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リヨン発プロヴァンスの旅#4-2 超級山岳モン・ヴァントゥからローマ都市オランジュへ

10月28日火曜日の続きです。

ゴルドを発ちました。

 

モン・ヴァントゥ'Mont Ventoux'

 

次に目指すは、ゴルドから53km/1時間10分、「プロヴァンスの巨人」「魔の山」の異名をとるあの白い頂。
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コート・ダジュールだとかプロヴァンスとか言うと温暖なイメージがあると思いますが(温暖どころか熱波に襲われると40℃もの灼熱地獄になるし、そもそもイタリア半島よりも北なので冬も温暖ではないですが)、モン・ヴァントゥは北緯44°、札幌よりも北。そして富士山と同じく独立峰。常に寒く、そしてミストラルに見舞われると「風の山」の名の通り、猛烈な風が吹くそうです。

 

ここが有名なのは、その1がかの博物学者ファーブルが何度も登ったことと、その2が私のようなサイクリストにとってはツール・ド・フランスの「超級山岳」ステージのゴールの定番として、エディ・メルクスマルコ・パンターニといった巨星が優勝者として名を残し、クリス・フルームがドラマを残したという、世界第一級の聖地なのでした。

veloventoux.com

 

ということで、主にロードバイクのサイクリストが沢山登っています。

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ZWIFTにでは、ZWIFT随一のヒルクライム・コースとして、「フランス」ワールドにここをシミュレートした「Ven-Top」があります。

zwiftinsider.com

最近ZWIFT自体止まっていますが、私自身のトライアル回数が最も多いであろうコースであり、自分が走ったコースを思い出し、「ああ、ここが」的な感慨に耽りながら登ります。

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と感慨とか言っていますが、僅か64psのサンデロでもペースの速い私は、チンタラ前を走るBMWが邪魔なので、離れようと駐車場に入ったら私以下後続の多くが駐車場に入ったのにそのBMWは通過、そして私が駐車場に入った際に入れ替わるように駐車場から出たAudiがチンタラ前を走る展開となり、微妙なストレスを感じています。

遅せーとか文句言いながら登っている私を尻目に、嫁のiPhoneは時折ブレつつも徐々に迫るゴールを捉えていました。
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到着。モン・ヴァントゥ'Mont Ventoux'(TAブアアンテの観光 3件中1位)。建物は気象観測施設で、端(画面中央)の土産店とトイレだけ一般開放されています。
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晴れの視界360°ですが、16時半の1,914mは非常に寒く、私はダウンジャケットを着てTop of Topに向かって駆け出し、嫁は一瞬外に出ただけで車内に戻りました。

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草木も生えぬ白い岩(というか礫)を登って塔の横まで来ました。ここが最高点。
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アルプス南部。どっかにモンブランがいると思うのですが、あの山は見る位置によって形が変わる&プロヴァンスはかなり離れているので、見落としているかもしれないし、方向違いかもしれません。
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足元を撮っていませんが、真っ白いのは白亜紀石灰岩「ウルゴニアン石灰岩」がガレているためで、大理石露出層ではありません。まあ確かにカラーラの山々は、この塔と同じくらい白かった。

 

南側から登ってきた我ら、次の目的地には途中まで同じ道を戻るのが早いのですが、モン・ヴァントゥを楽しむため、今度は北側に下っていきます。名残の振り返り。
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こうやって走ると、Ven-Topは南ルートがベースですが、北ルートもMixされてますね。楽しいルートでした。

なお、これを書き起こしている11月23日現在、南ルートは4月17日まで閉鎖。冬季通行止めかしら。

 

モン・ヴァントゥから次の目的地までは約60km/1時間。

 

経路のほぼ中間、D938〜D997マロセーヌ通りをただ下る筈が、クレステ'Crestet'の街を過ぎて「丘の上にお城があるねー」なんて言いながら丘に接近していくと、分岐を右に行けと指示されてウヴェーズ川を渡ってマルセル・コルヌルー通りに入り、更に1km進んだところで1.5車線道路のセザール・ジョフレ通りに入り、とGoogle Mapに騙されたような感じで田舎道を進んでいくと、何だか激しく渋い橋が。移動中なので自分の写真はありませんが。

pin.it

通りを左折してこの橋を渡り、真正面にレリーフを見て右折し、ヴェルダン通り'Quai de Verdun'に入りました。これはマロセーヌ通りから続く通り。詰まるところ少し遠回りしてこの橋を渡ったということですが。

この橋は思い切り現役ですが、1世紀に作られた紛れも無いローマの橋なのでした。

知らずに通りかかったのは、「ヴェゾン=ラ=ロメーヌ」’Vaison-la-Romaine’、人口5,000人くらいの小さな町ですが、中世トゥールーズ伯の城(上で言及している「丘の上の城」)、小さい町なのにロマネスクの大聖堂'Cathédrale Notre-Dame de Nazareth'があり、古代ローマ遺跡と考古学博物館があり、世界的な合唱祭が行われる現役の古代ローマ劇場があり、現役のローマ橋がある、長い歴史を持つ町なのでした。

やるな、Google Map。

 

 

オランジュ

 

そしてこの日の宿泊地オランジュに着きました。

ホテル・ル グラシエール☆☆☆'Hotel Le Glacier'(TAオランジュのホテル17軒中1位

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ホテルの前が公共駐車場で、一旦真ん前に停めたのですが、有料且つ支払うと高価(パーキングメーター等なく支払い方法はよく分からないが、一定の時間帯に駐めていると支払い義務が発生するよう)なため、裏のホテル駐車場11€を借りておきました。まあ多分無用でしたが。

木の室内は、フランスでは大概そうですが、狭いです。

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けど十分機能的です。BSかケーブルか知りませんが、フランスのホテルは日米中のチャンネルが見れないところが多いですけども。
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こちらもバスタブはありません。

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夕食に出ました。

ここは明日入るつもりのローマ遺跡。

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その地階アーチ。
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レストラン・アラウシオl'Arausio(TAオランジュのレストラン130軒中6位)(写真は閉店後ですけど)
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「アラウシオ」はオランジュの旧名、キンブリ・テウトニ戦争で紀元前105年にローマ軍が大敗した「アラウシオの戦い」の舞台で、これを機に大マリウスの軍政改革により強化されたローマ軍が最終的に勝利してこの地を支配し、その後のユリウス・カエサルによるガリア戦役に繋がっていく訳ですけども。

プロヴァンス風フロムキッシュ。
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ポルチーニ茸のアニョロッティ。
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シーバスのオーブン焼き。
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ビーフシチュー。
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美味しく食べて、締めて63.5€。

物価の高い現地では、仲々お安い部類ではないかしら。

 

おやすみなさい。




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