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Nの週末

祝日を含めたこの週末は、

つくづく文化と政治の関係について考えさせられた。

 

まずは昨日訪れた、

グリーンランドのバンド「ナヌーク」の無料野外ライブ。

北欧風の音色に民族音楽的な要素が結合した、

少し内省的で、でもたいへん心地の良いサウンドは、

事前にデジタル音源でも耳にしていたものの

生で聴くと、その曲や演奏の完成度の高さに改めて感激した。

 

会場も良かった。

高円寺の気象神社という、

街角にふと現れる神社の敷地の一角。

 

かつて京都の法然院で篠笛のライブに行った時も

夜のお寺に澄んだ笛の音という

ダブル効果で醸し出される幽玄さが

深く印象に刻まれたが、

春の気配漂う朗らかな神社に

美しいエフェクトのかかったグリーンランド語のロック

というのもなかなかしぶい。

 

しかもその音は、昼の街の喧騒と不思議なほど融け合いつつ

でも、しっかりと聴衆を自分の世界に引き込んでいく。

そんな気さくな感じが心地よくて、

ずっとずっと聴いていたかったほど。

 

もちろん、今、グリーンランドと聞いて、

誰もが思い起こすのは、トランプ大統領による併合騒ぎ。

だから、ただ心地よさに身を任せてばかりもいられない。

心の中で、グリーンランドの人々が今後もずっと、

戦争や侵略などに遭わず、幸せでありますように、と祈る。

 

ちなみに、

その前日に訪れた展覧会も、熱量では負けず劣らず。

 

それは早稲田大学奉仕園スコットホールで

27日まで開催中の写真展「ナワリヌイ」。

こちらは大学の敷地の一角にある

洋風の建物の半地下の空間が会場だった。

 

写真家エフゲニー・フェルドマン氏が切り取った

ナワリヌイ氏の活動風景の飾り気ない断片たちは、

かつてロシアの市民たちに

有力な政治的選択肢を示した人物の、

粘り強く、確固とした信念に支えられた活動を

効果的に印象付けていた。

 

正直、私はナワリヌイ氏がかつて口にした

民族主義的な発言に、まったく賛同できない。

だが、彼の活動の断片を眺めているうち、

ナワリヌイを支持していたイルクーツクの人々の

希望に満ちた顔が目に浮かび、

彼にはやはりロシアを良い方に変える

エネルギーがあったのではと

感じずにはいられなかった。

 

生き生きとした写真にはそんな、

目に見えないものをあぶり出す力があったのだ。

 

ナワリヌイの崇拝者たちは、

彼の良い面やポジティブな力を強調し、

彼の姿を新しい世代の自由と平和のシンボル、

つまり未来を託せる存在だと信じていた。

その信念がもたらした、プラスのエネルギーは、

やはり評価すべきだ。

 

 

偶然だが、ナヌークもナワリヌイもNで始まる。

実際には何の接点もない両者だが、

彼/彼らの背後に、彼らを支持しつつも、

大きな声は上げられないN人の市民がいて、

それぞれが自由と平和を願っているという意味では、

似ているのかもしれない。

 

そして私も希望を持ち続けよう。

N人の市民の一人として。

 

 

新・不定期連載「中国寄り道コラム」スタート

以前、ロシア人にはあまのじゃくスピリットがあると書きましたが、

じつは私もちょっぴりあまのじゃく。

そこで、こんなコラムを始めてみました。

 

集広舎「中国寄り道コラム」

 

日中関係はいつも、ものすごく近くなった、

と思った矢先に急激に遠ざかる気がします。

 

今回も、中国から日本への移住者が増え、

やっと鑑真号も再び運航し始めた頃に、

ピシャリと扉が閉じた感じです。

 

そんな逆境にこそにこそ生かしたいのが、

あまのじゃく精神。

 

航空券のサイトを見るたび、

物理的にいつまで続けられるかという不安は過ぎりますが、

 

昨今の政治情勢を前に、

たとえ一粒ずつでも何か、

実のなりそうなものを植えていきたいと思います。

 

スラバ・カロッテ個展「シベリアの面影」無事閉幕

ご報告とお礼が遅くなってしまいましたが、スラバ・カロッテ個展「シベリアの面影」、21日水曜に無事閉幕しました。

 

