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ところで昨日はロシアで両親の日(ラードニッツァ)と呼ばれる日だった。
そこで、私たちもスラバのおばあちゃんのお墓参りへ。
ラードニッツァは一応、スラブ正教の祭日だが、
宗教との結びつき方は人それぞれで、
信仰というよりただの風習として受け入れている人も多い。
そういう点では、日本のお彼岸に似ている。
日本のお彼岸との共通点は、
お墓参りの時期であることだけではない。
あの世とこの世が近くなる彼岸と同じく、
ラードニッツアも死者と生者の境が
一番薄くなる日とされているのだ。
毎年、こちらではお墓参りの日は
朝早めに起きてクレープのようなブリヌィを焼き、
リンゴやお菓子やワインなどと一緒にお墓に持っていく。
お墓はたいてい、枯葉や雑草で覆われているので、
それらを取り除いてお墓の掃除をした後、
十字架や碑の前に花や食べ物を供える。
ちなみにスラブ正教だと、
十字架や碑がある方が、遺体の足が置かれている方で、
ユダヤ教だとその反対らしい。
動物好きの参拝者だと、森の小鳥が喜ぶよう、
ひまわりの種をまいたりもする。
野良犬が多い場所では、
供え物が犬に食べられるのも計算済み。
その上で、故人と一緒に味わう気持ちで、
ブリヌィやワインをいただく。
習慣として、死の穢れを家に持ち込まないため、
お墓に持って行った供え物は、決して持ち帰ってはいけない。
つまり、墓前に供えたもの以外は、
ずべて自分たちで消費しなくてはいけない。
故人はグラスを空けないので、
スラバと私はワインを2人でほぼ1本空けることになり、
とくに私など、帰りは完全に酔っ払い。
墓地を歩きながら、複雑の気持ちになるのは、
ごみ置き場のごみの山を見た時。
この時期、ロシアではまだ生花が無いか、
たとえあっても高価なので、
みんなプラスチックの造花を供える。
もちろん、使い回しなどはせず、
毎回新しいのを買って供える。
花はほぼ「必須お供えアイテム」なので、
そこからシーズンごとに生まれるプラスチックごみの量は半端ではない。
私も時間さえ十分にあれば、
折り紙で花を作ってプラごみ削減に努めるのだが、
なかなかその余裕がないこともある。
この問題、
信仰が環境に負荷を与えるという意味では、
中国の人が先祖にたむける巨大線香の煙害にも似ている。
業者にとっては大事な収入源となっているので、
根絶が難しい点もそっくりだ。
ちなみに、厳格な正教会の教えではこの日、
お墓では「静かに祈ること」こそ大切で、
飲食、ましてや飲酒など、けっしてすべきでないとされているようだ。
そのことをネットの記事で知って、スラバに言ったら、
「いや、お墓の周りで亡き人を偲びながら一緒に飲食するのは、
こちらではみんながやってる、古くからの習慣だよ」とのこと。
確かに、こちらではお墓の多くに、飲食用のテーブルがあるし、
私たちも親しかった故人のお墓に、
テーブルをプレゼントしたことがある。
そこで思い出すのは、日本のお彼岸や中国の清明節だ。
いずれも、お墓参りと飲食が結びついていて、
食べ物を墓前にお供えしたり、
参拝者がぼた餅や冷たい食べ物などを食べたりする。
さらに近いのは、お墓の前でピクニックをするという、
沖縄の清明祭(シーミー)かもしれない。
恐らく、中国の踏青(清明節のピクニック)の習慣が
沖縄に伝わり、進化したのだろう。
シベリアと沖縄。地理的に離れ、気候も宗教も異なるのに、
春のお墓参りでピクニック
という共通項があるのは面白い。
地球って大きいけど、
互いに理解不可能なほど
大きすぎるわけではないようだ。