まずは、連載更新のお知らせです。
都築響一さんのメルマガ
にて連載中の「ユーラシア後ろ歩き」が更新されました。
今回も先回に続いて、複数の顔をもつ、シベリアの町を歩きます。
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前から感じてはいたが、最近さらにしみじみと実感するようになった。
今、続いている戦争は、まったく新しい時代の戦争なのだと。
影響が多岐に渡りすぎている上、
日常がシームレスにその影響に巻き込まれている感じで、
後になってから「やっぱりこれは戦争のせいかな?」と思ったりする。
そしてそれらの影響は、「これは戦争のせいだ」と
はっきり指摘されないことの方が多い。
だから、かえって気味が悪いし、不安になる。
現実はもっとずっと深刻なんじゃないか?と。
例えば、最近はインターネットの調子がすこぶる悪く、
繋がっても、とても速度が遅かったりする。
日本のニュース関係のメディアやポッドキャストも開けないことが増えた。
イルクーツクの公園の一角には、
「見ざる、聞かざる、言わざる」のサルのオブジェがあるが、
まさか人々にまで、そうなれとでも?
今の時代はむしろ、見て、聞いて、言わなくちゃいけないはずなのに。
しかも政府はさらにSNSの利用を制限しようとしていて、
テレグラムやWhats'appまで制限するつもりらしい。
しかし、Whats'appなどは、
携帯電話の電波が届かない農村部では、電話の代替となる、必要不可欠な存在だ。
急に制限されては、困るどころではなく、混乱を呼ぶだろう。
医薬品不足も深刻だ。
持病のある人たちが、ネット販売にすがった結果、
偽物をつかまされたなんて悲劇も聞く。
ウクライナで起きていることはもちろん、とても心が痛む。
しかしシベリアにも、解りづらい、隠された悲劇がたくさんある。
ただひたすら気がふさいで、厭世的になっている友人も少なくないし、
外資の撤退によって職を失った友人が、首都に吸い込まれていったりする。
戦争は本当に、ごく普通の人も含め、
当事国のすべての人を巻き込むのだと、
実感する毎日だ。
間もなく終戦記念日。
今行われている戦争が一日も早く終わり、
新たな戦争が始まらないことを祈るばかり。