「もう」心は通じ合ってる
「だけど」結ばれない・・・などなど
いろんな含みがあるかと・・・。
考え過ぎでしょうか?
僕と同じく
君も強がっていたようですね。
何となくホッとします。
いつか「舞い降りる」ことができると
信じて。
君と夢で会えることを待ちながら。
この歌を聴くといつも思い出す
吉田拓郎の「恋唄」(1978年)
♪あなたが暗闇から
呼びかけてくれれば
こちらも一途な思いに溢れた切ない歌です。