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リヨン発南イタリアの旅#4 アルベロベッロのトゥルッリ

7月14日月曜日

ブリンディジ

オリエントの方角から陽が上るブリンディジ港の夜明け。本国ローマの最果てであることを強く感じます。

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朝食はイタリア☆4の標準。朝からこんな甘いもんばっかりでいいのか、と思いますが、
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それがイタリアのホテルの朝食。
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☆4では「あればラッキー」の生ハムもありました。

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☆4でも地元の一番星グランド・ホテルなだけありますな。


おしゃれなロビー・ラウンジ。

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1階(日本の2階)中央部にある会議室'Sala Reale'(王の会議室)。

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ステージ側の天井画。
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第二次世界大戦イタリア降伏寸前、ナチス・ドイツの侵攻を恐れてローマ(トリノ?)からブリンディジに逃れたヴィットリオ・エマヌエーレⅢ世とエレナ王妃は、ここに20日間滞在して王国亡命政府を樹立しました。という歴史の舞台。

が、ファシスト政権を支援し、明らかな劣勢下でも継戦意思を捨てず、それでいて我が身が危なくなると国民を捨ててブリンディジに逃亡して国内を大混乱に陥れ、国土の大半をドイツに占領されるに至らしめた彼こそが、サヴォイア朝イタリア王国の終焉を齎した人物です。という超訳

因みに彼は、退位1年半後、亡命先のエジプトで失意の中病没しました。

会議室のバルコニーから。
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我らの部屋のほぼ隣なので、バルコニーに出られるか否かの違いだけです。

 

朝食の後は、路地を丘の上へ。

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広場に出ると現れるのは、'Pontificia Basilica Cattedrale'(TripAdvisorブリンディジの観光 90件中7位)。

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バロック様式ながらカラーマーブルによる装飾がないシンプルな堂内。
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一番最近では第二次世界大戦(イタリアにおける)末期の1944年に連合軍の爆撃で破壊されたところからの再建なので、その前は異なる姿だった可能性はあります。

それに隣接する'Museo Archeologico Provinciale Francesco Ribezzo'(TAブリンディジの観光 90件中6位)、生憎月曜日は閉館日なので、開館時刻の9時を過ぎても今日は入れません。
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で更にその先のフツーに住宅地を進んでいくと、いかにも古風な円形のプランを持つロマネスク教会’Tempio di San Giovanni al Sepolcro’(ブリンディジの観光 90件中1位)。

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11世紀末に遡るこの教会、ボヘモンの命により建立されたそうです。

地下にはローマ時代の住居が、というかローマ時代の住居の上に建っています。まだ発掘が続いている模様。
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この教会を特徴付けるのは、13〜14世紀のフレスコ画
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ただ生憎程度は良くなくて、1761年の地震で損傷を受けた建物が約100年に亘って放棄されている間に大きく劣化したのだそうです。
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そして円柱広場まで戻り、ブリンディジ観光を終了しました。

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プリンディジは、訪ねること自体は極めて重要ですが、見るべきものは多くないので、これで満足です。

 

移動開始

ホテルをチェックアウトし、徒歩約10分の南湾最奥のフェリーターミナル前から駅と空港を結ぶ路線バス(30分間隔くらいで走ってます)に乗り、再びブリンディジ空港へ。

ホテルは朝食付き約28,000円+宿泊税お一人様€3。バスはお一人様€2。

 

空港のバジェットレンタカーでレンタカーをピックアップしました。料金は足掛け4日間で€427です。

レンタカー・オフィスは、ターミナルビル内にはありません。Ariivalを背にして左の別棟です。別棟トイレの更に先にあって見えないので、小さい空港ながら分かり難いです。あまりいなそうなブリンディジ訪問者のために強調しておきます。

また、車両のピックアップ・ポイントも遠いです。ターミナルビルを、レンタカー・オフィスと反対の右に出て空港敷地の外、一番遠いP9です。

しかも指示された駐車場所には言われた白い車はなく、幾つかズレた場所の黒い車だったし。まあこれくらいはイタリア🇮🇹では普通ですが。

ある筈の車がない時はリモコンキーでドアロックを解除すれば探せるのですが、そんな立派なものは付いていない時代のR32GT-R乗りの私は、それに気付かずつい探し回ってしまいました。

 

空港の近くに、13世紀末のロマネスク=ゴシック期の教会「サンタ・マリア・デル・カサーレ教会」'Chiesa Santa Maria del Casale'(TAブリンディジの観光 90件中3位)があります。

www.cometobrindisi.com

車を乗り出して最初にここに寄ろうと思っていましたが、手前に駐禁標識があったので見送り。P9からほんの300mしかないので、車を動かす前に歩いて行けばよかったんだよね。

保存状態のよいフレスコ画が特徴のようですが、私には色違いの石の組み合わせによる壁面の模様が興味深いところでした。

まあいいや。

 

