彼はそうである のを はい と思うのが 少ない
同世代の友人知人がたくさん結婚したり結婚したがったりしているけど(そういうお年頃なので)、そのふるまいの意味がわたしにとっては全然自明じゃないので、つい「どうして結婚したいと思う/思ったんですか?」とインタビューしてしまう(訊く甲斐があるだろうと思うくらいそのひとの内省と言語化の能力を信頼しているということなので、許してほしい)。
現代の実在人間どうしがする結婚を、わたしは「法律婚」という意味合いでしか捉えていないんだろうなと思う。制度上結婚していないと受けられない様々なメリットがあるから、(何らかの理由で)お互いに生活を共にしたいと思う相手がいて、かつ結婚が可能な条件(戸籍上の性別が違う、とかね……)が揃っているなら、有力な選択肢になるのは理解できる。でも/だから、「お互いに生活を共にしたいと思う相手」が現にいるわけではない段階ですでに結婚したいと思っていたり、単なるメリット以上のものを見出して結婚することを選んだひとが、どう意味づけているのか気になってしまう。「メリットによる選択」ではない意味づけは全て主観的・個別的なものだとするこの理解が、最もフェアだとも思っている。
わたし自身は、同性婚と選択的夫婦別姓が実現していない現在のこの差別的な制度を、自ら積極的に選択しようとは思わないけど、自分以外のひとが結婚を選ぶことは全く否定しないです。実際的なメリットを取ることも、それが可能であるなら間違っていない一つの考え方だと思う。そして、わたしの主観的な感覚からいえば「人生(の大きな部分)をかけて一緒にいたい」と思う相手がお互いに一致するなんて奇跡的でめでたいことだと思うけど、これはわたしのなかの個人的な意味づけにすぎず敷衍できるものではない、とも思っている。
実際、ひとによって結構答えは違っていて、大きく括ることもできるだろうけど、その綾こそが大事だとわたしは思う。
インタビューでいろんな考えを聞くのはおもしろいんだけど、「このひとといたいから結婚したい」じゃなく「結婚したいから」が先に立つ考え方は、意味は把握できても気持ちまで理解するのは難しいなと感じるし、そういえば学部生の頃によく見聞きした「(まだ見ぬ)恋人が欲しい」発言についてもわたしは批判していたけど、先日、転職したばかりの友人と「もしかしたらお友だちになれるひとがいるかも、という気持ちで新規コミュニティのひとびととがんばってコミュニケーションを図ってしまうよね」という話をしていて、うわっ、もしかして「恋人欲しい」と同じこと言ってるかも、と気づいてしまった。己の理想(欲望)という鋳型に実在他者を当てはめようとしている? 「友だち」なら、いろんな在りようで複数並立しているものだから、鋳込めようとする作用も弱いかなって思っちゃうけど……
これまで人間関係に恵まれてきたからこそ、この先の人生でもすてきな友だちと出会えるかも、と期待を持てるのは、ほんとはそんなに悪いことじゃないはずなんだけどな。それなら同様に、まだ見ぬ恋人や結婚相手を望む気持ちも、理解できていいはずなんだけど……いや、全く理解できないというより、やはり当人にとっての意味づけは自明じゃないはずだから、ちゃんと聞いてどういう意味で言っているのか理解したい、と思っているのだとおもう。