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不世出の皇帝フェデリコ2世と動物たち

出勤前のトレーニング(リハビリ)箇所が多すぎて、なかなかブログを書く時間がござらぬ親方です。

 

さて今日はオタクの呟きシリーズ。

世界史の教科書では教皇に破門された皇帝として名前出てきたっけな〜くらいの認知度かも、いやその認識すらない人が多いかもしれませんが、フェデリコ2世(フリードリヒ2世)のお話。

13世紀、生涯においてイタリア王シチリア王、ドイツ王神聖ローマ皇帝、そしてエルサレム王となったお方です。

交易盛んで開かれた地に生まれた彼は、一説には9ヶ国語を操り7ヶ国語の読み書きができたとも言われています。

とにかく博識。ナポリ大学を創設、自身も科学者や研究者であったと同時に詩人でもあり文化人であっただけでなく、政治においてもメルフィ法典を制定するなど、民を思い立派な皇帝たらんとしたマルチで稀有な天才でありましたが、まあとにかくあの野蛮な中世においてその近代的な思想、発想、視野、探究心や才能から見るに、間違いなく宇宙魂なわけですがそれはさておき。

そんなフェデリコがなぜ教皇から破門されたかというと、十字軍に行け〜と言われてたのになかなかああだこうだグズグズしてたんで教皇が怒っちゃったりしたんですよね(それだけじゃないけど)。

しかも破門されたのは一回だけじゃないwww

だもんでアンチ・キリストと言われてますが、自身はちゃんとシトー派の教会を建てたり、立派なキリスト教徒の王としても生きようとしていたので、アンチ・キリストというより、アンチ・「カトリック教皇の権力」だったんじゃないかと思っております。

孤児となった幼少期から権力闘争に巻き込まれながら、帝王学も騎士としての軍事的技術も学び、成長して王として立った宮廷には他国の文化交流があり、アラビア人(ムスリム)も役職についていたので、イスラム教徒と馬鹿馬鹿しく戦うよりも和平を願ったのですね。

そしてあれこれしながら(省きすぎ)エルサレムを統治するスルタン、アル=カーミルと書簡によって親交を深め(もちろんアラビア語で)、お互いに戦を望んでいないことを知り、互いの学識を尊敬しつつ議論しつつ交流を続け、10年間の停戦と無血開城を果たしたというのがいい話(あんな野蛮な時代に😭と繰り返し言う😂)。

同時代のスルタンがアル=カーミルだったというのもなんというか両雄並び立たずならぬ並び立つ、それもきっと魂の約束をして降りてきた王たちなのでしょう。

互いの交情はカーミルの死まで、いやその死から12年後のフェデリコの死ぬまで続いていたようで、「友よ、寛大なる者よ、誠実なる者よ、知恵に富める者よ、勝利者よ」というアラビア語がシャツの袖に縫われていたとも。

(そのせいでカーミルはアラビア人たちの反感も買ったようですが、まああんな時代でそんなことしてたらいろいろありすぎるほどあったでしょうね。)

 

フェデリコの宗教的寛容などについてのエピソードは後に譲るとして、こんなかっちょええ皇帝は、動物たちのことも大好きだったんですよ。

大好きというとちょっと違うかも。自然科学や動物についての関心がとにかく深かったので、研究対象としても興味を持っていたのでしょう。

彼は珍しい異国の動物を集めるのが好きで(貴族たちのステイタスみたいなこともあったので、そんなブームもあった)、キリンやゾウ、ライオン、チーター、ヒョウ、鳥たち、犬、ヤマネコなんかを飼っていて、動物たちは宮廷が移動するたびに一緒に移動したんです。

移動動物園みたいなね。

あ!

一瞬でピピンときました。皇帝だけに!?(😂って通じるかしら)。

あーちゃん、サーカスじゃなくてこういう宮廷の動物園だよね!?

移動動物園だよね!

え、なにその話?⇩って思った方はこちら。認証突破して読んでください。

oyakataumanga.hatenablog.com

 

ってことで、さて真相やいかに😁

 

そして親方としてはフェデリコが鷹狩りを愛していたことがツボ。

いや、貴族王族は大体鷹狩りを愛しているんですが、フェデリコの場合は書物まで書いてしまうくらい、鷹狩りを、そして鷹たちを愛していたんですが・・・・

つづく

おまけに僕が「エルサレムの王・・・」とつぶやいたらしい

 




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