ご来場くださった皆様、関心を寄せて下さった皆様、本当にありがとうございました。

会場での充実したひとときを何とか伝えたくて、写真の一部でコラージュを作ってみました(プライバシー保護のため、サイズは敢えて小さくしてあります)。

 

今回の展覧会では、「人はいろいろな言葉によって生かされている」

ということをつくづく感じました。

スラバの作品にまつわる嬉しいご感想はもちろん、

心休まらない情勢を思うと、

「イルクーツクに行ってみたくなった」とか、

「ロシア語を学びたくなった」といったお言葉も、

とても貴重でありがたく感じます。

 

展覧会の運営については、

まだまだ至らない点もあるかと思いますが、

たとえゆっくりでも、スラバとともに、

一歩一歩、前に進んでいこうと思いますので、

これからもどうぞよろしくお願いします。

 

ちなみに、言葉に力をもらうというのは、

とりとめのないおしゃべりも同じです。

 

今回も例えば、ロシアや中国に興味がある方々と

旅や現地の状況について話したり、

 

ミュージシャンや美術家の方々から、

東京の表現空間についてうかがったり、

 

果ては長年、ジャズの批評をされてきた専門家の方から、

ジャズをより深く聴くのに役立つ知識をいただいたりして、

 

刺激に満ちた、気づきの多い時間を過ごさせていただきました。

 

場所柄、もちろん絵の背景の説明もしましたが、

こればかりは強引でない範囲で。

静かに鑑賞したい方もいらっしゃると思うからです。

 

ただ、シベリアはさすがに近くて遠い外国。

映画や小説と同じで、ちょっとした背景の説明が、

絵の世界をより身近にする、ということはあると考え、

描かれている場所の歴史や環境、近年の変化などは、

できる限りお話ししました。

 

老朽化した建物が数多く残るシベリアでは、

今ある場所が明日は消えているということも、しばしば。

人や環境の変化もけっこう激しいものがあります。

 

現代には「写真」という手段もあるけれど、

何かを伝える手段は多いに越したことはありません。

絵画の紹介や、エッセイ、物語、小説などを通じても伝えていけたら、

と思う今日この頃です。

 

 

 

 

 

スラバ・カロッテの個展「シベリアの面影」展開幕のお知らせと、ラジオマイあさ!の聞き逃しサービス

長らく準備を重ねてきた、スラバの「シベリアの面影」展、

国分寺のカフェスローにて、

いよいよ開幕しました。

会期中はスラバも私もずっと会場にいる予定です。

イルクーツクを中心とした、シベリアの様々な風景が並びますので、

ご興味のある方はぜひご来場ください。

 

描かれているのは、今現在のシベリアですが、

いずれも過去へとつながる何かを帯びているので、

シベリアを地理的にも時間的にも

旅した気分になれるかもしれません。

 

ちなみに、スラバも私も、開幕早々、いろんな方とお知り合いになれ、

新しい出会いの多さという意味では、まるで旅をしているようです。

 

その一方で、とても懐かしい再会もあり、

私たちの活動に今も関心を持っていただけていることに、

たいへん励まされました。

今度お会いする時、恥ずかしくないよう、

引き続き、本業副業含め、頑張っていきたいと思います。

 

★★★

また、こちらも遅すぎるお知らせで恐縮ですが、

1月10日の早朝、5時40分頃に、

NHKの「ラジオマイあさ!」に出演させていただきました。

 

以下の聴き逃しサービスのサイトから、

17日の朝5時50分まで聴くことができます。

プレーヤー | NHKラジオ らじる★らじる

とここまで書いたところで、

 

配信修了までもう3時間弱しかないことに気づきました。

ああ、何という対応の遅さ……。

ここ数日、スラバの個展の準備に追われていたからとはいえ、

たいへん申し訳ありません。

 

今回は、ロシアにおいて無理やり普及が進められている国産アプリが、

利用者一人一人のアカウントを

変更不可能な個人のIDと結びつけさせることによって、

国民を一括管理するツールとなりつつある現状などについて、

お話ししました。

ネット上のさまざまなサービスについても、

匿名アカウントでの利用が難しくなるようです。

 

これまで、ロシアのいろんなニュース・情報関連のサイトを見ると、

コメント欄のコメントがとても自由で批判精神に富んでいることがあり、

読んでいてとても興味深かったのですが、

そんなちょっとした「本音の空間」も、

これからは消えていくのかもしれません。

 