続いて、歩いたら暑いのでもとより中まで入る気のないアルフォンソ城(TAブリンディジの観光 90件中14位)に向かいました。

www.cometobrindisi.com

橋(じゃなくて海中道路ですが)手前陸側の外海に面した磯と砂浜は、海水浴場です。

Google Mapでは分かりませんが海中道路終点部の先は工事中で、自動車を置ける一番奥がここか或いは海中道路終点部(工事車両の邪魔っぽい)。

一旦車を停めた場所の前の磯は波も穏やかで大勢の家族が遊んでいましたが、真ん前でローティーンが遊んでいまして。上が裸なのではじめ男の子だと思ったのですが、髪が長いしショーツがビキニだし、体格もやっぱり女の子じゃん。10代女子をトップレスにしては絶対いかんぞ、親。もうちょっと大人になった時に黒歴史認識するかもしれないんだから。ヨーロッパのビーチには結構いますが、妙齢以下の女性はやっぱりダメだと思います。

 

そういうのが写ると困るので、誰もいないところ。

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結局海中道路の島側終点まで進んで一時路駐し、700m程先のアルフォンソ城。
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まあ軍事要塞なので外観はお洒落じゃないですが、内港が印象的な城内にはガイドツアーのみで入れるそうです。
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その後は暫く、美しいアドリア海を眺めながら北上。
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アルベロベッロ

そして狭い道のプチ山越えにホントかよGoogle Mapとか思いながら進んでいき、午後本日の目的地に到着しました。

アルベロベッロ❗️

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人が少なく見えるのは、翌朝の観光客が大挙押し寄せる前の時間帯に撮った写真を使っているからです。

自動車はParking Nel Verde€12@1日に駐車してそこから徒歩。

 

この旅最初の世界遺産アルベロベッロのトゥルッリ」'Trulli di Alberobello'(TAアルベロベッロの観光 29件中1位/トラベラーズチョイス2025)。

whc.unesco.org

日帰り客の比率の方が圧倒的に高いようですが、我らは、嫁の希望「トゥルッリ(注1)に泊まり」ます。

 

「トゥルッリ プーリア リゾート」'Trulli e Puglia Resort'☆☆☆(カテゴリーが妙に細かいですが、TAアルベロベッロのB&B49軒中6位)。

www.trulliepuglia.com

トゥルッリ・エリア入口から程近いレセプションで受付を済ませ、案内されたのは一番近い部屋でした。

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一軒借りのTrullo Suiteです。

ベッドルーム1。
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ベッドルーム2。
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ベッドルーム2の聖母マリア像。
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因みにベッドルーム1には井戸というか、貯水槽(現役ではない)がありました。

バルコニー・テラス付き。

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まあ日差しの下は暑いので、昼間にテラスで寛ぐとか無理ですが。

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1泊€220+2人1泊分の宿泊税€6、朝食付き。

スイートで普通に4人泊まれますから、高くはないかな。宿泊用のトゥルッロは沢山あるので、ホテルタイプにすればもっと安いです。

 

この日はお昼ご飯を省略してシエスタし、夕方近くなってから散策に出ました。

トゥルッロは遺跡じゃなく伝統工法のことなので、観光向け開発としてどんどん新築やら改築やらがされているのですが、旧市街の谷を東西に貫く大通り(但し歩行者専用)Largo Martellottaから南側斜面が我らの泊まったメイン・エリアで、同北東側斜面がもう1つの密集エリア。それらが世界遺産です。

そのlargoのちょうど真ん中付近にあるサンタ・ルチア教会'Chiesa di Santa Lucia'(TAアルベロベッロの観光 30件中11位)横のテラスが、南側斜面のビュー・ポイント。

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まるで異世界、メルヒェン(ドイツ語ですけど)。
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トゥルッリ率が高い1枚。
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大分歩いたので、'La Bottega del Gelato'(TAアルベロベッロナイトライフ6件(??)中2位)で買い求めたジェラート€5を、夕方になると家を出てきてやたらと公園で会話するイタリアのVecchiと公園を自転車で走り回るイタリアのRagazziを眺めながらポポロ広場でいただきました。

 

19時になりました。

レストランが開く時間。当然レストランもリサーチ済ですが、よさそうな店の多くは予約を受けていません。折角ダイニングのあるトゥルッロに泊まるから2人で静かに食べよう、という嫁の希望で、テイクアウトでピッツァなど購入して部屋に帰りました。

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聖コスマと聖ダミアーノの教会を背に部屋の近くに戻ってきた頃には、大分静かになっていました。
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テイクアウトしたのは、Googleで4.8と高評価の'Siné | Trattovia'(TAアルベロベッロのレストラン122軒中10位)。

ピッツァとパニーノ€12.5で簡単に済ませました。

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テイクアウトとしてはすごく美味しいですが、まあ普通にピッツァは固くなり、風味は落ちます。

 

夕食の頃にはまだ賑やかだった部屋の前の通りも、シャワーを浴びた頃にはすっかり静かになり、そしてイタリアも夜は涼しいので、外に出ます。

テラスから見上げる星空(写真ではほぼ見えませんが)。
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前の通りには誰もいません。
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メインストリートも誰もいません。
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夜の静かなアルベロベッロ、いいな。

 

おやすみなさい。

 

注1:単数形はtrullo、複数形はtrulli。でもtrulliの方が圧倒的に語感がいい。




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