これはバグだ仕様だの話を見るときによく思うこと
製作者から見て仕様であっても 使う側からみるとバグ なんてのはよくあるもの
どっちが正しいと言うのはないと思うし どっちも正解だと思う
使う側で使えない以上 その人からしてはバグなんだし
もちろん CSV パーサで JSON がパースできない みたいに明らかにおかしいのもあるけど
機能的に一貫性があればこういうときはこうなるはずだ これとこれを組み合わせたらこういう事ができるはずだ というところで 想定したとおりに動かないみたいもの
作る側が想定していなかったから動かないし直すつもりはないというのは別に構わないと思う
でもそれを仕様と呼んだところで ユーザからすれば動くべきところが動かないというだけ
製作者側が一方的にこれは仕様かバグかを決めるならその違いに対して意味はないと思う
仕様かバグかはどっちでも良くて 動くか動かないか 使えるか使えないか だし
仕様書なんてのがある世界で生きてる人は それが一つの基準かもしれない
でもそれはすべてのケースが網羅されてるの?
そこに書いてない挙動は何があっても全部仕様?
そう契約してるならそれでいいと思うけど すべてがそういうわけじゃないよね
作るときに想定してなくても 「言われてみると そのほうが正しい」 と思うなら直すこともあるし 逆にバグと認めていても直さない・直せないことだってある
バグ報告があって それが仕様かバグかの判定なんていらないから 直すか直さないか で伝えたらいいと思う
実際に どう見てもバグであっても自分の方が正しいと仕様と言い切ったり 間違ってると理解していても直せないから仕様ということにする人だっている
仕様です って返答されても 「だから使えないって言ってるんだって」 としかならないしイライラさせるだけ
まだ 直さない・直せないと言う答えのほうが納得できると思う
あと 自分の周りというかネットも含めて見かける範囲では 昔ながらの IT 系で働いてる人に 過剰と思うほど仕様かバグかをはっきりさせたがる人が多いように思う
バグと言う言葉に過敏に反応して バグ扱いされたら これはバグじゃない!とすごく熱くなってる
バグと言う言葉自体を「言ってはいけない言葉」であるかのように扱ってるようにも見える
業界的なことなのかもしれないけど 自分はユーザ寄りで気軽にバグバグ言うので 理解できない世界
自分が作ったプログラムを我が子のように思ってたりするのかな?
バグ扱い=家族を侮辱されたと考えれば あの必死さもわからなくもない……ような気もするような