この何ともいえない息苦しさ……

当事者でもある私は、

この先どうなるのかと、とても不安ですが、

こんな時に期待したいのは、

ロシアの人たちのあまのじゃくスピリットと、

創造力豊かで自由を愛する芸術家精神。

 

あまのじゃく精神は、時に墓穴を掘ることもありますが、

芸術の力は、時代を超えて生き続けます。

 

いずれも、強大な権力を前にしては、弱く小さいものに見えますが、

柔らかいからこそ、強い存在であったりもします。

今はもう、その力を信じて前に進むしかありません。

新年初ChatGPTと初ラジオと書き初め

豪快さで勝負の

初Chat GPT

初ラジオ出演の「聴き逃しサービス」

www.nhk.or.jp

(最後から46分くらいのところから始まります。番組の都合で末尾にカットされた部分があり、少し尻つぼみ……)

40年以上ぶりに描いた

書き初め。

今年も食いっぱぐれませんように!

 

新年のご挨拶と「ラジオ深夜便」出演のお知らせ

明けましておめでとうございます。

新年早、かつ直前の報告で恐縮ですが、今日の深夜、つまり日本時間3日(土) 午前0時10分頃より、NHKラジオ深夜便の「アジアリポート」のコーナーでお話しします。今回のテーマは「なりすまし」です。

 

シネマネコと『名無しの子』

青梅にいる以上、ぜひ行きたい、いやできれば通いたい

と思っていた場所があった。

シネマネコだ。

昭和初期に建てられた繊維試験場が

街の映画館へと生まれ変わったもので、

東京で唯一の木造建築の映画館らしい。

さっそく入り口をくぐってみると、

さすが、国の有形文化財に登録されているだけあって、

天井の骨組みなどが美しくて、風格がある。

リフォームも過不足ないもので、

階段などもすっきりしていて粋だ。

食事ができるおしゃれなスペースがあるし、

映画のラインナップも独特で、

劇映画好きも、ドキュメンタリー好きも楽しめるように工夫されている


その日、鑑賞したのは

竹内亮監督の『名無しの子』

中国残留孤児、そしてその2世、3世に

インタビューを重ねて作られた作品だ。

 

監督自身もショックだったようだが、

私もまず、日本や中国の今の若い人が

中国残留孤児についてほとんど知らない

ということにショックを受けた。

 

自分の世代は知っている、と思いたいが、

けっしてそうとは言えない。

私自身、本や断片的な情報などから、

頭では解っていたつもりでも、

やはり浅い理解に過ぎなかった

ということに気づかされた。

 

実感としては何も知らなかったのだ。

彼らの境遇、とくに中国と日本の間に挟まれ、

たいへんな苦労をしたということについて。

 

そして、映画が語りきれなかったこと、

何らかの事情から語れなかったであろうことにも、

いろいろと思いが及んだ。

 

残留邦人たちを襲った悲劇は、

目に見えるものばかりではない。

「空白」も悲劇を生んだ。

 

1960年代から80年代の間、政治的事情によって、

残留孤児の日本への帰国受け入れは阻まれた。

その長い空白が生んだひずみの大きさ。

 

もう少し早く帰れていたら、

彼らが日本での生活に馴染むのは、

ずっと楽だっただろう。

 

老年を迎え、物忘れがひどくなった残留孤児の方が、

(成人になってから覚えた)日本語はもう忘れてしまい、

(子供の頃に話していた)中国語もきちんとは話せない、

と語るのを聴いた時、

私まで一瞬、言葉を失った。

 

国が起こした戦争が、

普通に暮らしていた個人から

故郷を奪い、肉親を奪い、果ては言葉まで奪ったのだ。

 

そして思い出す。

北京でふと入った喫茶店で

東北出身のおばさんと出会った時のことを。

彼女の故郷にはたくさん残留孤児がいたそうだ。

自らも日本とゆかりがあるというそのおばさんは、

思い出すのもつらいという風に顔をゆがめ、

「彼らはとっても苦労していたよ」

としみじみ語っていた。

 

別の機会には、幸運にも、

北京で残留孤児2世の方と

お話ししたこともあった。

 

自分は残留邦人の方々とは

縁が薄いと思っていたけれど、

実は私も、細いいくつかの糸で

彼らとつながっていたのだ。

 

映画はほんとうに、

いろいろな発見/再発見や、

何かを想像するきっかけをくれる。

 

もっともっと想像しなくては。

 

 

 

 




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